IN GOVERNANCE · ISSUE 559

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「リスクの基準なんて、勘で決めるしかない」。取ってよいリスクの線、つまりリスクアペタイトは、言葉にしにくいものだと思われがちです。この号は6点で確かめます。米国の民間の委員会が2017年にまとめた枠組み文書1点、全社的リスク管理(ERM)と会社の成績を調べた実証研究3点、組織のリスク管理を調べた調査1点、論説1点です。

先に向きを言うと、枠組みは定めた線の内側でリスクを管理する形を掲げ、企業のデータではERMの構成要素や成熟度が操業成績・企業価値と結びついていました。ただし同じ6点の中に、枠組みを当てはめても有効性が高まる証拠がなく、線の勧めが前提にする機械的な見方にも支えがなかったという調査があります。この号は、リスクの基準をどう決めるべきかを書かず、日本の小さな店や事務所に結果を当てはめることもしません。

ERMは、リスクを部門ごとの縦割りでなく、会社全体で見渡して扱う考え方です。米国の民間の委員会が2017年にまとめた枠組み文書の要約版は、2004年版の枠組みが使われてきた形を振り返り、リスクを見つけ “manage those risks within a defined risk appetite”(定めたリスクアペタイトの内側でそれらを管理する)こと、目的の達成を支えることと書き、アペタイトを戦略と揃えて定める構成を掲げました。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
枠組みが掲げるのは、定めた線の内側でリスクを管理すること。 Visual: ALIFE

これは団体が定めた規範で、効果を測った研究ではありません。では、リスクを選ぶ仕組みは会社の成績と結びつくのでしょうか。企業のデータを使った実証研究3点は、物差しがそれぞれ違います。操業成績と、企業価値の代理指標とされるトービンのq(株式市場での会社の値打ちを、資産を買い直す費用で割った比)です。

01ERMの構成要素を分けて見ると、経済資本モデルと専任の担当者が、操業成績の高さと結びついていた。どの取り組みが価値を加えるかを調べた研究です。要旨は “the use of economic capital models and dedicated risk managers improve operating performance”(経済資本モデルと専任のリスク管理者の使用が操業成績を高める)と書き、担当者が取締役会か最高経営責任者に報告する形も価値を高めると報告しました。観察データで、業種と国は要旨にありません。

02成熟度を5段階で採点したデータでは、成熟したERMの会社ほど、企業価値が約25%高い関係だった。リスク管理の業界団体の成熟度モデルが2006〜2011年に会社を5段階で採点したデータを使いました。成熟した段階の会社はトービンのqで測った企業価値が高く、要旨は “a statistically significant positive relation to the magnitude of 25 percent”(統計的に意味のある、25%の大きさの正の関係)と書きます。相関の研究です。

03格付けで見ると、従来型のリスク管理の力は企業価値と正に結びつき、ERMの格付けの上乗せには追加がなかった。題名で「ERMは企業価値を高めるか」と問い、格付け会社の新しいリスク管理格付けを使った研究です。要旨は “no additional increase in value for firms achieving a higher ERM rating”(より高いERMの格付けに達した会社に価値の上乗せはない)と書き、正の関係は部門ごとの従来型リスク管理(TRM)の力の高まりにありました。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆の3本の脚が支えているコンソールテーブル
操業成績・成熟度と企業価値・従来型の力。三つの研究で、物差しも標本も別々。 Visual: ALIFE

では、線を定めたかどうかの代わりに、何が有効性や価値の側に並んでいたのでしょうか。組織の調査、成熟度の研究、論説が、それぞれ別のものを挙げています。前の二つは測った結果、最後の一つは測っていない議論です。

01組織の調査で、有効だという受け止めと結びついていたのは、評価と報告の頻度と、定量的な手法だった。ERMの導入の度合いは、規制の環境、内部の要因、所有の構造、会社と業種の特徴に左右されていました。リスク管理が有効だという受け止めは、リスクの評価と報告の頻度、定量的な評価手法の使用と結びついていました。有効性は測った値でなく受け止めで、対象の国と数は要旨にありません。

02成熟度の内訳では、経営陣の上からの関与と、その文化の全社への広がりが、価値の面で大きかった。同じ成熟度の研究は採点を分解し、価値の面から最も重要なのは、経営陣が上から関わる度合いと、それに続いてERMの文化が会社全体へ行き渡ることだと報告しました。戦略と日々の実務の両方に組み込んだ会社ほど、リスクどうしのつながりを見つけやすかった、と著者は書きます。

03論説は、アペタイトを、数字と同じだけ価値観を含む組織の過程の結果として捉えるよう論じた。2009年の論説は、金融危機の中心にある知的な失敗の一部に、アペタイトの貧しい捉え方があると論じました。規制当局・経営陣・取締役会は “understand risk appetite more as the consequence of a dynamic organizational process involving values as much as metrics”(アペタイトを、数字と同じだけ価値観を含む動的な組織の過程の結果として理解すべきだ)と書きます。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
評価と報告の頻度・経営陣の関与・価値観。調査と研究と論説が、別々に挙げた三つ。 Visual: ALIFE

6点の要旨と要約版の範囲に、アペタイトだけを直接測って効果を確かめた研究はありません。同じ範囲に反対向きの所見があります。組織の調査は “we find no evidence that application of the COSO framework improves risk management effectiveness. Neither do we find support for the mechanistic view on risk management that is implied by COSO's recommendations on risk appetite and tolerance”(枠組みを当てはめて有効性が高まる証拠はなく、アペタイトと許容度の勧めが前提にする機械的な見方も支持されない)と書きます。格付けの研究ではERMの上乗せに価値の追加がなく、論説はERMの安心を、よくて限られた状況に限り、悪ければ幻想だと論じました。

企業の3点は格付け会社や業界団体に採点された会社などのデータで、いずれも相関です。標本の国や業種は要旨にないものが多く、数人の店や事務所を調べたものは読めた範囲にありません。全文まで読めたのは6点のうち1点(枠組みの要約版)で、読めていないものについては書きません。この号は、リスクの基準をどう決めるべきかを書きません。

組織の調査では、
枠組みを当てはめて有効性が
高まる証拠はなく、
アペタイトの勧めが前提にする
機械的な見方にも、支えがなかった。

シラバス側は、同じ調査を「アペタイトを含む導入は広がるが、設計はばらばら」と紹介します。読めた要旨にその記述は無く、書かれていたのは導入の度合いを左右する要因と、上の反対向きの所見でした。格付けの研究も、シラバス側は「一定の水準までERMが価値と結びつき、その先は頭打ち」と書きますが、要旨で正に結びついていたのは従来型のリスク管理の力で、ERMの格付けではありません。

TRY IT TODAY

  1. 01DATE

    今日の日付と、自分の店・事務所・チームで、失敗しても代償として受け入れると思えるリスクを一つ、一行で書く。

  2. 02LOG

    これだけは旨味があっても取らないと思うリスクを一つ、一行で書く。数字にしなくてよく、言葉のままでよい。

  3. 03SORT

    書いた二行を、以前に書いた攻めと守りの方針のメモと並べ、「合っている」「合っていない」「分からない」のどれかに分ける。良し悪しや、法令との関係は判断しない。

10分。実在の取引先や人の情報は材料にせず、自分のメモとして完結させます。人を評価するためのものではありません。投資・融資・法令の判断は専門家へ。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する実践入口です。

この号が運べたのは三段です。枠組みは、定めたアペタイトの内側でリスクを管理する形を掲げたこと。企業のデータでは、ERMの構成要素が操業成績と、成熟度が企業価値と、従来型のリスク管理の力が企業価値と結びつき、ERMの格付けの上乗せには追加がなかったこと。組織の調査では、枠組みを当てはめて有効性が高まる証拠がなく、アペタイトの勧めが前提にする機械的な見方にも支えがなかったこと。

次の号は、誠実さを組織の文化にすることについて、何が分かっているかを見ていきます。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「リスクを取る基準を決めるには?」を、もっと深く学ぶ。→

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