IN GOVERNANCE · ISSUE 552
● 12 SEC「相談や通報の窓口を作れば、現場の声は届く」。この号はこの思い込みを6点で確かめます。日本の公益通報者保護法と国の指針(法令と公的文書で1点)、そして企業の財務報告と通報を調べた実証5本です。うち1本は、刊行前の作業論文の要旨で読みました。
先に向きを言うと、研究が測ったのは、通報が実際に起きたあとに、その会社や同じ業界の会社に何が起きたか、通報が起きやすい条件です。窓口があること自体の効果を測ったものは、読めた範囲にありません。この号は、窓口の作り方を勧めず、個別の事案が法の保護を受けるかも判定しません。米国の制度を背景にした上場企業の数字を、日本の小さな店や事務所に当てはめることもしません。
公益通報は、勤め先などの法令違反を、勤め先の窓口や行政機関などに知らせることです。2022年6月1日施行の改正(令和2年法律第51号)で、常時使用する労働者が300人を超える事業者は、通報に対応する担当者(従事者)を定め、体制を整えることが義務になりました。300人以下は努力義務です。担当者が通報者を特定させる事項を漏らせば、30万円以下の罰金です。
2026年12月1日施行の改正(令和7年法律第62号)が加えるのは、通報を理由とする解雇や懲戒への刑事罰(個人は6か月以下の拘禁刑または30万円以下の罰金、法人は3千万円以下の罰金)、フリーランスの保護、通報の妨害と通報者探しの禁止、1年以内の解雇・懲戒を通報が理由と推定する規定、周知の義務などです。三つめの層は国の指針(2026年3月31日改正)で、幹部からの独立性の確保や記録の作成と保管を求めています。

法と指針が定めたのは、通報した人を守る枠です。その枠が現場で働き、声が実際に届くかどうかは、条文からは分かりません。日本の小さな組織でそれを測った研究は、この号が読めた範囲にありません。以下の研究はどれも企業の財務報告を扱い(上場の印字は2010年の研究のみ)、4本は通報のあとを、作業論文1本は通報が起きるかを見ています。
01通報の発表のあと5日間、株価は市場の動きを除いて平均2.8%下がっていた。2010年の研究は、従業員から財務の不正を申し立てられた企業を対照企業と比べ、利益の調整をめぐる申し立てでは7.3%の下落、その後の決算の訂正や株主訴訟との結びつきを示しました。報道で明るみに出た企業はガバナンスを改善しやすく、著者は通報を “appears to be a useful mechanism for uncovering agency issues”(経営の問題を明るみに出す有用な仕組みのようだ)と書いています。
02申し立てを受けた会社は、対照の会社より、虚偽の記載と攻めた税務を減らした。2017年の研究は、米国政府から得た従業員の通報の事案で、申し立てを受けた企業が財務の虚偽記載と租税の攻めた処理を、統計的に意味のある差で減らし、その効果が少なくとも2年続いたと示しました。測ったのは通報を受けた会社のその後で、窓口があること自体が不正を思いとどまらせるかは測っていません。
03通報者が関わった執行では、罰金が高く、拘禁が長く、手続きの開始が早かった。2018年の研究は、米国政府の通報の記録と、財務の虚偽表示に対する執行の全件を突き合わせ、通報者が関わると企業と従業員への罰金が高く、責任を負う経営者の拘禁刑が長く、規制当局が早く手続きを始めることと結びついていたと示しました。2017年の研究と著者の一人とデータの出どころが重なります。

研究が見たのは、通報を受けた会社のその後だけではありません。同じ業界の他社への波及と、通報が起きにくい会社の特徴も調べられています。法の側では、事業者の規模で義務の重さが分かれる条文と、分かれない条文があります。
01通報の申し立てのあと、同じ業界の他社も財務報告の攻め方を弱めていた。2024年の研究の要旨は “industry peers reduce their financial reporting aggressiveness following a whistleblowing allegation”(同業他社は通報の申し立てのあと財務報告の攻撃性を下げる)と書きます。波及先は職場の同僚ではなく同じ業界の会社で、地理的に近い会社や取締役を共有する会社で強く出ました。
02一般の従業員へのストックオプションが多い会社ほど、通報を避けやすかった。2012年の作業論文の要旨は、財務報告の違反を疑われた企業の2標本で、付与の多い会社ほど “more likely to avoid employee whistle-blowing”(従業員の通報を避けやすい)と報告しました。現金の利益分配も、より弱い同じ向きです。会社単位の結びつきで、個人の判断は測っていません。2016年の刊行版の要旨は読めていません。
03常時300人以下の事業者では、体制の整備と周知は努力義務にとどまる。担当者を定め、体制を整え、労働者に周知することは、300人を超える事業者には義務、300人以下には努力義務です。一方、2026年12月1日からの刑事罰や、妨害と探索の禁止の条文には、規模による区別が書かれていません。個々の組織がどちらに当たるか、個別の扱いが適法かは判定しません。

5本の実証はどれも企業の財務報告を扱い、2017年と2018年の研究は米国政府の通報の記録を、作業論文は米国の法律を背景にしています。株価の反応・罰金・虚偽記載の減少は、訴訟や執行の仕組みがある市場での、企業単位の結びつきです。日本の小さな店や事務所で、窓口や保護が声を増やしたかを調べたものは、読めた範囲にありません。
全文まで読めたのは6点のうち1点(法令と指針)で、研究5本は要旨まで、2016年の論文は2012年の作業論文の要旨で読みました。読めていないものについては書きません。報復の恐れがどれほど声を止めるかを測った研究も、読めた要旨の中にはありません。この号は、窓口をどう作るべきかを書きません。
上場企業の研究が測ったのは、
通報のあとの会社と起きやすい条件で、
窓口があること自体の効果ではない。
法は2026年12月1日から、
解雇や懲戒への刑事罰を加える。
シラバス側は、2026年12月施行の改正法が五つの柱を定めると書きますが、300人の線と担当者の守秘は2022年6月からの条文で、記録と調査の独立性は法ではなく国の指針の事項です。また、2017年の研究を「仕組みがあること自体が不正を抑止する」証拠とし、2024年の研究の波及先を「同僚」と書きますが、原典はそれぞれ、通報を受けた会社のその後と、同じ業界の他社です。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付と、自分の店や事務所で、ふだんの報告の道筋(誰に、どう伝えるか)を一行で書く。
- 02LOG
ふだんの道筋とは別に、問題に気づいた人が知らせられる先があるかを書く。その先で誰が知ることになるか、記録が残るかも、分かる範囲で書く。
- 03SORT
書いたそれぞれを「ある」「ない」「分からない」のどれかに分ける。何を足すべきか、誰がふさわしいかは決めない。
この号が運べたのは三段です。日本の法は2022年6月からの体制整備と守秘に、2026年12月1日から刑事罰やフリーランスの保護、妨害と探索の禁止を加え、指針が独立性と記録を求めていること。上場企業の研究は、通報のあとの株価の下落、罰の重さ、事後の虚偽記載の減少、同業他社への波及を示し、オプションの多い会社ほど通報を避けやすいという報告もあること。それでも、窓口があること自体の効果は、読めた範囲で測られていないこと。
次の号は、不祥事の根を断つにはどうすればよいのか、を見ていきます。
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