IN GOVERNANCE · ISSUE 547
● 12 SEC洗い出したリスクに順番をつけるとき、起きやすさと被害の大きさを二つの軸にとり、碁盤の目に並べて色で塗り分ける道具があります。リスク管理の規格や指針にも載る、リスクマトリクスです。この号は6点で確かめます。総説1点、手法の提案2点、論考1点、評価者の評点を比べた研究1点、専門家の判断をまとめる方法の論文1点です。
先に向きを言うと、マス目の順位は、数字で測った危険の大きさとずれることがあり、見積りも人によって大きく割れます。ただし総説は、使うのをやめさせるのは無理だとして、設計と使い方の注意を並べる側に立ちます。この号は、優先順位のつけ方を勧めることも、公共のレジャーの研究を日本の小さな店や事務所に当てはめることもしません。
リスクマトリクスは、起きやすさと被害の大きさをそれぞれ数段の区分に分け、その組み合わせを少数の段階に割り当てて色で示します。2015年の総説は、数値でなく区分を使うことが、見積りの不確かさを強調する方法として、専門家にも一般の人にも受け入れられやすいと書きます。

では、丸めることで何が起きるのでしょうか。総説は “It is only recently, however, that scientific publications have appeared that discuss the weaknesses of the risk matrix.”(ただし、リスクマトリクスの弱点を論じる学術論文が現れたのは、ごく最近のことだ)と書き、最初に公然と批判した論文として2008年の数理の論文を挙げます。
01マス目の順位は、小さい危険を上に置くことがある。2008年の数理の論文は、典型的なマトリクスが、量として大きく違う危険に同じ評点をつけ(範囲の圧縮)、量として小さい危険に高い評点をつけることもあると指摘しました。この論文は6点の外にあり、2015年の総説が、その結論を支持すると書いています。
02同じ評点のマスに、別の危険が並ぶ。区分の数が限られるため、違う組み合わせが同じ色や点に落ち、順位を一つに決められなくなります。総説はこれを「リスクの同点(risk ties)」の問題として、2008年の論文と2010年の論文を挙げて整理しました。2010年の論文はマトリクスの拡張を提案したものですが、書誌しか確かめておらず、中身は扱いません。
03目盛りの刻み方でも、順位の見え方が変わる。2012年の手法の論文は、等間隔の目盛りのマトリクスが持つ限界の一部を和らげるものとして、対数の目盛りのマトリクスの作り方を提案し、架空の例で説明しました。桁の違う危険を見分けやすくなると書きますが、実際の組織で確かめた研究ではありません。

マス目に置く「起きやすさ・中」「被害・大」は、誰が決めても同じになるのでしょうか。以下の三つは、公共のレジャーと旅行の危険について評価者の評点を比べた2013年の研究の要旨と、2017年の論考の要旨の範囲です。
01レジャーと旅行の危険では、同じ危険に評価者ごとに大きく違う点がついた。2013年の研究は、公共のレジャー活動と旅行の場面で、マトリクスによる順位づけの信頼性を調べ、“different risk assessors may assign vastly different ratings to the same hazard”(評価者が違えば、同じ危険にまったく異なる評点をつけうる)と報告しました。評価者の人数と属性は要旨にありません。
02長く考え直しても、ばらつきは大きいままだった。同じ要旨は、時間をかけて考え学んだ後もばらつきが高いままで、割れた評点の背後には、世界観や信念など、ふだん明示されない心理・社会的な要因があったと続けます。この場面のマトリクスは、危険の重要さについて作り物の絵しか描いていないかもしれない、と結びます。
032017年の論考は、設計と使い方しだいで不確かさが増えると論じた。論考は先行する証拠をもとに、設計の悪い、あるいは不適切に使われたマトリクスは不確かさを増やすと論じ、全体のリスク評価の報告の一部として設計し、単独で使わないものだとしました。評価する人にも判断する人にも訓練が要る、と結びます。実験や調査で確かめた研究ではありません。

6点のうち、評価者の評点を実際に比べたのは、公共のレジャーと旅行の2013年の研究1点だけです。総説は文献の整理と推奨、手法の2本は提案、2017年は論考、専門家の判断の論文は方法論で、効果を測った研究ではありません。順位のずれの指摘は6点の外の数理の論文によるものです。日本の小さな店や事務所のリスク一覧を調べたものは、読めた範囲にありません。
専門家の判断を扱う2012年の論文は、別々の場で出された専門家の見積りを、決定の分析にどう持ち込み束ねるかという方法の問題を整理したもので、見積りが当てにならないと論じたものではありません。全文まで読めたのは6点のうち1点で、読めていないものについては書きません。この号は、どの区分や目盛りを使うべきかを書きません。
マス目の順位は、
小さい危険を上に置くことがあり、
レジャーの危険の採点は、
評価者ごとに大きく割れた。
シラバス側は、掛け算が致命的なリスクを平らにし、境界の引き方が恣意的だという指摘を2013年の研究に帰していますが、その要旨が報告したのは評価者間のばらつきです。順位のずれの指摘は2008年の数理の論文にあり、2015年の総説が支持しました。一方で総説は、統計だけで決まらない評価はどれも主観の見積りを要し、マトリクスだけの問題ではないとも書きます。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付と、自分の店や事務所で気になっているリスクを五つほど書く。点数はつけない。
- 02LOG
四つの区分に分ける。(A)起きやすく被害も大きい、(B)めったに起きないが起きたら重い、(C)よく起きるが軽い、(D)まれで軽い。感覚で置き、置いた理由を一言ずつ添える。
- 03SORT
(B)に入れたものと、入れるか迷ったものを書き出し、それぞれに「ほかの人と見比べたら置き場所が変わりそうか」を◯か✕で記す。順番や良し悪しは決めない。
この号が運べたのは三段です。マス目の順位は小さい危険を上に置き、違う危険を同じ点に並べることがあると、2008年の数理の論文が指摘し、2015年の総説が支持したこと。公共のレジャーと旅行の危険の採点では、評価者ごとに点が大きく割れ、考え直しても残ったこと。それでも総説は、数値での合意ができない場面の支えになるとして、使い方の注意を並べたこと。
次の号は、見立てたリスクを組織の中で誰がどう受け持つのかを見ていきます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「リスクに優先順位をつけるには?」を、もっと深く学ぶ。→
