IN GOVERNANCE · ISSUE 546
● 12 SEC「時間をかけて丁寧に洗い出せば、会社の重要なリスクは網羅できる」。そう考えたくなります。この号は、リスクの洗い出しを6点で確かめます。リスクを定義した理論の論文1点、無事に済んだ出来事をめぐる実験の研究1点・郵送の質問紙調査1点・化学工業の枠組みの論文1点、専門家の見積もりの集め方を整理した論考1点、一般書1点です。
先に向きを言うと、書き出した一覧が漏れうることは、1981年の論文ももっともな指摘だと認めています。ただし論文の結論は「だから閉じない」ではなく、まだ考えていない筋書きを「その他」の枠として一覧に置き、その起きやすさを証拠で見積もる、というものでした。この号は、洗い出しの手順を勧めることも、海外の施設や企業の結果を日本の小さな組織に当てはめることもしません。
1981年の論文は、リスクの分析を三つの問いへの答えとしました。“What can happen?”(何が起こりうるか)、それはどれくらい起こりやすいか、起きたらどんな帰結になるか。この三つに答えた一つひとつの筋書き(シナリオ)の集まりをリスクと定義しています。危ないことの一覧ではなく、起こりうる筋書きの一覧だという点が要です。

では、筋書きは書き尽くせるのでしょうか。論文は、原子炉の安全研究に向けられた批判をそのまま引いています。“In reality, the list is infinite.”(現実には、一覧は無限だ)。どの分析も有限なので不完全で、心配なのは挙げた筋書きではなく、考えていない筋書きのほうだ、という批判です。
01一覧が漏れうることを、もっともな指摘と認めた。論文は、この批判はリスク分析についてもっともな点を突いていると書きます。そのうえで、そこから引き出された結論(原子炉を建てるべきでない)は成り立たない、とも。代わりに選ぶ道も、同じ限界を持つ分析にかけなければならないからです。
02「その他」の枠を一つ足して、筋書きの集合を閉じた。挙げた筋書きに「その他」という枠を一つ加えると、定義上そこには一覧に無いすべての筋書きが入ります。こう広げた集合は “logically complete”(論理的に完全)と言える、と論文は書き、一見ただの論理の手品に見えることも自ら認めています。
03「その他」の起きやすさも、証拠で見積もる問いに変えた。手品以上だという理由に、論文は、問いが「考えていないものはどうするのか」から「残りの枠にどれだけの確率を置くか」に移ることを挙げます。まだ起きていないこと自体も証拠の一つとし、ほかの枠と同じくベイズの定理で見積もる、と結びました。

一覧の外にあるものに気づく手がかりは、どこにあるのでしょうか。以下の三つは、危うく事故になりかけたが無事に済んだ出来事(ヒヤリハット)を扱った3点です。2012年の研究は複数の場面での実験、2019年の研究は欧州3か国の448組織への郵送の質問紙調査、2003年の論文は化学・製薬の施設での面接から組んだ枠組みで、性格が違います。
01「起きなかった災害」と読むと危険を低く見積もり、「危うく起きた災害」と読むと備えが増えた。2012年の研究は、ヒヤリハットを起きなかった災害と受け取った人が次の危険を不当に低く見積もり、対策をとらない危うい選択をすることを示しました。一方で、“disasters that almost happened”(危うく起きた災害)と受け取り直せば、その効果は打ち消され備えが増える、とも書きます。
02ヒヤリハットを多く経験した会社ほど、手順に傾き、柔軟な対応を弱めていた。2019年の研究は、ドイツ・スイス・スウェーデンの多国籍企業を除く組織に4回の郵送で質問票を送り、448組織の回答(回答率は約14.9%)を分析しました。経験が多いほど手順型の対応に重心が寄り、柔軟な対応への重心が下がっていました。業界団体からの圧力はこの両方の傾きを強め、規制当局からの圧力は柔軟さの低下を強めていました。
03化学・製薬の20施設での面接から、ヒヤリハットを扱う7段階の枠組みを組んだ。2003年の論文は、100件を超える面接をもとに、ヒヤリハットを見つけて扱う取り組みを分析し改善するための7段階の枠組みを組みました。各施設が自分の取り組みの弱い環を見つけるための枠組みで、効果を比べて測った研究ではありません。7段階の中身は要旨に書かれていません。

手がかりの3点の場面は、ハリケーンの避難や深海の石油掘削をめぐる実験、欧州3か国の組織への郵送調査、化学・製薬の施設での面接です。1981年の論文は定義を論じた理論の論文で、効果を測ったものではありません。日本の小さな店や事務所のリスクの一覧を調べたものは、読めた範囲にありません。全文まで読めたのは6点のうち2点で、読めていないものについては書きません。
見積もる側の限界も残ります。2012年の論考は、別々の場で出された専門家の不確かさの判断を、一つの判断にどう集めるかという方法の問題を整理したもので、専門家の判断が不完全だと示したものではありません。2007年の一般書『The Black Swan』は、この号では書誌までしか確かめておらず、中身は扱いません。
一覧は漏れる、という批判を認めたうえで、
1981年の論文は
「その他」の枠を足して集合を論理的に閉じ、
その起きやすさを証拠で見積もると論じた。
シラバス側は、リスクの集合は原理的に閉じないことを1981年の論文に帰しますが、全文では、それは論文が引いた批判の声で、論文自身は「その他」の枠で閉じる側に立ちます。ヒヤリハットの学びは制度化しないと働かないとする記述も、2019年の研究の「制度」は外からの圧力で、結果は手順への傾きでした。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付と、最近「危なかったが、無事に済んだ」出来事を三つ書く(請求書を間違えかけた、データを消しかけた、約束を忘れかけた、など)。
- 02LOG
それぞれに、何が起こりかけたか・無事でなかったらどんな帰結になりえたか・なぜ危なかったかを一言ずつ書き、自分のリスクの一覧に筋書きとして加える。
- 03SORT
三つを、当時「起きなかった災害」「危うく起きた災害」のどちらとして受け取っていたかに分け、一覧の最後に「その他(まだ考えていない筋書き)」の行を一つ残す。良し悪しは決めない。
この号が運べたのは三段です。一覧が漏れうることは1981年の論文も認め、そのうえで「その他」の枠を足して集合を論理的に閉じ、その起きやすさを証拠で見積もると論じたこと。無事だった出来事は、受け取り方しだいで備えを弱めも強めもしたこと。ヒヤリハットを多く経験した会社ほど、手順に傾き柔軟な対応を弱めていたこと。
次の号は、洗い出したリスクにどう順番をつけるかを見ていきます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「会社の重要リスクを洗い出すには?」を、もっと深く学ぶ。→