IN GOVERNANCE · ISSUE 545

(仮ビジュアル)石造りの建物の広い階段を、黒いロングコートに白いワイドパンツの女性がひとりで下りてくる写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「守りを固めるほど、攻めにくくなる」。会社の守り、つまりリスク管理は、そんな足かせだと身構えられがちです。この号は6点で確かめます。米国の民間の委員会がまとめた枠組み文書1点と、全社的リスク管理(ERM)を調べた実証研究5点です。標本は米国の上場企業、米国の保険会社、金融サービス企業、米国と国外の123組織、上場企業の責任者の任命です。

先に向きを言うと、枠組みは、価値を生み守る文脈の中で取るリスクを定めるよう促しています。実証では、ERMと成績の結びつきは、会社の状況や取り組みの質しだいで、無条件に良いとも無駄とも言えませんでした。この号は、ERMを入れよとも責任者を置けとも書かず、米国の上場企業や金融の会社の結果を、日本の小さな店や事務所に当てはめることもしません。

全社的リスク管理(ERM)は、リスクを部門ごとの縦割りでなく、会社全体で見渡して扱う考え方です。米国の民間の委員会が2017年にまとめた枠組み文書は、戦略を決める過程と業績を上げる場面の両方でリスクを考える大切さを掲げ、20の原則の一つに “Defines Risk Appetite—The organization defines risk appetite in the context of creating, preserving, and realizing value”(組織は、価値を生み・守り・実現する文脈の中で、リスクアペタイトを定める)を置きました。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
枠組みが促すのは、取るリスクを価値の文脈の中で定めること。 Visual: ALIFE

これは団体が定めた規範で、効果を測った研究ではありません。では、ERMは会社の成績と結びつくのでしょうか。実証研究3点は、別々の標本で別々の物差しを使いました。株式リターン、企業価値の標準的な代理指標とされるトービンのq、会計上の業績です。

01米国の上場企業112社では、株式リターンとの結びつきが、会社の状況との合い方しだいだった。2005年の報告書でERMの取り組みを開示した112社で、同じ年の1年の超過株式リターン(市場から期待される分を超えた株の収益)を成績としました。正の関係はあるが、それは事業環境の不確かさ・競争・規模・複雑さ・取締役会の監視の五つとの適合しだいだったと示し、1年分のデータで他の時期には一般化しないと断っています。

02米国の保険会社では、ERMを使う会社のほうが企業価値が高く、上乗せは約20%と推定された。業種による規制や市場の違いを抑えるため、米国の保険会社に絞った研究です。ERMを採る要因と企業価値との関係を同時に推定し、トービンのqとの正の関係を報告しました。要旨は “The ERM premium of roughly 20 percent is statistically and economically significant.”(約20%のERMの上乗せは、統計的にも経済的にも意味がある)と書きます。

03金融サービス企業では、ERMの質が高いほど会計上の業績がよく、株価は暴落の前と最中に差がなく、反発期に高かった。格付け会社が金融の会社に付けたERMの質の評価を使った研究です。会社の特徴を統制しても質の高さは会計上の業績の良さと結びつき、世界的な金融危機に絞ると、株価との関係は暴落の前と最中には見られず、反発期に高い側に出ました。著者は、質の高い統制が業績と価値を高めると総括します。国は要旨にありません。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆の3本の脚が支えているコンソールテーブル
株式リターン・企業価値・会計上の業績。物差しも標本も、三つの研究で別々。 Visual: ALIFE

守りの重さは、組織ごとに違うのでしょうか。どんな組織がERMを進めていたかを調べた研究が2点あります。1点は米国と国外の123組織への探索的な調査、もう1点は、リスク管理の責任者(CRO)の任命をERM採用の目印とし、上場企業の任命の発表138件(1992〜2005年)を時間を追って分析した2008年の改訂稿です。

01123組織では、責任者の存在や経営トップの支持など、統治の要因が導入の段階と結びついていた。ERMの進み具合は、CROがいること・取締役会の独立性・最高経営責任者と財務責任者の支持・大手4社の監査法人・規模・業種(銀行・教育・保険)と正に結びついていました。米国の組織は国外の組織よりERMの過程が未発達だった、とも報告しています。要旨まで読めた範囲です。

02規模・負債・キャッシュフローの振れ幅・機関投資家の持ち分が大きい会社ほど、ERMを採りやすかった。改訂稿の要旨は “We find that larger firms that are more levered, have more volatile operating cash flows, and have greater institutional ownership are more likely to initiate an ERM program.”(規模が大きく負債が多く、営業キャッシュフローの振れ幅が大きく、機関投資家の持ち分が多い会社ほどERMを始めやすい)と書きます。成長の機会が大きい会社は採りにくい向きでした。

03事業区分の数は採用と結びつかず、銀行に限ると、自己資本の比率が低いほど採りやすかった。同じ改訂稿で、事業区分(セグメント)の数は全体の分析で負の向きかつ偶然と区別できず、金融の会社に限るとはっきり負の向きでした。銀行だけを取り出した分析では、中核的な自己資本(Tier1)の比率が低い銀行ほどERMを採りやすかった、と報告しています。銀行の中だけの結果です。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
統治の要因・財務の特徴・銀行の自己資本。導入の度合いと結びついた三つの面。 Visual: ALIFE

標本は米国の上場企業、米国の保険会社、金融サービス企業、米国と国外の123組織、上場企業の責任者の任命で、いずれも相関を見た研究です。ERMが成績を生んだとまでは言えず、物差しも株式リターン・トービンのq・会計上の業績と別々で、数字を一つに束ねられません。数人の店や事務所に絞って調べたものは、読めた範囲にありません。

負債との結びつきは2008年の改訂稿で確かめたもので、2011年の刊行版の要旨には負債の語がなく、その表は確かめていません。枠組み文書は要約版まで読め、リスクアペタイトの定義文は本体にあるため書きません。全文まで読めたのは6点のうち2点で、読めていないものについては書きません。この号は、ERMを入れるべきか、責任者を置くべきかを書きません。

米国の上場企業112社では、
ERMと株式リターンの正の関係が、
会社の状況との
合い方しだいだった。

シラバス側は、導入の程度も規模や複雑さで決まると書きます。読めた範囲では、123組織の調査の要旨に複雑さの語は無く、改訂稿では事業区分の数は結びつきませんでした。結びついていたのは、調査では統治の要因や規模・業種、改訂稿では規模・負債・振れ幅・持ち分です。「数人の会社に上場企業と同じ分厚い体制は要らない」というシラバス側の断りは、研究の結果ではなく、標本の外へ広げないための読み筋です。

TRY IT TODAY

  1. 01DATE

    今日の日付と、自分の店・事務所・チームで絶対に守りたいものを、目的の言葉で二つか三つ書く(お金、信頼、人など)。

  2. 02LOG

    挑戦のために引き受けてよいと思えるリスクを一つ、これだけは越えないという一線を一つ、それぞれ一行で書く。

  3. 03SORT

    いまの決まりごとを一つずつ見て、書いた線と「合っている」「合っていない」「分からない」のどれかに分ける。良し悪しや、法令に合っているかの判断はしない。

10分。実在の不祥事や、通報者・当事者の個人情報は材料にせず、自分の方針メモとして完結させます。人を監視するためのものではありません。法令や規程の解釈は専門家へ。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する実践入口です。

この号が運べたのは三段です。枠組みは、価値を生み守る文脈の中で取るリスクを定めるよう促したこと。米国の上場企業ではERMと株式リターンの関係が会社の状況との合い方しだいで、米国の保険会社では企業価値と正に結びつき、金融サービス企業では質の高さが会計上の業績と結びついたこと。導入の度合いは、123組織の調査では統治の要因や規模と、改訂稿では規模・負債などと結びつき、事業区分の数とは結びつかなかったこと。

次の号は、守るべきリスクをどう洗い出すかを見ていきます。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「攻めと守りを両立するには?」を、もっと深く学ぶ。→

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本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。