IN NEW BUSINESS · ISSUE 523
● 12 SEC「客一人を得る費用より、その客が生涯にもたらす利益が大きければ、あとは広げるだけ」。ユニットエコノミクス(一件あたりの採算)は、そう語られがちです。この号は、その「合った」という数字がどこまで確かかを、論文6点で確かめます。5点はモデルや、公開資料・1社・1業界のデータで方法を試した研究、1点は手法を整理した総説です。
先に向きを言うと、2003年の論文の簡便な式による試算では、米国のネット音楽小売1社の採算は、最も有利な仮定を重ねたときだけ、かろうじて合うものでした。同じ論文は、別の公開企業2社で客の残る率が5%上がると、顧客生涯価値が22〜37%増える計算も示します。この号は、日本の小さな商いに数字を当てはめることも、採算の目安の助言もしません。
2003年の論文は、公開の決算資料と簡単な式で、客1人の生涯価値を見積もる方法を示しました。客1人あたりの年間の粗利、客が翌期も残る率(維持率)、将来のお金を今の価値に直す割引率の三つから計算し、そのために粗利も維持率も一定と置きます。著者はこれを “simplifying assumptions”(簡単にするための仮定)と呼びます。

論文の表では、維持率60〜90%・割引率10〜16%の範囲で、生涯価値は年間の粗利の1.07〜4.50倍でした。同じ粗利の客でも、維持率と割引率をどう置くかで、見積もりは大きく開きます。論文6点のうち、全文まで読めたのは2点。読めていないものについては書きません。
01客の残る率が5%上がると、生涯価値は22〜37%増える計算。公開企業2社について論文の簡便な式で計算すると、維持率が5%上がったとき、顧客生涯価値は22〜37%増えました。実際に維持率を上げて測った結果ではなく、式の上での動き方です。維持率を少し置き違えるだけで、生涯価値が大きく動くことを示します。
02ネット音楽小売の1社は、有利な仮定を重ねてやっと合った。論文は米国の1社の獲得費用を30〜55ドル、年間の粗利を10〜20ドル、維持率を51〜68%と見積もり、割引率を有利な12%、維持率を報告より高い70%と置きました。それでも生涯価値は16.70〜33.40ドル。合うのは最も有利な組み合わせのときだけで、“and then just barely”(それもかろうじて)と書きます。
03年数に読み替えて足すと、生涯価値は高めに出た。年100ドルの粗利・維持率80%・割引率12%の客は、論文の式では250ドル。維持率80%を「平均5年続く」と読み替えて5年分を足すと360ドルになり、約44%の過大評価になる、と論文は示します。どの数え方を選ぶかでも、数字は動きます。

以下の三つは、客の数え方と生涯価値の予測を扱った研究から、採算の数字が仮定に寄りかかっている形を見分けるためにALIFEが置いた読み筋で、研究が確かめたサインではありません。
01「今の客」の数を、確定した数だと思っている。1987年の研究は、まだ取引を続けている客を数え、見分けることを課題に置き、過去の取引の回数と時期から、一人ひとりがまだ続いている確率を計算するモデルを示しました。今の客の数も、推定になりうるということです。数値例で使い方を示したモデルの研究で、要旨までしか読めていません。
02長くいる客ほど価値が高い、と置いている。会員制の直販会社1社のデータを使った2008年の研究は、客の在籍期間と購買の関係は一定せず、長くいる客ほど生涯価値が高いとは限らないと書きます。購入の時期・金額・離脱を同時に扱う改良モデルは、比べたほかのモデルより、予測でも価値の高い客の選び出しでも優れていました。
03一つの計算法を、決まった定義だと思っている。2006年の総説は、市場の区分けや、獲得・維持・追加販売への資源配分に使える生涯価値のモデルを、いくつも並べて整理しました。計算の型は一つではありません。どの型が正しいかを新たに確かめた研究ではなく、要旨までしか読めていません。

B2Bの大手メーカー1社の顧客データを使った2004年の研究では、生涯価値で選んだ客は、ほかの指標で選んだ客より、後の期間の利益が高く出ました。航空業界のデータで方法を示した同じ年の研究は、顧客資産の変化でマーケティングの打ち手を比べる枠組みを示しました(要旨まで)。どちらも道具の使い道を示したもので、中に入れる数字の確かさを保証するものではありません。
読めた研究の土台は、米国のネット小売と公開企業の資料、会員制の直販1社、B2Bメーカー1社、航空業界のデータです。この号は、その数字を日本の小さな商いの常連に移しません。「合った数字ほど希望的な仮定が多い」ことを確かめた研究も、この号が読めた範囲にはありません。
米国のネット音楽小売1社の試算では、
最も有利な仮定を重ねて、
採算はかろうじて合う程度だった。
シラバス側はこの単位を「『合った』という数字は、いちばん多くの希望的仮定でできている」と置きます。「希望的」は論文の語ではなく、論文は仮定を式を簡単にするためのものと呼び、その式を使う側に立ちます。維持率の置き方で生涯価値が大きく動く試算を踏まえた、「合った数字ほど、置いた仮定を見直す」は編集側の結論です。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付と、自分の商い(または考えている新しい売り物)を一つ書く。本業の傍らの取り組みでもよい。
- 02LOG
客一人を得る費用と、一人が生涯にもたらす利益をざっくり一組書き、その計算に置いた前提——何年(何回)続くか・1回あたりの粗利・費用を何か月で取り戻すか——を並べる。
- 03SORT
いちばん自信のない前提に印をつけ、それを半分にしたとき、費用と利益の比がどう変わるかと、まだ合うと言えるかを書き添える。
この号が運べたのは三段です。簡便な式の試算では、公開企業2社で維持率が5%上がると生涯価値が22〜37%増える計算になり、米国のネット音楽小売1社の採算は最も有利な仮定でかろうじて合う程度だったこと。会員制の直販1社の研究では、長くいる客ほど価値が高いとは限らず、改良モデルで予測は良くなったこと。今の客の数さえ確率で推すモデルがあること。
仮定の置き方で採算の数字が大きく動くのは試算の上の話で、「合った数字ほど見直す」は編集側の結論です。次の号は、値付けを試す、の実際を見にいきます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「採算の型を見つけるには?」を、もっと深く学ぶ。→