IN M&A · ISSUE 512
● 12 SEC「場数を踏めば上手くなる」と言われます。この号は、買収の経験と成績の関係を調べた研究で、経験は成績をまっすぐ上げるか、場数は何を強めるか、経験を活かす仕組みに何があるかの三つを確かめます。
先に向きを言うと、経験と成績は一直線ではなく、場数とともに強まっていたのは成功の手応えと実際の成績のずれでした。成績と結びついていたのは経験を書き残す仕組みですが、そこにも硬さという裏面がありました。扱う研究は米国の上場企業や銀行の合併で、成績の多くは株価の反応です。株価の数値は書かず、日本の小さな商いの事業承継に当てはめることもしません。
1999年の研究は、449件の買収で、それまでの買収経験と買収の成績の関係がU字型だったと報告しました。成績の物差しは、2002年の別の研究の記述によれば発表前後の株価の反応です。相手が前の相手に似ているほど成績は良く、経験の浅い買い手は似ていない次の案件にまで経験を当てはめていた、と著者は解釈しています。

その2002年の研究は、1990〜95年に6業種の120社が行った214件の買収で、どんな経験から学べたかを調べました。成績は発表時の株価の反応と、証券アナリストの評価の二つで測っています。研究論文6点のうち、全文まで読めたのは2点、ほかに1点は刊行前の作業論文の全文です。読めていないものについては書きません。
01前の案件と、似すぎず違いすぎないこと。株価の反応で見ると、前の買収が今回と似すぎていても違いすぎていても成績は伸びず、中ほどの似かたで高い逆U字でした。アナリストの評価では、この形ははっきりしませんでした。1999年の研究の「似ているほど良い」とは形が違います。
02前の失敗が、小さな損で済んでいたこと。発表時の株価で小さな損を出した経験が多いほど、次の成績は高い関係で、株価とアナリストの評価の両方でそうでした。大成功や大失敗と違い、小さな損は担当者の無能を示さずにやり方の欠点を示す、と著者は説明しています。
03前の買収から、近すぎず遠すぎないこと。間隔も逆U字で、“not too temporally close to or distant from”(時間が近すぎも遠すぎもしない)ときに成績は高く、株価とアナリストの評価の両方で支持されました。間隔が短すぎると、前の経験から得た推論が根づく前に次が来る、と著者は論じます。

2009年の研究は、米国の銀行29行による167件の合併を調べました(作業論文の版の値)。成績は買収後36か月、つまり3年の株価の伸びを、規模などの近い銘柄群と比べたものです。経営陣が前の買収を成功と感じているほど今回の成績は低く、その関係は経験を積むにつれ “increases, rather than decreases”(弱まるどころか強まる)でした。
以下の三つは、この結果から手応えが先に立つ形を見分けるためにALIFEが置いた読み筋で、研究が確かめたサインではありません。
01「前もうまくいった」が、次の理由の欄にある。2009年の研究は、買収のように稀で複雑な決定では、行動と結果のつながりが読み違えられやすいうえ、成果そのものを客観的に測るのが難しいと論じました。これは理論上の説明で、手応えが成果の代わりに残りやすい理由として置かれています。
02成功の中身を、記録で言えない。同じ研究で、手応えと成績の逆向きの関係は、知識が体系的に言葉にされ文書化されているほど、また経験した案件の種類が多様なほど、有意に弱まっていました。
03前の結果が出る前に、次を決めている。2009年の研究は、買収の成績を発表直後ではなく、3年の株価で測っています。2002年の研究では、前の買収との間隔が近すぎても成績は伸びていませんでした。

2004年の研究は、米国の銀行業界の228件の合併(1986〜94年)で、手引きや仕組みへの知識の文書化が成績と強く正に結びつき、経験の蓄積は結びつかなかったと報告しました。成績は3年後の資産利益率(ROA)の変化を同じ地域の銀行と比べた会計の数字です。一方で2012年の研究は、文書化が案件ごとの手直しを妨げる “inertial forces”(慣性)を生むと論じ、85社の調査で検証しました。
2009年と2004年の研究は同じ銀行群の調査にもとづき、独立に確かめ直した関係ではありません。2008年の総説は研究の流れを整理し今後の課題を示したもので、確証ではありません。株価の反応は市場の評価であって、成否そのものの測定ではない。この号は、日本の小さな商いの事業承継で同じ向きが出るかは書きません。
米国の銀行合併では、
前の買収を成功と感じるほど次の成績は低く、
その関係は経験とともに強まっていた。
2012年の研究は、成功する買い手は当てはまらない手順を流用させない一段上の仕組みを持つ、と理論化しています。2004年の研究では、買われた側の経営陣を入れ替えるほど成績は低い関係でした。シラバス側は群の締めを「買う理由を書き残し、あとで結果と突き合わせる」に置き群の最初へ戻しますが、これは編集側の見立てです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付と、振り返る過去の決断を一つ書く。買った・始めた・やめた、のどれでもよく、店でも仕事でも大きな買い物でもよい。
- 02LOG
当時の理由(何を見込み、何を前提にしたか)と、その後の結果を、思い出せる範囲で別々の段に書く。
- 03SORT
理由の一つずつに「当たった」「外れた」「まだ分からない」の印をつけ、それぞれの数を数える。良し悪しは判定しない。
この号が運べたのは三段です。経験と成績は一直線ではなく、学べた経験には似かた・小さな損・間隔の条件があったこと。米国の銀行合併では、前の成功の手応えと次の成績は逆を向き、その関係は経験とともに強まっていたこと。書き残す仕組みは成績と結びつく一方、硬さも生みうること。
群の最初の号で見たとおり、買い手の平均の成績はゼロから小幅な負で、ばらつきが大きいものでした。この群は、ここで最初の「なぜ買うのか・なぜ譲るのか」の一枚に戻ります。それは成功の約束ではなく、あとで理由と結果を並べるための記録です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「M&Aを学習資産にするには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

