IN M&A · ISSUE 511

(仮ビジュアル)暗い背景の石の台に、白い発酵乳の瓶と、切り漬けを詰めた低いグラスと、琥珀色の発酵茶が入った細長い容器が、三つ横に並んでいる静物写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

店や会社を譲る・引き受ける話は、まとまるまで表に出したくないものです。そこで結ぶのが秘密保持契約(NDA)。この号は、合併の話が発表前にどれほど表に出ていたか、漏れた情報がどんな道を通ったか、交渉の当事者と報道が情報をどう動かしたか、の三つを確かめます。

先に向きを言うと、研究が追っていたのは契約の条文ではなく人のつながりでした。扱う研究の多くは株価を測ったもので、株価の数値は書きません。日本の小さな商いに当てはめることも、契約の書き方を助言することもしません。

秘密保持契約は、知った情報を外に出さないと約束する契約です。国の中小M&Aガイドライン第3版(公的指針)は用語の解説で、買い手候補が詳しい情報を得るために売り手と結ぶ場合や、仲介者と結ぶ場合を挙げています。

では、話は発表まで伏せられていたのか。1981年の研究は、買収された194社の株価の日々のリターンを調べ、内部情報の漏れが最初の公表の最大12取引日前から有意な水準で起きていたと結論しました。“Impending merger announcements are poorly held secrets”(差し迫った合併の発表は、守られていない秘密だ)。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
発表の前から、値動きは始まっていた。 Visual: ALIFE

1992年の研究は、米国の証券当局が摘発した違法なインサイダー取引の事件を調べ、買収の発表前の株価の値上がりのほぼ半分が、インサイダーの取引した日に起きていたと報告しました。著者の読みは、市場が情報を持つ者の売買を察知し、価格に織り込むというものです。これは摘発された事件の中での割合で、発表前の売買のどれだけが違法かを示した数字ではありません。

研究論文5点のうち、全文まで読めたのは3点です。読めていないものについては書きません。

01摘発事件の情報は、家族や友人の強い縁を伝っていた。2017年の研究は、米国の証券当局が摘発した事件から、情報を渡した側と受けた側の関係を手作業で集めました。情報は家族・友人・住まいの近さといった強い縁を伝い、会社の幹部から平均三つの伝達を経て、買う側の投資家に届いていました。作業論文版の461組では家族23%・友人35%・仕事関係35%(重複あり)です。

02株式交換の買い手は、交渉のあいだに発信を増やしていた。2014年の研究は、合併交渉の期間の報道を調べました。株式を対価にする合併の買い手は、交渉が始まってから公表までに自社発の記事を大きく増やし、交換比率が決まる期間に自社の株価が一時的に上がっていました。売り手側にも同様の報道の管理が見られた、と本文は書きます。

03合併の噂が1年以内に実現したのは、3件に1件だった。2015年の研究は、合併の噂を最初に報じた新聞記事を集め、1年以内に正式な買収提案が出た噂を「正確」と定義しました。その割合は33%、およそ3件に1件です(刊行前の稿の値)。正確さは記者の経験・専門教育・業界の知識で予測でき、曖昧な言葉で著名な企業を扱う記事ほど低かった、と要旨は書きます。

(仮ビジュアル)石造りの建物の広い階段を、黒いロングコートに白いワイドパンツの女性がひとりで下りてくる写真
強い縁・交渉中の発信・当たらない噂。研究が報告していたのは、この三つだった。 Visual: ALIFE

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。「契約とは別に、話が届く人の輪の広さを見る」という見方も、ここで挙げた研究が確かめたものではなく、編集側の命題です。

01「身内だから」で、話す相手を決めている。2017年の研究で情報が伝っていたのは、信頼の厚い強い縁でした(米国の摘発事件)。これとは別に、国の指針は、外部はもちろん、親戚や友人、社内の役員・従業員に対しても、知らせる時期や内容には十分注意する必要があると記しています。

02相手から届く報道を、中立の知らせとして受け取っている。2014年の研究では、株式交換の合併の交渉中に、当事者が報道の量と時期を動かしていました。相手の発信は、情報を守る側の発信であると同時に、使う側の発信でもありえます。

03噂が出たことを、話が決まった印と読んでいる。2015年の研究では、1年以内に正式な提案に至った噂は3件に1件でした。噂が報じられることと、話が実現することは、この研究の中では別々に数えられていました。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
身内・相手の発信・噂。話の輪が広がるときは、この三つの形で表に出る。 Visual: ALIFE

1992年と2017年の研究は、米国の証券当局が摘発した事件だけを見ています。見つからなかった漏れの量や道筋は分かりません。株価の動きは市場の反応で、漏れの量そのものの測定でもありません。全文まで読めた3点に秘密保持契約の有無で漏れ方を比べた分析は無く、要旨まで読めた2点の要旨の範囲にも記述はありません。日本の小さな商いの事業承継で同じ道筋になるかは書きません。

2017年の作業論文は、内部者は訴追される危険が高まるため情報を選んで渡すと書く一方、情報は最終的に広く行き渡ったと報告しています。1992年の研究の読みも、市場が情報を持つ者の売買を察知するというものでした。

米国で摘発されたインサイダー取引の事件では、
内部の情報は家族や友人の強い縁を伝い、
平均三つの伝達で買う側に届いていた。

シラバス側は、契約に加えて情報に触れる人を絞ることを、この回の要に置きます。これは研究の結果ではなく編集側の見立てです。国の指針は「秘密保持の徹底」の項で、ごく一部の関係者を除き、原則として可能な限りクロージング後(早くとも最終契約締結後)に知らせるべきだと記します。契約の用語解説とは別の項で、誰にいつ知らせるかを書いているのです。

TRY IT TODAY

  1. 01DATE

    今日の日付を書き、いま関わっている「表に出したくない話」を一つ選んで一行で記す。相手の名前や金額は書かない。

  2. 02LOG

    その話をいま知っている人を、社内・社外・家族を含めて全員書き出し、人数を数える。

  3. 03SORT

    一人ずつ「今の段階で知る必要があった」「まだ必要なかった」に分け、それぞれの数を書く。誰かを責める印ではなく、輪の広さの記録として残す。

10分。他人の秘密を探ったり、未公表の情報を使ったりする作業ではありません。点検するのは、自分が守る話の輪の広さの記録だけです。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する実践入口です。秘密保持契約の結び方や実際の売買の判断は、M&Aの専門家・弁護士・税理士・公認会計士などへ。

この号が運べたのは三段です。買収された194社の研究では、合併の話が発表の前から株価に表れていたこと。摘発された事件では、2017年の研究で情報が家族や友人の強い縁を伝い、1992年の研究で発表前の値上がりのほぼ半分がインサイダーの取引日に起きていたこと。交渉の当事者が報道を動かし、噂の3件に2件は1年以内に正式な提案に至らなかったこと。

この群は次に、買収を振り返って学ぶ段へ進みます。秘密保持契約の役割を小さく見る話ではありません。そのうえで、誰がいつ知るかという輪の広さは、契約とは別の場所で決まっていきます。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「秘密を守って進めるには?」を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

Next in M&A

VIEW ALL
ISSUE 510創業事業を手放すのは、新任の社長に多かった。ISSUE 512前の成功の手応えは、次の成績と逆を向いた。
ALIFE · ISSUE 511

本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。