IN M&A · ISSUE 497
● 12 SEC会社や店を買う・譲る話には、「M&Aの7割は失敗する」という数字がついて回ります。この号はその数字の出どころ、研究が束ねた買い手の成績、損が大きく出る場所の三つを確かめます。
先に向きを言うと、出どころは査読を経た研究ではなく、コンサル報告と実務誌でした。研究の側の絵は「大半は失敗」でも「平均ゼロ」でもなく、ゼロから小幅な負で、ばらつきが大きい。扱う研究の多くは米国の上場企業の株価を測ったもので、株価の数値は書きません。日本の小さな商いの事業承継に当てはめることもしません。
追える出どころは二つあります。一つは1999年の大手監査法人系のコンサル報告です。大型の買収について、買収の前後の株価を同じ業種の動きと比べ、調べた買収のうち83%が価値を生まなかったとしました。物差しは株価で、担当者の自己申告ではありません。査読を経ていない業界の調査です。
もう一つは2011年の経営実務誌の記事です。“study after study puts the failure rate of mergers and acquisitions somewhere between 70% and 90%”(研究を重ねるたびに、M&Aの失敗率は70〜90%のあいだに置かれる)。ただし、どの研究によるかは示していません。「7割」にいちばん近いのは、こちらです。

研究者の側にも「失敗は多い」と見る立場はあります。2006年の総説(5頁の招待論説)は、経営者の自己申告でもほぼ半数が失敗とする研究を引き、失敗率は高いままだと総括しました。では、多数の研究を束ねると何が見えるのか。研究論文5点のうち、全文まで読めたのは3点です。読めていないものについては書きません。
01買い手の成績は、平均でゼロから小幅な負だった。2004年のメタ分析(多数の研究の結果を統計的に束ねる方法)は、93研究・852の効果量(研究ごとの差の大きさを揃えた値)・合計206,910の観測を統合しました。データは主に米国企業です。買い手の成績は買収で良くならず、“is negatively affected to a modest extent”(小幅に悪い方向へ動く)と結論しています。
02差を分ける要因は、まだ特定されていなかった。同じ論文で、株価は発表当日だけ小さな正、その後の数か月〜数年と1年後の利益率は小さな負でした。そして、よく調べられてきた要因では成績の違いを説明しきれず、特定されていない要因がばらつきの大きな部分を説明しうる、と著者は書きます。結論の重心は、むしろこちらです。
03米国の上場企業の損は、少数の巨額損失の案件に集まっていた。2005年の研究は、米国の上場企業による1998〜2001年の買収で、発表時に買い手の株主が大きく損をしたことを示しました。その総額の大半は、市場の評価額が極めて高い企業による少数の案件で、“Without these acquisitions, the wealth of acquiring-firm shareholders would have increased”(これらを除けば、買い手の株主の富は増えていた)。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。「なぜ買うのか・なぜ譲るのかを先に書くことが起点になる」という見方も、ここで挙げた研究が確かめたものではなく、編集側の命題です。
01「良い話が来たから」が、理由の欄に入っている。1986年の理論論文は、買い手の意思決定者の思い上がり(ハブリス)が値付けの誤りのまま入札させ、払いすぎを生むという仮説を立てました。ただし著者自身、“supports the hubris hypothesis as much as it supports other explanations”(証拠は、ほかの説明と同じ程度にこの仮説を支える)と控えめです。
02「7割は失敗」か「平均ゼロ」か、一つの数字で決めている。物差しが株価か自己申告か、発表当日か数年後かで、数字の向きまで変わります。米国の上場企業による12,023件(1980〜2001年)を調べた2004年の研究では、発表時のリターンは件数で平均すると正、金額で見ると買い手の株主の損でした。
03大きな買い手の結果を、小さな買い手に重ねている。同じ2004年の研究では、上場企業の中で規模の小さい買い手ほど、発表時のリターンが高い傾向でした。ここでの「小さい」は米国の上場企業の中の話で、日本の小さな店や事業の引き継ぎとは単位が違います。

束ねられた研究の多くは、米国の上場企業の買収を、発表前後の株価や会計上の利益率で測ったものです。株価の反応は市場の評価であって、買収が「失敗」したかの直接の測定ではありません。この号は、日本の小さな商いの事業承継や小規模なM&Aで同じ向きが出るかは書きません。
一方で「大半は失敗ではない」とも言えません。2006年の総説は、“the failure rates of mergers and acquisitions have remained consistently high”(M&Aの失敗率は一貫して高いままだ)と書き、買い手の長期のリターンは負か、よくてゼロと区別できないと整理しています。数字が割れるのは、測り方が違うからです。
主に米国企業の研究を束ねると、
買い手の成績はゼロから小幅な負で、
要因の分からないばらつきが大きかった。
シラバス側は、なぜ買うのか・なぜ譲るのかの明文化を、探索・契約の設計・統合・出口の四段すべての起点に置きます。これは研究の結果ではなく編集側の見立てです。研究が支えるのは、平均の向きが小幅な負であること、差を分ける要因が未特定であること、損が少数の案件に集まっていたこと、までです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、「買う側」か「譲る側」か、どちらの想定で書くかを一行目に記す。相手の名前も金額も、まだ書かない。
- 02LOG
買う側なら、手に入れたいもの・引き受けるもの(働く人の生活、取引先の信頼、負債)・なぜ今か、を書く。譲る側なら、手放す理由・働く人と信頼を誰に託したいか・値段より先に譲れない条件、を書く。
- 03SORT
書いた理由を一つずつ見直し、「後づけかもしれない」と感じたものに印をつける。印の数を数えるだけで、良し悪しは判定しない。
この号が運べたのは三段です。「7割は失敗」の出どころは、株価で測ったコンサル報告と、出典を示さない実務誌だったこと。主に米国企業の研究を束ねると、買い手の成績はゼロから小幅な負で、要因の分からないばらつきが大きかったこと。米国の上場企業の損は、少数の巨額損失の案件に集まっていたこと。
この群はこの先、相手を探す・値をつける・中身を調べる段へ進みます。どの段でも最初に置かれるのは、「なぜ買うのか・なぜ譲るのか」の一枚です。それは成功の約束ではなく、あとで理由を点検するための記録です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「買う理由を明確にするには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。