IN M&A · ISSUE 510
● 12 SEC店や事業を手放す話には、「売り時は読める」という言い方がついて回ります。この号は、事業の売却とその後の業績を束ねた研究、売却に先立つ条件、創業事業を手放した企業の結果の三つを確かめます。
先に向きを言うと、研究が示したのは売り時を当てる方法ではありません。売却は平均でプラスの側にあっても条件で変わり、ある研究では創業事業を手放した企業のほうが、残した企業より売却後の業績で劣りました。扱うのは企業の事業売却の研究で、日本の小さな商いの店じまいや譲渡に当てはめることはしません。
ここでの売却(ダイベスティチャー)は、企業が事業の一部を売る・切り出すことです。2010年のメタ分析(多数の研究の結果を統計的に束ねる方法)は、94研究から650の効果量(研究ごとの結果の大きさを揃えた値)を集めました。650は企業の数ではなく、効果量の数です。
研究を通じて、売却はその後の業績とプラスの方向で結びついていました。ただしその大きさは、業績の測り方・取引の形・売却の意図・企業の資源の水準で変わっていました。平均がプラスでも、どの売却もプラスになるとは言えません。

では、売却に先立つのは何で、手放した結果はどう分かれるのか。出典6点のうち、全文まで読めたのは1点です。読めていないものについては書きません。
01売却に先立つのは、過去の経験・規模と多角化・事業の不振だった。2016年のメタ分析は35研究・158標本・合計N=188,078を束ね、売却と結びつく要因を並べました。主な要因は、過去の売却経験、企業の規模と多角化、事業単位の不振の順です。企業全体の業績不振には、売却との結びつきが見られませんでした。
02創業事業を手放した企業は、残した企業より売却後の業績で劣った。2014年の研究は、企業がもともと営んできた事業(レガシー事業)の売却を調べ、“the post-divestiture operating performance of firms that divest their legacy businesses falls short of that of firms that retain comparable legacy units”(手放した企業の売却後の営業業績は、同様の事業を残した企業に届かなかった)と報告しました。同じ業種のとき、とくにそうでした。
03創業事業を手放したのは、在任の浅い経営トップに多かった。同じ2014年の研究で、手放したのは在任の長いトップより新しいトップに多く、最も最近就任したトップの売却が最も高くついていました。著者の説明は、長く営んできた事業ほど残る事業と見えにくく結びつき、経営陣がそのつながりを当たり前と見なしやすい、というものです。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。材料は企業の事業売却の研究で、小さな商いの店じまいや譲渡で同じ形が出るかは確かめられていません。
01「自分のせいではない」説明がついたとき、話が進む。2006年の研究は、不振の買収事業を手放した68社と手放さなかった68社を比べました。不振の事業は、経営者が原因を自分の責任にならない形で説明できるとき、また会社全体の業績の文脈に置けるときに手放されやすかった、と報告しています。手放すまでの遅れそのものは測っていません。
02自分の持ち分が大きいほど、手放す話は出にくい。同じ2016年のメタ分析では、経営トップと社内の取締役の持ち株が多い企業ほど、売却は少ない側にありました。著者はこれを、持ち分が会社への同一化と愛着を強めるという理論で説明します。愛着そのものを測った結果ではなく、束ねたのは相関です。
03買った時点で、理由がすでに薄い。1997年の研究は、本業と関連の薄い買収だけを、1977年の135件と1987年の140件の2群で5年間追いました。要旨は“The majority of unrelated acquisitions are divested shortly after their purchase”(関連の薄い買収の多くは、購入後まもなく売却される)と始まり、買収時の動機と条件、その後の変化から大半の売却を正しく判別できたと報告します。

束ねられた研究は、企業の事業の売却を、その後の業績や売却の有無で測ったものです。この号は、日本の小さな商いの店じまい・譲渡・家業の引き継ぎで同じ向きが出るかは書きません。売却が平均でプラスの側にあったことも、自分の店を手放す時期の判断材料にはなりません。
シラバス側は「撤退は遅れ、感情に縛られる」と書き、思い入れの深い事業ほど手放しにくい根拠に2014年の研究を置きます。けれど要旨の向きは逆で、手放した側が劣り、手放したのは新しいトップに多かったのです。撤退の遅れを直接測ったものは、全文まで読めた1点に無く、要旨まで読めた5点の要旨の範囲にも記述はありません。
売却は平均でプラスの側でも、条件で変わった。
創業事業を調べた研究では、手放した企業が
残した企業より売却後の業績で劣った。
シラバス側の中心命題「売り時を読むより、遅れる自分を知る」は、ここで挙げた研究が確かめたものではなく、編集側の推論です。研究が支えるのは、売却の結果が条件で分かれること、手放す判断が過去の経験・構造・事業の不振や責任の置きどころと結びついていたこと、創業事業では手放した側が劣ったこと、までです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分の店や仕事で「手放すかどうか、いつか考えるかもしれないもの」を一つ挙げる。相手の名前も金額も、まだ書かない。
- 02LOG
それを残す理由と手放す理由を、思いつくまま書き出す。残す理由には、ほかの仕事や取引とのつながり(それが無くなると何が止まるか)も一つずつ書き足す。
- 03SORT
書いた理由を「数字の理由」「ほかとのつながり」「気持ちや経緯」の三つに振り分け、それぞれの数を数える。どれが正しいかは判定しない。
この号が運べたのは三段です。企業の事業売却は、平均でプラスの側にあっても、測り方・取引の形・意図・資源で変わったこと。売却に先立つのは、過去の経験、規模と多角化、事業の不振だったこと。創業事業では手放した企業が劣り、手放したのは新しいトップに多かったこと。
この群は次に、話を外へ漏らさない段へ進みます。どの段でも、研究が示すのは向きと条件までで、自分の店の答えではありません。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「売り時を見極めるには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。

