IN M&A · ISSUE 509
● 12 SECのれんは、会社や事業を買うときに、相手の見えている純資産を上回って払った差額です。「うまく管理すれば減らさずに済む」と思われがちなこの数字について、この号は基準の定め・減損の遅れ・経営者の裁量の三つを確かめます。
先に向きを言うと、国際会計基準は一度計上したのれんの減損を戻すことを禁じています。研究の側では、米国の上場企業の減損は傷みより遅れて計上され、その時期に経営者の裁量が働いていたと報告されています。定めと研究の結果は分けて書きます。株価の数値は書かず、日本の小さな商いの譲渡や引き継ぎに当てはめることも、会計や税務の助言もしません。
国際会計基準の「資産の減損」(IAS 36)は、企業結合で得たのれんに毎年の減損テストを求め、傷んだ兆候があればそのつど試すと定めます。時期は年内のどこでもよく、毎年同じ時期に行います。ここで引くのは基準の本文で、研究の結果ではありません。
戻し入れについての定めはこうです。“An impairment loss recognised for goodwill shall not be reversed in a subsequent period”(のれんについて認識した減損損失は、後の期間に戻し入れてはならない)。あとで回収できる額が増えても、それは自社で生んだのれんの増加である可能性が高く、減損の取り消しとはみなさない、と基準は理由を説明しています。

では、減損は実際にいつ計上されてきたのか。ここからは研究の結果で、どれも米国の上場企業と米国の会計基準の下のものです。研究論文5点のうち、全文まで読めたのは刊行前の稿で3点(うち1点は題名と著者の構成が違う前身の稿)です。読めていないものについては書きません。
01減損の計上は、業績の悪化から平均3〜4年遅れていた。2006年の減損の先行指標の研究は、米国の上場企業どうしの1988〜1998年の買収を追い、のれんの減損が経済的な毀損に平均3〜4年遅れ、3分の1の企業では遅れが最大10年に及ぶと報告しました。標本の減損の多くは、規則的な償却があった時期のものです。
02減損は、その後の収益性の低下を先に告げていた。2011年の減損の原因と帰結の研究は、刊行版の要旨で、減損の発表を受けて投資家とアナリストが見通しを下げ、減損は将来の収益性の低下の先行指標だったと報告しました。買収時の払いすぎを表す代理の指標は、後の減損を予測していました。
03米国の基準改定の後、減損は遅れ、一部では先送りが利益と株価を一時的に押し上げていた。2017年の研究は、規則的な償却をやめて公正価値で試す米国の基準改定の後、のれんの残高は膨らみ、減損は適時でなくなったと報告しました。問いの形の題名に著者は「悪くなった」側で答え、一部の経営者が裁量で減損を先送りし、利益と株価を一時的に押し上げたと結論づけています。

2006年の、米国の基準改定の導入時の会計処理の選択を調べた研究は、株式市場への配慮が損失の見せ方の好みに、債務の契約・賞与・経営者の交代・上場廃止の誘因が費用の前倒しか先送りかに影響していたと報告しました。導入時の一度の選択を調べたものです。以下の3点の見出しはALIFEの読み筋で、本文が各研究の結果です。
01買い手の株が割高なときに、買っている。2011年の買い手の株の割高さを調べた研究は、米国の上場企業による1990〜2006年の買収で、株の割高さが大きい買い手ほど買収とのれんの伸びが大きく、割高さが後の減損の有無と額を予測したと報告しました。著者は、多くの減損の根本原因を買収時の割高な株に置いています。
02業績の開示だけを見て、減損を待っている。2006年の先行指標の研究では、買った事業を含む部門の業績の開示からは将来の減損を十分に予測できず、買収時の特徴(買い方)のほうが強い予測材料でした。帳簿の業績より、買ったときの条件のほうが後の減損をよく告げていた、というのが原典の向きです。
03減損が出ないことを、傷みがない証拠にしている。2011年の原因と帰結の研究は、傷んでいる可能性があるのに減損を計上しなかった企業が、裁量で損失を避けていた可能性を、著者自身が「間接的」と限定する証拠で示しました。2017年の研究も、投資家は減損の遅れを十分に見込めていなかったと報告しています。

扱った研究は、米国の上場企業の買収とのれんです。減損は会計上の見直しで、価値の毀損そのものを直接測ったものではありません。日本の会計基準は、のれんを20年以内で規則的に償却したうえで減損も扱う別の設計で、この号はその本文までは照合していません。日本の小さな商いの譲渡や引き継ぎで同じ遅れが出るかは書きません。
遅れの読み方も一つではありません。2006年の研究の刊行前の稿は、不振から立ち直る事業もあるので、2〜3年の「待ち期間」はそれほど過大には見えないとも書いています。2011年の研究も、前身の稿はかなりの数の企業で市場が減損を発表よりずっと前に織り込んでいたと書き、刊行版の要旨は減損を将来の低下の先行指標と位置づけます。版で重心が違います。
米国の上場企業の減損は、
業績の悪化に平均3〜4年遅れていた。
戻せないのは、基準の定めだ。
シラバス側は、のれんを「管理」ではなく「監視」の対象と位置づけ、買うときに上乗せの前提を書き残す見方を置きます。これは研究の結果ではなく編集側の見立てです。研究が支えるのは、減損が遅れて計上されてきたこと、その時期に裁量が働いていたこと、買収時の条件が後の減損を予測していたこと、までです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分が過去に払った、またはこれから払うかもしれない「見えない価値への上乗せ」を一つ選ぶ。店や事業の譲り受けでも、相場より高く買った設備でもよい。金額は書かない。
- 02LOG
その上乗せが何を前提にしているか(この常連が残る・この人が辞めない・この売上が続く)を、一行ずつ書く。
- 03SORT
前提ごとに、崩れたと分かるいちばん早い兆しを一つ書き、「すぐ気づける」「気づくのに時間がかかる」のどちらかに印をつける。良し悪しは判定しない。
この号が運べたのは三段です。国際会計基準は、のれんを毎年試し、一度計上した減損を戻すことを禁じていること。米国の上場企業では、減損の計上が業績の悪化に平均3〜4年遅れ、基準改定の後は裁量による先送りが報告されたこと。買収時の株の割高さや払いすぎを表す指標が、後の減損を予測していたこと。
この群は次に、事業を手放す段へ進みます。上乗せの前提を書いておくことは、減損を防ぐ約束ではなく、あとで点検するための記録です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「のれんを毀損させないには?」を、もっと深く学ぶ。→