IN M&A · ISSUE 508
● 12 SEC二つの事業が一緒になれば、仕入れはまとまり、客は増える——統合の計画には、そうしたシナジー(相乗効果)の見込みが並びます。この号は、その見込みのどれに値がつき、予想された得の中身が何だったのかを、研究の要旨の範囲で確かめます。
先に向きを言うと、米国の大型の銀行合併の発表時、市場の見直しが主に向いたのは売上増ではなくコスト削減の見込みでした。大型合併の予想を分解した研究でも、営業上の得の中心は営業利益の伸びではなく投資の削減でした。扱う研究の多くは株価や予想を測ったもので、株価の数値は書きません。日本の小さな商いに当てはめることもしません。
シナジーは、二つの事業が一緒になることで生まれる上乗せです。1997年の書籍(実証研究ではない)の紹介文は、これを、それぞれが単独でも上げると既に見込まれていた業績を超える分と定義し、買い手が払いすぎて約束した上乗せを実現できない構図を「シナジーの罠」として説いています。
上乗せには大きく二つの向きがあります。重なりをなくす・まとめて仕入れるなど費用が減る側と、客層が広がる・組み合わせて売れるなど売上が増える側です。

では、二つの向きの見込みは同じように扱われたのか。研究論文5点のうち、全文まで読めたのは0点です。5点とも公式の要旨の範囲で書き、読めていないものについては書きません。
01米国の大型の銀行合併では、値がついたのは主にコストの見込みだった。2001年の研究は、1985〜96年の米国の最大級の銀行合併を調べ、一部で経営陣が見込んだコスト削減と売上増の額を得ました。発表時、買い手と対象の合算の株価は上方に見直され、その大半は“estimated cost savings rather than projected revenue enhancements”(売上増の見込みではなくコスト削減の見込み)によるもの。見直しは経営陣の見込みほど大きくありませんでした。
02264件の大型合併の予想では、営業上の得の中身は投資の削減だった。2009年の研究は、アナリスト予想から264件の大型合併の得を推定し、合算の株式価値の10.03%としました。うち税の節約が1.64%、残る8.38%が営業上の得です。その得は“generated primarily by cutbacks in investment expenditures rather than by increased operating profits”(主に営業利益の増加ではなく投資支出の削減から)。予想に基づく推定で、実現値ではありません。
0361件の事例では、似た業務を合わせる案件ほど働く人の抵抗が強かった。1999年の研究は、61件の合併・買収の事例記述を共通の項目で数え直し(ケースサーベイ)、会計や株価ではなくシナジーの実現度で成否を測りました。似た業務の統合に頼る案件は、補い合う業務に狙いを置く案件より従業員の抵抗を招きやすく、補い合う業務の存在はシナジーの実現を通じて成功と結びついていました。

ここから先は研究が示した結果ではなく、見込みの書き方を点検するためにALIFEが提案する読み筋です。「控えめに数えれば刈り取れる」という見方も、ここで挙げた研究が確かめたものではなく、編集側の命題です。
01売上が増える欄が、費用が減る欄より長い。米国の大型の銀行合併の研究では、発表時の市場の見直しは主にコスト削減の見込みに向き、売上増の見込みにはあまり向きませんでした。示されたのは市場の評価の差で、売上の上乗せが実現しなかったことではありません。それでも、見込みの重心がどちらの欄にあるかは記録できます。
02得の中に、相手側の資産を削る・動かす項目がある。欧米の製造業による253件の水平買収(1988〜92年・買い手の経営者への調査)では、資産の処分も資源の再配置も成果に寄与しえた一方で、“a significant risk of damaging acquisition performance when the divested assets and redeployed resources are those of the target”(それが買われた側の資産だと、成果を損なう大きな危険がある)とされました。
03得を、一つの大きな数字で言い表している。実務家向け誌の2006年の論考は、大型の案件が一つのシナジー額で発表されがちだとして、“investors can't understand or track one number”(投資家は一つの数字を理解も追跡もできない)と書きます。そのうえで、払う上乗せ額に見合うコスト削減と売上増の組み合わせを逆算する簡単な模型を説きます。

銀行合併の研究が測ったのは発表時の株価の見直しで、売上の上乗せが実際に実現したかではありません。264件の研究の値はアナリスト予想に基づく推定で、市場支配力は数値に分けられず、要旨の総括で主な源ではないとされただけです。製造業の研究は買い手の経営者の回答、61件の研究は事例記述の数え直しです。
標本は米国の最大級の銀行合併、264件の大型合併、欧米の製造業の水平買収で、この号は日本の小さな商いの事業承継や小規模なM&Aに同じ向きが出るかは書きません。一方で「売上の得は出ない」とも言えません。61件の研究では、生産と販売で補い合う業務の存在がシナジーの実現と結びついていました。
米国の大型の銀行合併の発表時、
市場の見直しが主に向いたのは、
コスト削減の見込みだった。
シラバス側は、刈り取れる分だけを控えめに数えることを守りに置きます。これは研究の結果ではなく編集側の見立てです。研究が支えるのは、市場の見直しがコストの見込みに向いたこと、予想上の得の中心が投資の削減だったこと、似た業務の統合ほど抵抗を招きやすかったこと、までです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、「買う・引き受ける側」か「譲る・一緒になる側」か、どちらの想定かを一行目に記す。相手の名前も金額も書かない。
- 02LOG
一緒になって生まれそうな得を、費用が減る欄(重なりをなくす・まとめて仕入れる・設備を共用する)と、売上が増える欄(客層が広がる・組み合わせて売れる)に分けて書き、項目ごとに確かさを1〜5で付ける。
- 03SORT
相手側の資産や人に手を入れる項目に印をつけ、二つの欄の項目数と印の数を数える。数えるだけで、良し悪しは判定しない。
この号が運べたのは三段です。米国の大型の銀行合併の発表時、市場の見直しは主にコスト削減の見込みに向いたこと。264件の大型合併のアナリスト予想では、営業上の得の中心が投資の削減だったこと。61件の事例では、似た業務の統合に頼る案件ほど働く人の抵抗を招きやすかったこと。
この群は次に、買った値段と資産の差として帳簿に残る「のれん」の段へ進みます。見込みを二つの欄に分けて書くことは成功の約束ではなく、あとで見込みを点検するための記録です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「シナジーを刈り取るには?」を、もっと深く学ぶ。→