IN M&A · ISSUE 505
● 12 SEC店や会社を譲る・引き受ける話には、「初日から速く一つにせよ」という言い回しがついて回ります。この号は、その速さが研究でどう測られ、どんな組み合わせで益にも害にもなったかを確かめます。
先に向きを言うと、答えは「速いほど良い」でも「遅いほど良い」でもなく、条件つきでした。扱う調査の中心は中欧の企業への質問紙で、日本の小さな商いの事業承継に同じ向きが出るかは書きません。統合の進め方の助言もしません。
統合(PMI)は、買った側と買われた側の仕組みや働き方を一つに動かしていく作業で、Day1は経営権が移る初日です。2006年の研究は、統合の速さを「予定した統合を終えるまでにかかる期間の短さ」と定め、マーケティングと営業の統合の速さに絞って尋ねました。
鍵になるのは二つの近さです。外部の関連性は、狙う市場と、市場での立ち位置(高級か低価格かなど)の近さ。内部の関連性は、戦略の向きや経営の流儀などの近さです。速さの向きは、この二つの組み合わせで分かれていました。

扱う研究は6点で、うち1点は研究を整理した総説です。全文まで読めたのは3点で、読めていないものについては書きません。2005年と2006年の研究は、同じ2002年の質問紙のデータを使っています。では、速さについて何が報告されたのか。
01市場が重なり内側が離れた組み合わせで、速さは害と結びついた。2006年の研究は、中欧の企業どうしの水平合併232件(1996〜99年の案件・2002年の質問紙・回答率17.8%)を分析しました。業績は買い手の担当者が答えた合併前後の売上高利益率の変化です。“speed is highly detrimental in the case of low internal and high external relatedness”(内部の関連性が低く外部が高いと、速さは大きく害になる)。逆の組み合わせで益が最も大きかった。
02中小企業106件では、速さは成功の要因の列に入っていなかった。2014年の研究は、ドイツ語圏の中欧の機械・電子・物流の中小企業による106件を調べ、成功は補完性・文化的な適合・統合の深さの関数だと報告しました(公式の要旨まで)。速さは、文化的な適合が高いと遅く、統合が深いと速くなる側の変数です。同じ著者らを含む2013年の学会論文は、この研究の速さと成功の結びつきを“not significant at all”(まったく有意でない)と書いています。
03水平買収129件では、二つの中間目標が統合と業績をつないでいた。2008年の研究は、水平買収129件の構造方程式モデル(変数どうしの道筋をまとめて推定する方法)で、内部の再編と市場の拡大という二つの中間目標の達成が、四つの統合の決定と買収の業績の関係を完全に媒介していたと報告しました(公式の要旨まで)。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。どこを速く、どこをゆっくり進めるべきかを、ここで挙げた研究が確かめたわけではありません。
01「最初の100日」を、根拠のある期限として扱っている。2004年の研究は、実務家やコンサルタントが最初の100日を成功の鍵と説く風潮を取り上げ、この象徴的な期間は“something of an urban myth”(一種の都市伝説)になっていると書きました。速さの利点を無批判に受け入れないよう促す論文です(公式の要旨まで・標本の中身は未確認)。
02速さの良し悪しを、全体の平均一つで決めている。2006年の研究でも、232件の全体で見ると、速さと業績の直接の結びつきは有意ではありませんでした。益と害は二つの近さの組み合わせで分かれていて、全体を足し合わせると見えなくなる形でした。
03市場側の成果とコスト削減を、同じ物差しで数えている。同じ質問紙を使った2005年の研究は、統合後の財務の業績には、市場側の成果のほうがコスト削減よりずっと強く結びついていたと報告しました。統合の深さはコスト削減には益、市場側の成果には害と、向きが割れていました。

扱った調査は、中欧やドイツ語圏の企業の担当者に尋ねた質問紙が中心で、業績も回答者の評価です。「結びついていた」までで、速さが業績を動かしたとは言えません。日本の小さな商いの事業承継や小規模なM&Aで同じ向きが出るかも、この号は書きません。
研究の側でも決着はついていません。2017年の総説は速さの研究を並べ、“Given these complex and equivocal results”(こうした複雑で両義的な結果を踏まえると)と書き、変化の種類ごとに最適な速さがあると考える方向を今後の課題に挙げました。
中欧の水平合併232件では、
市場が重なり内側が離れた相手で速さは害と、
逆の組み合わせでは益と結びついていた。
シラバス側は「顧客の目に触れない内側は速く、顧客に触れる部分は時間をかける」という切り分けを示しますが、これは編集側の見立てです。研究が支えるのは、速さの向きが二つの近さで入れ替わったこと、成功の列に速さが入らない研究もあること、統合の決定が中間目標を通って業績とつながっていたこと、までです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、「引き受ける側」か「譲る側」か、どちらの想定で書くかを一行目に記す。相手の名前も金額も書かない。
- 02LOG
統合で変わりうる事柄(屋号・値付け・接客・仕入れ・経理・働く人の役割など)を書き出し、それぞれに「二つの店の客層と価格帯がどれだけ近いか」と「二つの店のやり方がどれだけ近いか」を、◯・△・×で記す。
- 03SORT
二つの印の組み合わせで四つの欄に振り分け、欄ごとの件数を数える。どの欄を速く進めるべきかは判定しない。
この号が運べたのは三段です。中欧の水平合併232件では、速さの益と害が二つの近さの組み合わせで入れ替わったこと。中小企業106件の研究では、速さは成功の要因の列の外にあったこと。水平買収129件では、統合の決定が中間目標を通って業績とつながっていたこと。
「初日から速く」は、研究の側では答えではなく、条件を問う言葉として扱われています。次の号は、二つの会社の文化がぶつかる場面へ進みます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「初日から統合を走らせるには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。