IN M&A · ISSUE 503
● 12 SECお店や事業を譲る・譲り受ける話では、「表明保証を入れておけば、契約で守れる」と言われます。この号はそれを、表明保証の保険の使われ方、買い手の逃げ道になる条項、代金を後払いにする契約の組み方という三つの筋で確かめます。
先に向きを言うと、契約の守りは実在し、危険を誰がどこまで負うかを割り振る道具として使われていました。ただし、買い手の逃げ道になる条項は、解約や再交渉の原因にもなっていました。扱う研究の標本は日本の小さな商いではなく、その事業承継に当てはめることはしません。法務の助言も書きません。
表明保証は、「未払いの税金はない」「隠れた訴訟はない」といった取引の前提を、売り手が本当だと保証する条項です。補償は、それが事実と違ったときに売り手が損を埋める約束。表明保証の保険は、その損を保険会社が肩代わりする商品です。
2016年の編著の一章(研究と実務の整理)は、M&Aの契約の目的を、取引の中身の特定・危険の分担・手続きの管理・支配と情報の共有・紛争の処理の五つに分けて整理しています。契約の条文には、表明保証や補償がこうした目的のために並びます。

では、その守りは実際にどう使われ、どこで割れるのか。研究論文と章の6点のうち、全文まで読めたのは3点です。読めていないものについては書きません。
01表明保証の保険は、実際に請求されていた。2022年に公開された研究は、世界で保険会社1社が2011〜2016年に非公開企業の買収向けに引き受けた1,690件の保険を調べました。2017年9月時点で請求に至った割合は、引き受けた年ごとに11.6〜26.6%。新しい年ほど低いのは、請求までの時間が短いためと著者は見ています。
02買い手の逃げ道の条項が、解約と再交渉の原因になっていた。重大な悪化(MAC)の条項は、契約から完了までに相手の事業が大きく悪化したら買い手が降りられる取り決めです。2013年の研究では、調べた買収(作業論文版では米国の上場企業どうしの買収が標本)のうち解約に終わった案件の69%、再交渉された案件の80%で、この重大な悪化が原因でした(公式の要旨の値)。
03アーンアウトの条項は、不確かさの費用を抑えるように組まれていた。2011年の研究は、買収後の業績しだいで代金の一部を払うアーンアウトの契約を調べ、額・指標・期間・支払いの形がばらばらだと示しました。“earnouts are structured to minimize the costs of valuation uncertainty and moral hazard”(評価の不確かさと手抜きの費用を最小にするよう組まれている)。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。「契約は危険を割り振り上限を切るまでで、売り手と買い手の知識の差そのものは消せない」という見方も、ここで挙げた研究が確かめたものではなく、編集側の総合です。
01「重大な悪化」の意味が、言葉だけで決まると思っている。2005年に刊行された理論論文(モデルと予備的な実証。引用は2004年の作業論文版)は、この条項を、契約から完了までの両者の手抜きへの備えと説明し、“The MAC term thus allocates transaction risks to the party that can most efficiently bear them”(取引の危険を、最も効率よく負える側に割り振る)と書きます。同じ論文は、この条項が多くの訴訟を生み、交渉の中心にあるとも述べます。
02保険があれば、調べなくてよいと思っている。2022年の研究の著者たちは、保険への移し替えが広がると“reduces the incentives for acquirers to perform due diligence”(買い手が中身を調べる動機を弱める)懸念があると書き、今後の研究課題としました。これは懸念で、測られた結果ではありません。
03専門の違う相手を買うのに、備えを変えていない。1999年の研究は、知識が中心の業界の会社を買う場面で、多くの買い手が低めの上乗せ価格・条件付きの支払い・長い交渉で情報の問題に対処していたと報告しました。両社の専門知識が無関係な組み合わせではその備えが使われず、著者は、その場合に払い過ぎの危険がありうると推測しています。

保険の研究は、保険会社1社のデータです。著者自身、“the extent to which our results are generalizable is not clear”(結果がどこまで一般化できるかは明らかでない)と書き、保険の購入と買収の成否の関係は今後の課題としています。2005年の論文は理論が中心で、実証は予備的なものです。
2016年の章(内容は前年の作業論文版で確認)は契約の型の整理で、効き目の測定ではありません。1999年の研究も、対処策が使われたかを調べたもので、「どう備えても最後は買い手の危険が残る」ことは測っていません。表題の“Caveat Emptor”(買い手よ用心せよ)は結論ではなく問題提起の標語です。どれも日本の小さな商いの標本ではありません。
調べられた買収では、
重大な悪化の発生が、
解約と再交渉の多くの原因だった。
シラバス側は、契約の守りを「地雷を消すことではなく、踏んだときの痛みを誰がどこまで負うかを先に決めること」とまとめます。これは研究の結果ではなく編集側の総合です。研究が支えるのは、保険が実際に請求されていたこと、逃げ道の条項が解約と再交渉の多くの原因だったこと、アーンアウトが不確かさの費用を抑えるよう組まれていたこと、までです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、「譲る側」か「譲り受ける側」か、どちらの想定で書くかを一行目に記す。
- 02LOG
自分の事業について、「本当だと言い切れること」と「自分でも言い切れないこと」を二列に書き出す(帳簿の正確さ、抱えている契約、許認可、表に出ていないトラブル、取引先との口約束など)。言い切れない項目には、問題になったら誰がどこまで負うべきかを一言添える。
- 03SORT
二つの列の項目数を数えて書き添える。条項の有効性や請求の成否は判断しない。
この号が運べたのは三段です。表明保証の保険は、非公開企業の買収で実際に請求されていたこと。買い手が降りる根拠となる重大な悪化の発生が、調べられた買収で解約と再交渉の多くの原因になっていたこと。アーンアウトの条項が、不確かさと手抜きの費用を抑えるよう組まれていたこと。
この群は次に、買ったあとの統合の計画へ進みます。契約で割り振れるのは、見えなかったものが出てきたときの負担であって、見えなさそのものを消す約束ではない——というのが、この号の読み筋です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「契約に守りを仕込むには?」を、もっと深く学ぶ。→