IN M&A · ISSUE 501
● 12 SEC会社や店を譲る・引き受ける話で値段が合わないとき、代金の一部を「買った後の業績しだいで後払いする」取り決めがあります。アーンアウト(条件付き対価)です。シラバス側はこれを、値段の橋渡しの先で、測り方と事業の支配をめぐって利害が新しく割れる「両刃」だと書きます。
先に向きを言うと、読めた範囲の研究は、アーンアウトを評価の食い違いの橋渡しと、売り手の経営者の引き留めに使われる仕組みとして描き、使った買い手への市場の受け止めはむしろ好意的でした。「両刃」は研究の結果ではなく、編集側の推論として扱います。株価の数値と、契約・税務の助言は書きません。
売り手は「この事業は伸びる」と言い、買い手は「本当か」と疑う。アーンアウトは、その食い違いを今ひとつの金額に押し込めず、将来の結果に判定を預ける取り決めです。2000年の研究(大規模な合併の標本・抄録まで)は題に、“Agreeing to Disagree and Agreeing to Stay”(食い違うことに合意し、残ることに合意する)と掲げました。

同じ研究は、情報の偏りが大きい相手の評価の誤りに備えるリスク低減と、相手の人材の引き留めという二つの機能を見出し、発表時の買い手の株主の反応は正で、その後3年後まで反転しなかったと報告しました。研究論文6点のうち、全文まで読めたのは2点です。読めていないものについては書きません。
01相手が小さく非公開で、中身が見えにくいほど使われていた。2001年の研究(抄録まで)は、相手が私的な情報を多く持つほど、対価が相手の将来の業績に結びつきやすいと報告しました。相手が買い手と別業種の小さな非公開企業のとき、サービス企業や帳簿に載らない資産が多いときにも使われやすかった。逆選択(売り手だけが中身を知る偏り)とエージェンシー費用を軸にした分析です。
02国際買収では、経験の乏しい買い手が使い、法の執行が弱い国では避けていた。2004年の研究(抄録まで)は、国際M&Aで条件付き対価(アーンアウトと株式払い)が選ばれる条件を調べました。国内外の買収経験が乏しい買い手が、ハイテクやサービスの相手を買うときに使い、投資家保護や法の執行に問題がある国では避ける傾向でした。リスクを和らげる効果そのものを測った研究ではありません。
03英国の買い手では、アーンアウトを使った側の株価で測った利得が高かった。2012年の研究(抄録まで)は、英国の買い手で、アーンアウトを使った買収のほうが、現金や株式などの払い方より、発表時と買収後の株価で測った価値の上昇が有意に高かったと報告しました。使うのが適する場面を予測するモデルに沿って使った買い手でも、同じく高かった。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。「買収後に事業を動かす買い手が、後払いを避けたくて指標を抑えうる」という筋は理屈の上の誘因で、読めた範囲の研究が測ったものではありません。
01「入れれば揃う」か「入れれば揉める」か、一言で決めている。読めた範囲の研究が扱ったのは、どんな相手と買い手のときに使われ、市場がどう受け止めたか、です。売り手と買い手の利害が揃ったか、揉めたかを直接測った分析は、その中にありません。
02後払いの割合と期間を決める前に、額だけを決めている。2016年の研究(受理稿・全文)は、ロンドン上場の英国企業が非上場の会社を買った1996〜2010年の424件で、後払いの割合と期間がプレミアム(上乗せ価格)を左右し、最初の支払いは比べられる一括払いの総額以下に置かれていたと報告しました。
03買収後に事業を握るのが誰か、が書かれていない。買収後の経営判断は、多くの場合買い手が下し、その判断は後払いの指標を上下させえます。ただしこれは理屈の上の誘因です。買い手が実際に指標を抑えたかどうかは、読めた範囲の研究では測られていません。

シラバス側が「測り方が火種」の根拠に置いた2014年の研究(全文)は、米国の上場企業の買い手による買収(開示の見直しが取れるのは2009年以降の分)で、新しい会計基準のもとで開示される後払いの公正価値の見直しが、“provide valuable information to market participants”(市場参加者に価値ある情報を与える)と報告しました。引き留めが主な目的の取引では、相手の経営者が長く残っていました。
同じ論文は、見積りが買い手の経営者の大きな裁量で作られるとも書きますが、これは会計の見積りの話で、業績を抑えて支払いを避けたことの実証ではありません。全文まで読めた2点にそうした分析は無く、抄録まで読めた4点の抄録にも記述はありません。日本の小さな商いの事業承継で同じ向きが出るかは書きません。
上場企業の買い手を中心にした研究で、
アーンアウトは値段の橋渡しに使われ、
「割れる両刃」の実証は読めた範囲に無かった。
シラバス側は、売る側にとって「後払いの指標が買い手の裁量で抑えられない形か」が生命線だと書きます。これは研究の結果ではなく編集側の見立てです。研究が支えるのは、食い違いの橋渡しと引き留めに使われること、使われやすい相手と買い手の形、英国の買い手で市場の受け止めが好意的だったこと、までです。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分の事業を「買う側」「売る側」のどちらの想定で考えるかを一行目に記す。実在の相手の名前も金額も書かない。
- 02LOG
後払いの条件にするとしたら使う業績の指標を一つ書く(売上・利益・顧客数など)。その指標が、買収後に事業を動かす側の判断でどう動きうるかを、思いつくかぎり書き足す(費用の付け替え・投資の先送り・売上を計上する時期など)。
- 03SORT
書き足した動き方の一つずつに、「条件の書き方で抑えられそう」「分からない」のどちらかの印をつけ、動き方の数を数える。良し悪しは判定しない。
この号が運べたのは三段です。アーンアウトは評価の食い違いの橋渡しと引き留めに使われ、相手が小さく見えにくいときや経験の乏しい買い手に選ばれやすかったこと。英国の買い手では、使った側の株価で測った利得が高かったこと。「測り方で利害が割れる」は、読めた範囲の研究ではなく編集側の推論にとどまること。
次の号は、条件の組み立てから、いくらまで払うかという上限の規律へ進みます。後払いの指標の一枚は、成功の約束ではなく、専門家に相談するときの問いを鋭くするための記録です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「買収条件を設計するには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。