IN M&A · ISSUE 500

(仮ビジュアル)石造りの建物の広い階段を、黒いロングコートに白いワイドパンツの女性がひとりで下りてくる写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「デューデリで地雷は見つかる」。買う前に相手の会社の帳簿・契約・事業を調べ尽くせば、隠れた問題は掘り出せる、という考えです。この号はそれを、調べることの効果、売り手と買い手の知識の差、中の見えにくい相手という三つの筋で確かめます。

先に向きを言うと、調べることの効果を直接測った研究は少なく、根っこには売り手のほうがよく知っているという差があります。ただし、中の見えにくい相手は危ないだけではありませんでした。投資家の反応を扱う研究が中心ですが、株価の数値は書きません。この号は、個別の買収の良し悪しや調べ方の助言を書きません。

デューデリジェンス(以下DD)は、買う前に相手の会社の財務・法務・事業の実態を調べる作業です。その背後の構造を描いたのが、1970年の経済学の理論論文でした。中古車を例にしたモデルで、品質を売り手だけが知っていると取引そのものがゆがむ、と論じています。データで確かめた研究ではなく、モデルの議論です。

2017年の研究は、30年間の1,241件の買収を調べ、それまでの買収の経験が多い側がより多くの価値を得ること、その差は買い手が相手について知らないことの大きさで変わることを報告しました。論文の題は、相手のほうがよく知っているかもしれないとき、という意味です。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
調べる側が知っていることと、売る側が知っていること。その差が、この号の出発点になる。 Visual: ALIFE

では、調べれば差は埋まるのか。DDの効果を直接測った研究は、この号が探せた範囲では多くありません。ただし2019年の会計学の研究は、合意と完了までにかかった時間をDDの量の代わりの物差しにして分析し、競争の圧力・目先の決算を意識する動機・経営陣と株主の利害のずれがあるほど、DDが少ないという関連を報告しました。

全文まで読めたのは7点のうち0点で、すべて要旨か書誌までです。読めていないものについては書きません。

01合意までの時間が短い買収ほど、買収後の収益性が低い向きだった。2019年の会計学の研究では、時間で見てDDの少ない買収ほど、買収後の収益性が低く、のれんの減損(買収で上乗せした分を帳簿で切り下げること)が起きやすく、買った資産の公正価値の見積もりの質も低い関連が出ました。“less due diligence is associated with lower post‐acquisition profitability”(DDが少ないほど買収後の収益性が低かった)。時間を代わりにした相関の分析です。

02知識が要の業界では、多くの買い手が払い方と交渉で備えていた。1999年の研究は、知識が中心の業界の会社を買う場面で、多くの買い手が低めの上乗せ価格・条件付きの支払い(株式やアーンアウト)・長い交渉で情報の問題に対処していたと報告しました。“when the two firms drew on unrelated forms of expertise, buyers did not apply these strategies”(両社の専門知識が無関係なときは、備えが使われなかった)。

03値付けの難しい相手を株式で買った件では、買い手の反応が高かった。2009年の研究は、研究開発の比重や株価の個別の揺れで測った「値付けの難しい相手」を株式交換で買ったとき、買い手の株価の反応が有意に高かったと報告しました。効果は非公開の相手の標本で見えやすく、上場の相手でも多変量の分析で残ったとしています。扱ったのは株式での支払いで、後払いの条件ではありません。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆の3本の脚が支えているコンソールテーブル
合意までの時間・知識が要の業界の備え・株式での支払い。三つの研究が報告していたのは、この三つの向きだった。 Visual: ALIFE

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。調べることに安心を預けているとき、その様子は三つの形で表に出ます。

01報告書の厚さを、見えた範囲の広さと取り違えている。1970年の理論が描いたのは、品質を知る側と知らない側の差そのものが取引をゆがめる構図でした。調べる側が受け取れるのは、売る側が出せる情報までです。その外側にある分は、書類の量では測れない、というのがこの号の読み筋です。

02中の見えない相手を、危ないだけの相手と決めている。2007年の研究は、非公開の相手は情報が少なく評価を誤る危険があると論じる一方、同じ少なさが私的な情報を生かす機会にもなると論じました。偏りを補正したうえで、“acquirers of private targets perform better than acquirers of public targets on merger announcement”(非公開の会社を買った側は、発表時に上場企業を買った側より成績が良かった)。

03専門の外の相手を、いつもの手順で買おうとしている。1999年の研究では、両社の専門知識が無関係な組み合わせで、低めの上乗せ価格や条件付きの支払いといった備えが使われていませんでした。著者は理由として、統合をあまり見込まず情報が要らなかった可能性と、情報の困りごとに気づいていない可能性の両方を挙げ、後者なら払い過ぎの危険があるとしています。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
厚さを広さと取り違える・見えない相手を危ないとだけ決める・専門の外をいつもの手順で。DDに頼り切るときは、この三つの形で表に出る。 Visual: ALIFE

この号の研究の多くは、上場している買い手の株価の反応か、買収後の会計の数字で測られています。中国の買い手による1998〜2008年の1,370件の研究も、支払い方法を左右したのは買い手の時価・トービンのQ・国有かどうか・負債だったと報告したもので、情報の差を直接測ってはいません。日本の小さな商いの事業の譲り渡しで同じ向きが出るかは、ここからは言えません。

「DDには効果が無い」とも書けません。2019年の研究は相関で、時間はDDの量の代わりの物差しであって、調べた中身そのものではありません。この号は、個別の買収でDDが要るかどうかや、税務・法務の判断を書きません。

上場している買い手の、発表時の株価では、
中の見えない会社を買った側が、
上場企業を買った側より良かった。

シラバス側は、こぼれる地雷の手当てを「網羅でなく構造」とまとめます。これは研究が確かめた処方ではなく、総合の読みです。研究が支えるのは、知識が要の業界で多くの買い手が払い方と交渉で備えていたこと、値付けの難しい相手を株式で買った件で買い手の反応が良かったこと、までです。どちらも、構造を整えれば損をしないという約束ではありません。

TRY IT TODAY

  1. 01DATE

    今日の日付と、自分が買う側か売る側か、どちらの想定で考えるかを書く。実在の相手の名前は書かない。

  2. 02LOG

    「いちばん知りたいのに、たぶん書類には出てこないこと」を三つ書き出す。買う側なら、去られたら困る人・切れたら痛い取引先・語られていない弱み。売る側なら、伝わっていない自分の事業の価値・聞かれたら答えにくい点・引き継ぎで途切れやすいもの。

  3. 03SORT

    三つそれぞれに、「書類や聞き取りでたどれそう」か「書類には出てこなさそう」かの印を付ける。

10分。相手の善悪を裁く作業でも、実在の案件の可否を決める作業でもありません。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する実践入口です。実際の売買や契約の判断は、M&Aの助言者・弁護士・税理士・公認会計士などの専門家へ。

この号が運べたのは三段です。DDの効果を直接測った研究は少ないが、時間を物差しにした相関の研究はあること。売り手のほうがよく知るという差は、理論と1,241件の研究の両方が扱っていること。中の見えない相手は、上場している買い手の発表時の株価では、むしろ良い反応と結びついていたこと。

次の号からは、買収の条件をどう設計するかの話へ移ります。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「デューデリで地雷を見つけるには?」を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

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本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。