IN M&A · ISSUE 499
● 12 SEC会社の値段を出すDCF(将来生むお金を、今の価値に割り引いて足し合わせる方法)は、小数点の下まで答えを返します。だから「きちんと計算すれば、正しい値段が一つ出る」と考えやすい。この号はそれを、倒産企業の再建、英国とアジアの証券アナリスト、ニュージーランドの新規上場の研究と、一冊の教科書で確かめます。
先に向きを言うと、研究が測っていたのは「値付けの正しさ」ではなく、推定が市場の値段にどれだけ近かったかでした。精密さと正しさは別、と説くのは教科書の側です。株価を物差しにする研究が出てきますが、株価の数値は書かず、投資や売り買いの判断にも触れません。
値付け(バリュエーション)は、会社にいくらの値をつけるかの見積もりです。やり方にはDCFのほか、似た会社の相場に「利益の何倍」で合わせる倍率法があります(PERは、株価が1株あたり利益の何倍かを見る指標)。
では「正しい値付け」は何で確かめるのか。この号で読む研究は、推定の値を、実際についた市場の値段と比べていました。目標株価なら12か月のうちに市場の株価が届いたか、新規上場なら市場の値段との差、です。物差しそのものが市場の値段だという点を、先に置いておきます。

研究の性格も分けておきます。査読論文は5点で、うち4点は推定と市場の値段を比べた実証研究、1点はアナリストがどの方法を使っているかを記述した研究です。教科書は研究の結果ではなく、著者が説く枠組みとして扱います。論文5点のうち全文まで読めたものは無く、読めたのは公式の要旨までです。読めていないものについては書きません。
01倒産から再建する企業では、推定は上下に偏らず、ばらつきは大きかった。2000年の研究は、破産手続きで再建する企業の市場価値を、経営陣が公表した予測にもとづく推定値と比べました。推定は全体として偏りが無い一方、市場価値に対する推定値の比は20%未満から250%超まで散りました。誤差のばらつきは、利害関係者が価値を高く・低く見せたい誘因の代理指標と結びついていました。
02英国の目標株価では、方法の優劣が、測り方と評価の難しさで入れ替わった。2010年の研究は、英国上場94社についての証券アナリストのレポート490本(2002年7月〜2004年6月)を、4通りの精度で比べました。2通りでは倍率法がDCFを上回り、残る2通りでは差がありませんでした。評価の難しさを考慮すると、DCFの成績はすべての分析で改善しました。
03ニュージーランドの新規上場では、DCFと倍率法の精度は同程度だった。2000年の別の研究は、ニュージーランドの証券取引所に新規上場した45社で、推定の値を市場の値段と比べました。最良のDCFと最良の倍率法は同程度の精度で、絶対誤差の中央値(外れの大きさを並べた真ん中)は約20%でした。どちらかが一意に正しい、という結果ではありません。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。材料は、上の研究と、教科書の第2版の第1章です。
01小数点の下まで出た数字を、確かさの印として読んでいる。教科書は“A good valuation provides a precise estimate of value”(良い評価は、価値の精密な推定をもたらす)を、評価についての誤解の一つに挙げます。どれほど丁寧な評価でも、会社と経済の先行きの仮定に染まった不確かさが残る、と説いています。
02数字を出した人の立場を、数字から切り離している。倒産から再建する企業の研究では、推定の誤差のばらつきが、価値を高く・低く見せたい利害関係者の誘因と結びついていました。その数字で誰がどちら向きに得をするかも、前提の一部として書き留められます。
03方法を一つ選べば、正解が出ると考えている。2010年の英国の研究では、どちらの方法が当たるかは測り方と難しさで入れ替わりました。同じ著者らの2004年の研究は、倍率法の使用が飲料業界で電子機器や医薬品より多いと記述しましたが、どちらが業種に合うかは測っていません。

研究の物差しは、どれも市場の値段でした。目標株価の精度は市場の株価を正解と置いた当たり外れで、値付けそのものの正しさではありません。標本も倒産から再建する企業、英国の上場企業、ニュージーランドの新規上場、アジアの新興市場です。株価の付かない日本の小さな店や事業の譲り渡しで同じ向きが出るかは、ここからは言えません。
アジア新興7か国のレポート502本を調べた2017年の研究も、“weak evidence that PE model produces better results than DCF model”(倍率法がDCFより良い結果を出すという弱い証拠)の報告にとどまります。倒産企業のばらつきは再建という特殊な場面の数字で、一般の会社の売り買いへは広げられません。
倒産企業・英国・アジア・
ニュージーランドの研究で、
当たり外れの物差しは市場の値段だった。
シラバス側は、DCFを「精密な誤り」になりうると呼びます。これは研究の結果ではなく、教科書の趣旨に近い比喩です。教科書は、キャッシュフローと割引率の見積もりには誤差がつきまとい、モデルが込み入るほど入力の誤りが増える、とも書いています。研究が支えるのは、推定が市場の値段から大きく外れうること、どの方法が当たるかは測り方と場面で変わったこと、までです。「値付けは点でなく幅」は、倒産企業の研究のばらつきと教科書の趣旨から、シラバス側がまとめた言い方です。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分の事業(または譲る・引き受けることを想像する事業)に値段をつけるとしたら、その値段が立つ前提を三つ書く。先行きの伸び、リスクの重さ、数年より先の置き方。
- 02LOG
それぞれを「強気」「中くらい」「弱気」の三通りで書き分け、値段の印象がどれくらい変わるかを言葉で添える。金額は書かなくてよい。
- 03SORT
値段の印象をいちばん大きく動かした前提に印をつけ、その前提を出したのが自分か、相手か、ほかの誰かかを一語そえる。
この号が運べたのは三段です。倒産から再建する企業では、推定が全体として偏らず、市場価値から大きく散っていたこと。英国の目標株価では、方法の優劣が測り方と評価の難しさで入れ替わったこと。そして、その当たり外れを測る物差しが、どれも市場の値段だったこと。
値の前提が見えてきたら、次は中身の精査です。次の号は、買う前の調べ、デューデリジェンスへ進みます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「企業を正しく値付けするには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 中央値
- 全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。
