IN COMMUNICATIONS & CRISIS · ISSUE 492
● 12 SEC「デマは、打ち消せば消える」。そう期待する気持ちの裏には、もう一つの諦めがあります。鐘は一度鳴らせば、鳴らなかったことにはできない——訂正しても、聞いた人のなかに話は残る、という諦めです。この号は名誉毀損が成り立つかといった法的な判断を書きません。
では、訂正の研究は何を測ってきたのか。誤った話を示したあとに訂正を示し、信じる気持ちがどこまで戻るかを比べる実験の蓄積です。訂正は効いていました。完全には戻らないものの、残る影響は弱い痕跡と呼べる大きさでした。ただし扱われたのは政治・健康・マーケティングなどの誤情報で、店や個人の噂には、一般的な向きとして借りるにとどめます。
ここでいう訂正は、誤った話に対して正しい事実を示すことです。2018年のメタ分析(多くの研究の結果を統計的にまとめる方法)は、誤情報を訂正する試み65件(k=65)を束ね、訂正のメッセージが誤情報への信じこみに中程度の影響を持つと報告しました。効果量は r=.35(相関係数の形の値。0なら効き目なし、1に近いほど強い)です。
ただし、話の領域で差がありました。健康の誤情報では r=.27 だったのに対し、政治では r=.15、マーケティングでは r=.18 で、政治とマーケティングは健康より訂正しにくかった。現実に出回った誤情報の訂正は r=.14 で、研究用に作った誤情報より難しかったと報告されています。

では、訂正のあとに何が残るのか。訂正は、かえって信じこみを強めないのか。この号が全文まで読めたのは6点のうち1点です。読めていないものについては書きません。政治の誤情報を扱った研究が多いため、数字はそれぞれの分野の話として書きます。
01訂正のあとに残る影響は、弱いものだった。2020年のメタ分析は、誤情報と訂正を与えた条件を、誤情報を与えない対照群と比べた研究32件(6,527人)をまとめました。訂正のあとも影響はわずかに残り、その大きさは r=−.05(95%信頼区間 −.10〜−.01、p=.045)と0に近い値です。著者は結論で“it is far from being the robust and irreversible phenomenon it is often believed to be”(よく信じられているような頑健で不可逆な現象からはほど遠い)と書いています。
02政治の争点52を使った実験で、逆効果は見つからなかった。訂正するとかえって誤りを信じこむ逆効果(backfire)を、2019年の研究は5つの実験で調べました。参加者は1万100人超、意見が割れやすい政治の争点52です。“we found no corrections capable of triggering backfire”(逆効果を引き起こす訂正は一つも見つからなかった)。著者は、人々はおおむね事実に従うと結論しています。
03政治のファクトチェックは効いたが、もとの信念で大きく弱まった。2020年のもう一つのメタ分析は、政治の誤情報へのファクトチェック(事実確認による訂正)30件(k=30)、2万963人をまとめました。全体の効果は d=0.29(平均の差を標準偏差の単位で表した値。0なら差なし)で、信じこみを減らす向き。ただし真偽を段階で示す尺度、主張の一部だけの否定、選挙運動の発言では弱まり、受け手のもとの信念・イデオロギー・知識で大きく弱まりました。

噂そのものを調べた研究もあります。2004年の研究は、インターネット上のさまざまな議論の場で交わされた噂14件を、それぞれの始まりから終わりまで内容分析しました。やりとりには、仮説を立てる、疑って吟味する、情報を集める手を打つ、証拠を出す、といった声が見られ、噂を集団での意味づけとして描いています。
ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。噂が湧くところには、三つの形が出ます。
01噂が、社内の人事や雇用をめぐって湧いている。2000年の研究は、世界的な大企業に仕える経験豊富な広報の実務家74人に質問紙で尋ねました。報告された噂の過半は社内のもので、人事の異動・雇用の安定・仕事の満足をめぐる話でした。外向きの噂は、評判や商品・サービスの質に関わるものです。害のある噂はありふれていて、とくに組織が変わる時期に多いと報告されています。
02分からないことが、線を引かれないまま置かれている。同じ研究で実務家が有効と評価した対処は、二つの方向にまとまりました。一つは“structured (i.e., gave boundaries to) uncertainty”(不確実さに構造を、つまり境界を与えた)戦略、もう一つは公式の説明の効力を高める戦略です。原典の語は、不確実さを減らす、ではありません。有効性は実務家自身の評価で、効果を比べた実験ではありません。
03訂正が、遅れて、筋の通らないまま出ている。先の32件をまとめた2020年のメタ分析の要旨では、訂正が効きやすかったのは、筋が通っているとき、受け手の世界観に合うとき、誤情報を出した本人が訂正したときでした。効きにくかったのは、誤情報が信頼できる出どころに帰されていたとき、訂正の前に何度も繰り返されていたとき、誤情報と訂正のあいだに時間が空いたときです。

2018年のまとめが扱ったのは政治・健康・マーケティングの誤情報で、逆効果を調べた5つの実験とファクトチェックのまとめは政治に限られます。店や個人の噂に近いのは、マーケティングの r=.18 と現実の誤情報の r=.14 のほうで、どちらも健康より訂正しにくい側でした。噂の対処を尋ねた2000年の研究は大企業の実務家の自己評価で、個々の数値は読めていません。
冒頭の鐘の比喩は、シラバス側が使う言い回しで、研究の結論とは向きが違います。残る影響を調べた著者は、訂正の効き目に楽観的な見通しを示しました。訂正を繰り返す効果については“there is a need for additional research on repetitions of correction messages”(訂正の反復にはさらに研究が要る)と限界に挙げています。この号は、訂正を何度出せば噂が消えるかを書きません。
誤情報の実験を束ねると、
訂正のあとに残る影響は
弱いものだった。
「打ち消せば消える」は、半分は当たっていました。訂正は中程度に効き、残る影響は弱い。ただし完全には戻らず、政治やマーケティングでは健康より効きにくい。消えるかどうかより、何が空白のままかを見る——というのが、この号の読み筋です。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分や自分の商いに向いている誤解や憶測を一つ書く。事実と違う口コミ、身に覚えのない噂、短文投稿サービスで広がった勘違いなど、何でもよい。
- 02GAP
その話について、自分の側で分かっていることと、まだ分からないことを、二つの欄に分けて書く。人が本当は何を知りたがっていそうかも、一行そえる。
- 03SAID
分かっていることのうち、すでに自分の口から伝えたものと、まだ誰にも伝えていないものに印をつける。伝えたものには、いつ・どこで伝えたかを書く。
この号が運べたのは、三段です。誤情報の訂正を束ねると訂正は中程度に効き、別のまとめでは残る影響は弱かった。政治の争点を使った大規模な実験では、逆効果は見つからなかった。噂は集団の意味づけとして交わされ、実務家は不確実さに境界を与える対処を有効と評価していた。どれも店の噂で測られた話ではありません。
この群は、ここで関係者への伝達の段を締めくくります。次に見るのは、組織の顔として表に立つ経営者の見え方です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「憶測とデマに対処するには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- 相関係数 r
- 2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
- 効果量 d・g
- 2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- p値
- 差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。
- 標準偏差
- ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。

