IN COMMUNICATIONS & CRISIS · ISSUE 487
● 12 SEC「想定訓練をやれば、危機に備えられる」。机の上に筋書きを広げ、「こう来たら、こう動く」と話し合う机上演習(テーブルトップ演習)は、その代表です。では、演習のあとに何が変わったかを測った研究は、何を報告していたのでしょうか。
この号が読んだ演習の研究は2件で、どちらも米国の医療者教育のものです。薬学部の2年生と、救急医学の研修医。どちらでも参加者は手応えを感じていましたが、試験で測った知識は有意には伸びていませんでした。企業の危機訓練の結果ではないため、この号はその数字を店や会社の訓練の効果としては書きません。
想定訓練(危機ドリル)とは、起こりうる危機の筋書きを想定し、対応を前もって練習することです。2007年の理論論文は、危機管理が例外的な場面の分析にとどまることを問い直しました。“we analyze crises as a process of incubation that starts long before the triggering event”(私たちは危機を、引き金となる出来事のずっと前から始まる潜伏のプロセスとして分析する)。
2017年の総説は、ばらばらだった危機研究を、組織の内側の動きに注目する見方と、外の関係者への対応に注目する見方の二つに整理し、統合の枠組みを示しています。どちらも実証データを示した論文ではなく、危機をどう捉えるかを論じたものです。

では、前もって練習することは、何を変えたのか。ここで測られていたのは、演習の直後の知識と、本人の手応えでした。この号が全文まで読めたのは6点のうち3点です。読めていないものについては書きません。
01薬学生の知識テストは、有意には伸びなかった。2016年の報告は、米国ルイジアナ州の薬学部2年生113名が全員参加した演習を、前後の質問紙で比べました(対照群なし・回答率は前87%・後70%)。3問の知識テストの平均正答率は73.9%から74.9%で、統計的に有意な差ではありません(p=0.7)。後の質問紙に答えた人の85%(67名)は「知識が増えた」と答えていました。
02研修医の自信は上がり、医学知識は有意差がなかった。2021年の報告は、救急医学の研修医29名のうち参加した18名の演習を、前後の質問紙で比べました(対照群なし・回答率は前76%・後72%)。“no statistically significant difference was demonstrated on the medical knowledge component”(医学知識の項目に統計的に有意な差は示されなかった)。正答率は63%から64%(p=.873)。自己評価の自信は有意に上がっていました(p=.011)。
03それでも著者たちは、演習に前向きだった。2016年の報告の要旨は、演習が薬剤師としての知識や自信、役割の理解を高め“may improve”(うる)と控えめに結んでいます。2021年の報告は、研修医の自信の強い改善を理由に、研修への組み込みを支持しました。どちらも、試験で測った知識の伸びを根拠にはしていません。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。練習したことが、そのまま備えになったと読んでしまうとき、その様子は三つの形で表に出ます。
01手応えを、備えができた印と数えている。上の2件では、本人の手応えと試験で測った知識が、同じ向きには動いていませんでした。医療者教育の話で、店や会社の訓練にそのまま当てはまるとは言えません。ただ、手応えだけを書き留めると、この違いは記録に残りません。
02書かれた計画があることを、動けることと同じに見ている。2011年の論文は、住民が文化的に多様な社会での組織の備えを理論モデルにまとめ、スウェーデンの6自治体の担当者8人への面接で確かめました。書かれた計画と、日々の非公式な動き方は“loosely coupled”(ゆるくしか結びついていない)。量的な検証はしておらず、企業の話でもありません。
03平時の評判を、盾としてだけ見ている。2015年の理論論文は、評価する側がその組織に抱く全般的な好意(社会的承認)が、危機の受け止めと責任の帰属に対して“either a buffer or a burden”(緩衝にも、重荷にもなる)と理論づけました。データで確かめた結果ではなく、どちらに働くかを論じた枠組みです。

2件の演習の研究は、どちらも医療者教育での対照群のない前後比較で、参加者は113名と18名です。2016年の報告は、前後の回答を同じ人どうしで対にできず、使える統計の手法が大きく限られたことを自ら限界に挙げています。企業の危機訓練や、日本の小さな商いの備えに、この数字を移すことはできません。
そして、企業の危機訓練で身につけたものが実際の危機の場面へどこまで移るかを測った研究は、この号が探した範囲では見つかりませんでした(災害対応の事例研究は別にあります)。見つからないことは、無いという意味ではありません。ただ、演習の効果として測られていたのは、読めた範囲では直後の自己評価までです。
医療者教育の演習では、
手応えはあっても、
測った知識は伸びなかった。
「想定訓練で備えられる」という言い方を、読めた研究はそのまま確かめてはいません。演習の研究が測っていたのは直後の手応えと知識で、知識は有意に伸びていませんでした。理論の側は、危機を引き金より前から積もるプロセスとして捉え直しています。練習したから大丈夫、という約束はどちらからも出てきません。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分の仕事で「これが起きたら困る」と漠然と想定してきた危機を、二つか三つ書き出す。
- 02OUTSIDE
その裏に、想定していなかったが起きたら手ひどいことを一つ、無理にでも書き足す。自分の落ち度ではないのに巻き込まれる、頼りにしていた取引先や仕組みが急に使えなくなる、など。
- 03COUNT
書き出した想定内の危機の数と、書き足した一つを並べて書く。「備えている」と感じた理由があれば、それが手応えか、書かれた記録かを一言そえる。
この号が運べたのは、二段だけです。医療者教育の机上演習2件では、参加者が手応えを感じていても、試験で測った知識は有意に伸びていなかった。そして理論の側では、危機は引き金の日より前から積もるプロセスとして捉え直されていた。企業の訓練が実際の危機でどう役立つかを測った研究は、探した範囲では見つかっていません。
次に見るのは、危機が来る前の平時の発信のほうです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「危機を想定して備えるには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- p値
- 差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。