IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 480

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「交渉のうまい人を呼んで研修をすれば、そのやり方は組織に広がる」。交渉の話は、たいていこの見込みで締めくくられます。では、片方の側だけが訓練を受けたとき、何が起きていたのでしょうか。

360名が参加した実験で高まったのは、訓練を受けたのが売り手側だった組の共同の成果でした。買い手側を訓練した組では、高まっていません。訓練そのものの効果は、時間が経っても安定していました。そして橋渡しをしていたのは、話術ではなく、優先順位に関わる情報のやりとりのほうでした。

転移(transfer)とは、ある場面で学んだことが、別の場面で実際に使われることです。研修の場でうまくできることと、数か月後の交渉でそれが出てくることは、別々に測られます。2008年に出た総説——個々の実験ではなく、既存の研究を見渡して整理した論文——は、交渉研修の効果を四段階のアウトカム測定で点検し、正の効果を持ちうる一方で、その実際の効果を体系的に調べた研究は乏しい、と述べています。

(仮ビジュアル)暗い室内の黒い壁ぎわに立ち、窓ガラスに自分の後ろ姿が映りこんでいる、黒いニットの女性
研修を受けたことと、次の交渉で使えること。測られているのは、別々の段だった。 Visual: ALIFE

では、何が次へ運ばれていたのか。1999年と2003年の研究が扱ったのは、類推的符号化(analogical encoding)——二つ以上の事例を並べて比べ、共通の構造を取り出す学び方です。2003年の3つの実験は、いずれも交渉の戦略を学ぶ初学者が対象でした。交渉の外まで広く働くかどうかは、同じ論文が引く別の研究に委ねられています。この号が全文まで読めたのは6点のうち2点です。読めていないものについては書きません。

01訓練を受けたのが売り手か買い手かで、結果は割れた。2013年の研究は、360名を、売り手と買い手の双方が統合型の訓練を受ける条件・どちらも受けない対照条件・買い手だけ・売り手だけ、の4つに分けて追いました。全体としての訓練の効果は有意で、時間が経っても安定していました。“unilateral negotiation training is only effective if the trained party is the seller, and it fails if the trained party is the buyer”(片側だけの交渉訓練は、訓練を受けた側が売り手のときにのみ有効で、買い手のときには効かない)。効果の大きさの値は、この号が読めた要旨に印字がありません。

02橋渡しをしていたのは、優先順位の伝え合いだった。同じ実験の追加の媒介分析——結果に至る途中で何が動いたのかを推定する分析——が挙げているのは、“exchange of priority-related information”(優先順位に関わる情報の交換)を、これらの効果の背後にある仕組みとする経路です。何を先に通したいのかを互いに出し合えるかどうか。訓練が触れていたのは、押し方ではなく、そこでした。

03二つの事例を並べた側は、約3倍だった。1999年の研究は、二つの交渉事例から類推を引いた大学院の経営学の学生と、同じ二つを別々に学んだ学生を比べました。前者は“nearly three times more likely”(約3倍の見込み)で、訓練事例の戦略を自分の交渉に持ち込んでいました。同じ論文の実験1は学部生が対象で、こちらは最適な提案の出やすさと、折半で済ませる提案の少なさが測られています。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆の3本の脚が支えているコンソールテーブル
誰を訓練したか・優先順位の伝え合い・二つを並べて比べること。報告されていたのは、この三つだった。 Visual: ALIFE

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。学びが次に残っていないとき、その様子は三つの形で表に出ます。

01回数だけが、積み上がっている。2003年のもう一本は、四つの学び方——講義・情報の開示・類推・観察——を実験で比べました。“observational learning and analogical learning led to negotiated outcomes that were more favorable for both parties”(観察による学習と類推による学習は、双方にとってより好ましい交渉結果に結びついた)。比較の相手は、経験を重ねるだけの条件です。情報の開示と講義は、どの条件とも有意な差が出ませんでした。

02振り返りが、結果だけで終わっている。1994年の研究は、二人一組で四つの交渉課題を行わせ、課題ごとに“a complete diagnosis of their opponent’s interests”(相手の利害の完全な診断)を受け取る群・相手の最終成果だけを知る群・何も知らされない群に分けました。判断の正確さとその後の合意の質が改善したのは、完全な診断を受けた群でした。結果だけを知らされた群では、どちらも改善していません。

03受けたという事実が、成果の代わりになっている。2008年の総説は、既存の証拠を四段階のアウトカム測定で並べ直したうえで、“little systematic research has been conducted concerning the actual effectiveness of negotiation training”(交渉研修の実際の効果について、体系的な研究はほとんど行われてこなかった)と書いています。受けたという事実は、次の交渉で何が変わったのかの代わりにはなりません。

(仮ビジュアル)石造りの建物の広い階段を、黒いロングコートに白いワイドパンツの女性がひとりで下りてくる写真
回数・結果だけの振り返り・受けたという事実。残っていないときは、この三つの形で表に出る。 Visual: ALIFE

数えられたのは、訓練のために設けられた交渉での成果です。2013年の研究の参加者は360名、売り手と買い手の組として交渉しています。1999年の研究は学部生と大学院の経営学の学生、2003年の3実験は交渉の戦略を学ぶ初学者。国や業種、相手との関係の長さは、この号が読めた範囲では限られています。日本の小さな商いや身内の取り決めで同じように働くかどうかは、ここからは言えません。

数値が印字されていない出典もあります。2013年の研究の効果の大きさ、四つの学び方を比べた研究の人数と効果の大きさ、1994年の研究の標本の人数——どれも、この号が読めた要旨には出てきません。2008年の総説が何本の研究を見渡したのかも、読めていません。だから本数も割合も書きません。

効いたかどうかは、
誰を訓練したかで割れた。

「研修をすれば広がる」という見込みそのものは、読めた範囲には見当たりませんでした。代わりに残っていたのは、二つ以上の事例を並べて比べるという学び方と、相手が何を大事にしていたかまで分かる形の振り返りです。ただし、そう測られたのは、訓練のために設けられた交渉での話です。

TRY IT TODAY

  1. 01DATE

    今日の日付を書き、自分が最近おこなった交渉を二つ書き出す。値段や条件の話でも、身内やご近所との取り決めでも、業務の分担でもよい。

  2. 02COMPARE

    二つを並べ、共通していたこと(効いた準備・うまくいった問いかけ・つまずいた場面)と、違っていたこと(相手・状況・結果)を、それぞれ書き分ける。

  3. 03MARK

    その比較から引ける次への覚え書きを一つだけ書き、二つのうち思い出しにくかったほうに印をつけて、記録の最後に添える。

10分。相手を評価したり、次にどう出るかを読んだりする作業ではありません。点検するのは、自分の過去の記録だけです。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する実践入口です。契約や法的な判断が要るときは、弁護士・司法書士・認証を受けた紛争解決の窓口などの専門家へ。

この号が運べたのは、二段だけです。片側だけの訓練は、訓練を受けたのが売り手側のときに共同の成果を高め、買い手側では高まらなかった。そして次に持ち越されていたのは、一つの成功談ではなく、二つを並べて比べた跡のほうでした。

この群は、準備から始まり、幅、代替案、利害、感情、毅然、沈黙、言質、文書、そして話し合いで収める道筋をたどってきました。出口は、入口に帰ります。次に見るのは、いちばん最初の一手——交渉の前に、何をどこまで用意しておくか、のほうです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「交渉力を組織に広げるには?」を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。