IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 479
● 12 SEC「交渉に嘘はつきもの」。値段や条件を掛け合う前に、そう聞かされることがあります。きれいごとを言っていては、してやられる、と。では、その前提は、どこで、何を数えて確かめられたものなのでしょうか。
測った実験はあります。ただし先に断っておきます。この号は、嘘の見抜き方も、うまくごまかす手口も書きません。 扱うのは、交渉での欺瞞がどう調べられ、どんな帰結が観察されたか——その範囲だけです。出てきたのは、嘘が割に合うかどうかの単純な答えではありませんでした。
1998年に経営倫理の学術誌へ載った質問紙の研究は、ビジネスを学ぶ学生に、倫理的にきわどい交渉戦術の一覧を見せ、それぞれをどう見るかを尋ねました。因子分析にかけて現れたのは “five clear factors which were highly similar across the two samples”(2つの標本のあいだでよく似た、5つのはっきりした因子)です。きわどい戦術はひとまとめではなく、いくつかの束に分かれて見られていたということになります。

ただし、この研究が測ったのは、戦術をどれくらい許せると思うかであって、実際に嘘をついたかどうかではありません。因子の中身も、答えた人数も、この号が読めた範囲には印字がありませんでした。では、嘘そのものの帰結はどうか。この号が全文まで読めたのは6点のうち1点。読めていないものについては書きません。次の節で数値を出すのは、その1点だけです。
01嘘が露見した相手の申し出を、受け入れたのは36%だった。2000年に組織行動の学術誌へ載った実験です。ある大学の学部でビジネスを学ぶ学生220名が、匿名の二人組になり、画面越しにメッセージと申し出をやりとりして、分け前を決める最後通牒ゲームを4回くり返しました。元手の大きさや、降りたときの手当は、片方にしか見えない条件があり、そこに嘘の余地がありました。3回目で、前の回の嘘を知らされた側が相手の申し出を受け入れたのは、平均36%(ばらつきの目安である標準偏差は50%)。
02知らされなかった側は79%、嘘の無かった側は84%だった。同じ3回目の比べ方です。嘘をつかれたのに最後まで気づかなかった側の受け入れは平均79%(標準偏差43%)、そもそも嘘をつかれていない側は平均84%でした。下がったのは「嘘をつかれたから」ではなく、嘘を知ったからです。なお、言葉で疑いを述べた割合は、知らされた側も知らされなかった側も2割ほどで、差はありませんでした。
03それでも、嘘をついた側の行動はほとんど変わらなかった。原著はこう書いています——“Revelation of proposers’ lies had little effect on their subsequent behavior”(申し出る側の嘘が明るみに出ても、その後の行動にはほとんど影響しなかった)。動いたのは、受け手の側だけでした。露見が当人を正した、という話ではありません。

同じ実験には、嘘が出やすい場の手がかりもありました。申し出る側も応じる側も、自分の私的な情報が最後まで明かされない条件ほど欺瞞的で、申し出る側は見込みの利益がいちばん大きいときに最も欺瞞的でした。嘘は人柄というより、場の条件と一緒に動いていた。この見方に連なる研究が、ほかに3本あります。設計まで要旨に印字のあるものは模擬の交渉で、この号が到達したのは公式の要旨までです。
01倫理の基準が意識された条件で、欺瞞は減り、合意はより均等になった。1998年に紛争の扱いを論じる学術誌へ載った研究です。自動車メーカーと部品の供給者という設定のロールプレイに、経営学の大学院に通う80名が参加しました。倫理の基準が意識される条件では欺瞞の使用が減り、より均等な合意に至った一方、“contrary to expectations, the availability of an alternative had no effect on deception”(予想に反して、代替案があることは欺瞞に影響しなかった)とも書かれています。
02自分の側の誘因は虚偽の表示に直接効き、相手の誘因は予期を介した。同じ年に経営学の学術誌へ載った研究です。当人の誘因は、当人の虚偽の表示にも、相手も虚偽を言うだろうという予期にも効いていました。相手の誘因のほうは、予期には効きましたが、当人の虚偽の表示には効きませんでした。著者はこれを “motivated expectations”(動機づけられた予期)と呼びます。相手の誘惑と当人の虚偽の表示の結びつきは、相関のデータで、予期を介するものとして報告されています。
03信頼は一枚岩ではなく、二つの信頼は逆の向きに効いていた。2009年に経営倫理の学術誌へ載った、模擬の二者交渉の研究です。“high cognitive trust increased deception whereas high affective trust decreased deception”(相手の力量や確かさへの信頼が高いと欺瞞は増え、情のこもった信頼が高いと欺瞞は減った)。不安を口にした人ほど欺瞞を多く使い、楽観を口にした人ほど少なく使っていました。信頼が育てば嘘が減る、とは書けません。

答えたのは、ビジネスや経営学を学ぶ学生たちです。場は、紙の上のロールプレイと、画面越しの二人組。数値を出した実験は、匿名の相手と4回だけ向き合う分け前のゲームで、取り分は数十ドルの枠に収められていました。明日も顔を合わせる取引先や、近所づきあいの揉めごととは、条件が違います。日本の商いで同じ割合が出るとは、ここからは言えません。
そしてこの号は、嘘の見抜き方を書きません。 前の節の3本も、次にふれる1本も、到達したのは公式の要旨までです。効果の大きさも、標本の細かい内訳も、そこには印字がありません。読めた範囲で運べるのは、向きだけです。
二人組を調べた研究では、はっきり聞くと
言わずに済ませる嘘は減った。
ただし、はっきりした嘘は増えることがある。
1999年に紛争の扱いを論じる学術誌へ載った研究は、2つの調査で欺瞞を調べました。1つめ(N=80)では、直接の質問と連帯感が欺瞞を抑えました。2つめ(74組)では、直接の質問は不作為の嘘——言わずに済ませる形の嘘——を抑えるのに特に効いた一方、“may actually increase the incidence of lies of commission”(はっきりした嘘の頻度は、むしろ増えることがある)と報告されています。はっきり聞けば正直な答えが返る、とは言えません。 両刃です。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分がした、またはこれからしそうな駆け引きを一つだけ書き出す。値段の話でも、身内やご近所との取り決めでもかまわない。
- 02SORT
その一つが「自分の手の内をすべては明かさない」の範囲か、「事実についてはっきり嘘をつく」の範囲かを、自分の言葉で書き分ける。迷ったところには「迷い」と添える。
- 03LINE
その相手とのつき合いが先も続くか一度きりかを書き、正直にすべてを開示していたら何が違ったかを、一言だけ書き添える。
この号が運べたのは、いくつかの向きだけです。きわどい戦術の見られ方は5つの束に分かれていた。嘘が露見した相手の申し出は受け入れられにくくなり、それでも嘘をついた側の行動はほとんど変わらなかった。欺瞞の量は、基準が意識されるか、誘因がどちら側にあるか、どんな信頼が働いているかで動いていた。どれも、仮の設定で測られた数字です。
この群は、次でおしまいです。最後に見るのは、一人の駆け引きではなく、組織として交渉の腕をどう蓄えるのか——その問いのほうです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「交渉の倫理を守るには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 標準偏差
- ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。