IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 465
● 12 SEC「準備が交渉の8割」。交渉の話は、たいていこの一言から始まります。では、その8割は、どこで、何を数えて出てきた割合なのでしょうか。
学術の文献を、言い方を替えながら探しました。その割合を導いた実証の報告は、見つかりませんでした。見つからなかった、というだけで、「存在しない」とは書きません。いっぽう、準備そのものについては、測られたものがあります。効き目として報告されていたのは、資料の厚さではなく、狙いの高さのほうでした。
目標設定(goal setting)とは、事に臨む前に、どこを目指すかを具体的に決めておくことです。2002年に出たメタ分析——個々の実験ではなく、複数の研究の結果を統計的に束ねて全体の向きを見る手法——は、交渉の成果と目標を扱った22本の研究報告をまとめました。最適な、つまり具体的で挑戦的な目標を持った交渉者のほうが、一貫して高い利益を得ていた、と報告されています。

ただしこのまとめは、「いつでも同じだけ効く」とは書いていません。効きが強く出た条件を、四つ挙げています。そして同じ目標の話でも、向きが逆に出た報告があります。この号が読めたのは公式の要旨まで——全文まで読めたのは5点のうち0点です。読めていないものについては書きません。
01高い目標のほうが、利益は高かった。2002年のメタ分析が22本の研究報告から取り出した向きです。具体的で挑戦的な目標を持った交渉者は、そうでない人より一貫して高い利益を得ており、目標の難しさは利益に強い正の影響を持っていた、と書かれています。ただし効果の大きさの値は、この号が読めた要旨に印字がありません。どれくらい効いたのかは、ここからは言えません。
02効きが強いのは、四つの条件のときだった。同じまとめは、目標の効きが強く出た条件を四つ挙げています。“(a) the negotiator’s opponent did not have a strong goal, (b) there were rewards for performance, (c) negotiations were not face-to-face, and (d) the negotiator had task experience”(相手が強い目標を持っていない、成果への報酬がある、対面ではない、本人に課題の経験がある)。対面ではないときが条件に入っています。
03訓練の前は、合意の数と総利益が下がっていた。1994年の研究は、学部のビジネス系学生に市場のシミュレーションを2回行わせ、あいだに進め方の講義を挟みました。最初の回では、具体的で難しい目標は合意1件あたりの平均利益を上げた“but at the expense of number of agreements negotiated and total profit”(ただし、成立した合意の数と総利益を犠牲にして)。講義のあとの回では、具体的な目標を与えられた側が共同の価値の高い合意に達し、講義を受けない対照群では2回のあいだに差がありませんでした。

目の前にある言い方が、測られたものなのか、語り草なのか。ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。手がかりは、数字の形のほうに出ます。
01割合だけが、独り歩きしている。「◯割」という形は、測った結果のように見えます。けれど割合には、必ず分母があるはずです。何を数えたうちの8割なのか。それが一緒に伝わってこないとき、その数字は測られたものではなく、語り草かもしれません。この号が言えるのは、探した範囲では、その割合を導いた実証の報告は見つからなかった、というところまでです。
02準備の量を、厚さで数えている。資料が何枚そろったか、想定問答がいくつ書けたか。数えやすいのは、いつも量のほうです。いっぽう2002年のまとめが利益と結びつけたのは、目標が具体的で挑戦的かどうかでした。集めた量が多いほど成果が上がる、と報告した研究は、この号が読めた5点の要旨の範囲にはありません。
03模擬の場の結果を、そのまま持ち帰っている。1990年に出た総説は、二者間の交渉をめぐる実証研究を見渡し、性格や個人差が交渉行動を決める役割は小さいようだ、と整理しました。そしてその影響は“homogeneity of subject samples”(被験者標本の均質さ)などによって弱められている可能性がある、と総説自身が書いています。束ねられた知見が、どこの誰から得られたものかという話です。

数えられたのは、多くが模擬の交渉での成果でした。1986年の研究が扱ったのは、交渉の経験の無い79名。1994年の研究は、学部のビジネス系学生による市場のシミュレーション2回分です。国も、規模も、相手との関係の長さも限られています。日本の小さな商いで同じ条件が同じように働くかどうかは、ここからは言えません。
1986年の研究は、難しい目標を割り当てられた側のほうが利益が高く、次にさらに難しい目標を立てた、と報告しています。ただし同じ研究は、マキャベリズムと呼ばれる性向、そしてどちらの役を割り当てられたかが成果を強く左右したとも書いています。「目標の研究」と一口にまとめると、この二つは落ちます。
測られていたのは、
厚さではなく高さだった。
2005年に出た一本は、社会的な対立の研究でメタ分析という手法の使用がいまも限られている、と述べ、その使い方の手引きを示した方法論の記事です。分野の実証が何割どこで行われたかを数え上げた報告ではありません。割合が見つからないことは、準備に意味が無いという証明ではなく、まだその形では測られていない、という状態です——読めた範囲では、そうでした。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、これからの、または直近の交渉を一つだけ書き出す。
- 02WRITE
その一件について、いちばん良ければどうなってほしいか・これ以下なら受けない境目・まとまらなかったら自分はどうするか、の三つを自分の言葉で書く。
- 03MARK
三つのうち書けた数と、いちばん書きにくかったものに印をつけ、記録の最後に書き添える。
この号が運べたのは、二段だけです。準備の効き目として測られていたのは、具体的で高い狙いのほうだった。そしてその知見の多くは、模擬の交渉の場から来ている。8割という割合は、そのどちらの段にも載っていませんでした。
この群は、広く準備するところから、合意へ向けて順に絞っていきます。次に見るのは、狙いを決めたあとの幅のほう——どこからどこまでなら双方が手を打てるのか、という範囲の描き方です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「交渉の準備を尽くすには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。

