IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 476
● 12 SEC「誠意をもって謝れば収まる」。もめ事の話は、たいていここから始まります。では、その言い方は、どこで、何を数えて確かめられたものなのでしょうか。
測った実験はあります。ただし出てきたのは、単純な「謝れば収まる」ではありませんでした。いちばん「わからない」が増えたのは、遺憾の意だけを述べた謝罪のときです。先に断っておきます。この号は法律相談ではなく、「あなたの件は示談すべきだ」といった判断はしません。そして、謝罪を、相手を動かす手口としては書きません。
示談は、法律のうえでは和解契約と呼ばれます。日本の民法第695条は、和解を「当事者が互いに譲歩をしてその間に存する争いをやめることを約することによって、その効力を生ずる」と定めています(2026年9月時点で確認した現行の条文)。押さえておきたいのは、これが和解の定義——成り立つための要件——であって、「話し合えば収まる」ことの根拠ではない、ということです。書かれているのは、互いに譲ること。それだけです。

条文は枠を決めます。中身——どんな謝り方が、どう受け取られるのか——を測ってきたのは、法学の実証研究のほうです。2006年に出た研究(556名)は、謝罪の伝え方と、謝った言葉が裁判で証拠になるかどうかの決まりを変えて、示談の判断がどう動くかを見ました。著者は、謝罪そのものの性質が、その謝罪がどう理解されるかに重要な役割を果たしうる、と結んでいます。この号が全文まで読めたのは6点のうち3点。読めていないものについては書きません。
01責任まで認めた謝罪の条件で、73%が受け入れる方向だった。2003年の法律評論に載った実験です。ある大学で働く職員145名が、自転車と歩行者の接触事故という仮の話を読み、全員が同じ示談案を評価しました。謝罪の無い条件では、受け入れる方向が52%、断る方向が43%、「わからない」が5%。怪我への同情に加えて責任まで認める謝罪がある条件では、受け入れる方向が73%でした。
02遺憾だけの謝罪では、受け入れる方向は35%だった。同じ実験の、もうひとつの条件です。相手が怪我への同情を述べるだけで責任には触れない——その条件では、受け入れる方向は35%で、謝罪の無い条件の52%より低い。ただし断る方向も43%から25%へ下がり、代わりに「わからない」が5%から40%へ増えました。下がったのは、受け入れだけではありません。
03著者は「しばしば謝罪なしと変わらない」と書いている。同じ論文の第二の実験(361名・16の条件)を経て、著者はこうまとめます。“a full apology is better than a partial apology and that a partial apology is (often) not different than no apology”(全面的な謝罪は部分的な謝罪より良く、部分的な謝罪は(しばしば)謝罪なしと変わらない)。変わらないが、著者自身の言葉です。

話し合っても収まらないとき、まず疑いたくなるのは相手の頑固さです。1994年の法律評論に載った実験は、そこに別の見方を当てました。ここから先は、その実験が立てた三つの癖を、相手ではなく自分の側にも置いてみるための、ALIFEの読み筋です。
01同じ案でも、相手が出した瞬間に値打ちが下がる。実験の言葉では「相手の出した提案の値引き」。論文はこう書いています。“People do not like to do things their adversaries want them to do.”(人は、敵対する相手が望むことをするのを好まない)。味方や第三者から示されれば良い条件に見えるものが、争っている相手の口から出ただけで色あせる、という見立てです。
02損の形で見えた案は、賭けのほうへ寄っていく。もうひとつは、案の見え方です。人は得として理解する選択肢の前では危険を避け、損として見る選択肢の前では危険を選びやすい——だから示談案が「得られるもの」に見えるか「失うもの」に見えるかで、受け取り方は変わる、と論文は予測を立てています。中身は同じでも、どちら側から数えているかの話です。
03お金だけでなく、言い分が正しいと認められたい。三つめは、公平さを求める気持ちです。論文は“People want what they are legally entitled to, but they also want recognition of their claim’s validity.”(人は法律上の権利を求めるが、自分の言い分が正当だと認められることも求める)と書いています。条件の話がまとまらないとき、求められているものが条件ではないことがあります。

答えたのは、ある大学で働く職員145名と361名、そして別の実験では同じ国の大学の学部生445名です。いずれも実際にもめている当事者ではなく、仮の場面を読んで答えた人たちでした。金額も、相手との関係の長さも、紙の上で決められています。日本の商いや身内の争いで同じ割合が出るとは、ここからは言えません。
そのうえ、謝るという行為の重さ自体が、国によって違います。1986年の社会科学の論文は、謝罪が正式な紛争解決に占める位置が日本とアメリカで分かれると論じ、アメリカでは謝罪が紛争解決の未発達な要素かもしれない、と示唆しました。1986年時点の観察です。よその国で測られた謝罪の効き目を、そのまま日本の話にはできません。
遺憾だけの詫びは、
無いのとほぼ同じに受け取られた。
同じ1994年の実験には、詫びを置いた条件もあります。家主が暖房を直さなかったという話で、詫びがあると「きっぱり断る」を選ぶ人は減りました。ただし、直せなかったもっともな事情が説明された条件のほうが、受け入れる方向は高いままでした。著者は、詫びは壁を和らげたが取り除きはしなかった、と整理しています。
では、謝罪や情報開示を個人の気持ち任せにせず、仕組みにしたら。手がかりが一つ、医療にあります。2010年の内科の学術誌に載った報告は、アメリカのある大学病院の組織で、医療上の誤りを患者に開示して補償を申し出る取り組みを始めた前後を比べ、賠償の請求も訴訟も減ったと書いています。
ただし、この研究の設計では因果を確立できない——そう断っているのは著者自身です。 専属の保険会社を持ち、法的責任を自ら引き受けることが多い組織での話で、ほかの医療機関に当てはまるとは限らない、とも書かれています。これは病院と患者のあいだの話です。この号は、ここから交渉一般の効き目を持ち出しません。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、いま抱えている、または最近収めたもめ事を一つだけ書き出す。
- 02SORT
相手が求めているものを、謝罪・条件・関係の三つのどれかに分けて書く。分からないところには「憶測」と添える。
- 03LINE
同じ紙に、自分がここまでなら受けられるという線を書き、謝罪で足りるか条件の話が要るかを一言だけ書き添える。
この号が運べたのは、二段だけです。責任まで認めた謝罪の条件で受け入れる方向がいちばん高く、遺憾だけの謝罪の条件で「わからない」がいちばん増えた。そして、相手が出した案だから値打ちが下がる、という見立ては、その実験では確かめられなかった。どちらも、仮の場面を読んで答えた人たちの数字です。
この群は、当事者どうしで決める段をここで閉じます。次に見るのは、二人だけではどうしても収まらないとき、あいだに立つ第三者を頼む道のほうです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「もめ事を話し合いで収めるには?」を、もっと深く学ぶ。→
