IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 475

(仮ビジュアル)暗い背景の石の台に、白い発酵乳の瓶と、切り漬けを詰めた低いグラスと、琥珀色の発酵茶が入った細長い容器が、三つ横に並んでいる静物写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「決裂だけは避けたい」。話し合いが折り合わずに終わることを、私たちはたいてい失敗と呼びます。では、まとまったほうは、それだけで成功なのでしょうか。

経営幹部向けの経営学大学院で、交渉の授業を受ける人たちが行った対面の模擬交渉があります。合意に達した43組のうち31組で、受け入れられた条件は、どちらか一方にとって、その人が手元に持っていた代替案の値打ちを下回っていました。成績に直結すると告げられ、自分の下限も知らされたうえでの話です。この号は、どうすれば有利になるかは書きません。書けるのは、測られたものの向きだけです。

決裂とは、話し合いがまとまらず、合意に至らないまま終わることです。その反対側に置かれるのが代替案——英語では BATNA、「その交渉がまとまらなかったときに、代わりに取れるいちばん良い道」を指します。もう一つ、留保値は「これ以下なら受けない」とあらかじめ決めておく線のことです。家賃の更新を話す借り手も、報酬を決める書き手も、分担を相談する家族も、この三つの上に立っています。

(仮ビジュアル)暗い室内の黒い壁ぎわに立ち、窓ガラスに自分の後ろ姿が映りこんでいる、黒いニットの女性
合意しない道にも、値段はついている。決裂の反対側に置かれていたのは、手元の代替案だった。 Visual: ALIFE

この号が引いたのは6点です。全文まで読めたのは6点のうち2点で、残りは公式の要旨まで。読めていないものについては書きません。そして標本が印字されていた2点は、どちらも経営学大学院の授業で行われた模擬の交渉です。残る4点は、要旨に標本の記載がありません。測られたのは、模擬の場で人が何を選び、何を取り逃したか——そこまでです。

01合意した組の多くで、片方が代替案を下回った。2016年の研究の五つ目の実験です。米国南西部の大学で、経営幹部向けの経営学大学院の交渉の授業を受ける140名が、対面の雇用契約の模擬交渉を行いました。合意に達した43組のうち31組で、“the accepted deal was worth less to one party than the value of that party’s alternative”(受け入れられた条件は、一方にとって、その人の代替案の値打ちを下回っていた)。

02本人だけが知ると、増えたのは二人分のほうだった。1995年の研究(公式の要旨まで)。合意しなかったときに取れる別の道を、それを持つ本人が知らされているとき、二人合わせた利得と、互いの優先順位を交換する取引の数が増えました。ただし本人自身の取り分がわずかに増えたのは“only when both negotiators … are aware”(交渉者の双方が知っているときだけ)。誰が知るかで、効く先が変わります。

03代替案に目標や自信が重なると、決裂も増えた。1996年の研究(公式の要旨まで)。代替案を持つ交渉者は、個人の成果でも、二人分の成果に占める割合でも高い値でした。ただし三つの仕組みの組み合わせを調べると、“An alternative coupled with a goal or self-efficacy resulted in a higher percent of dyadic outcomes and higher impasse rates”(代替案に目標または自己効力感が重なると、二人分の成果に占める割合が上がり、決裂率も上がった)。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆の3本の脚が支えているコンソールテーブル
下回った合意・誰が知るかの非対称・決裂率も上がる両刃。報告されていたのは、この三つの側だった。 Visual: ALIFE

ここから先は研究が示した結果ではなく、自分の記録に単位を入れてみるためにALIFEが提案する読み筋です。手がかりは、まとまらなかった一件を、あとから眺めたときの形のほうに出ます。

01狙いの高さが、二人のあいだでずれている。1994年の研究(公式の要旨まで)が測ったのは、交渉者の目標水準(どこを目指すか)と妥結の見込み(まとまりそうだという見通し)です。そのうえで“asymmetries increase the likelihood of impasse in the presence of a positive bargaining zone”(双方の目標水準のずれは、合意できる幅があってもなお、決裂の起こりやすさを高める)。降りる線そのものは、この研究が測った変数ではありません。

02振り返りが、勝ち負けの結果だけで終わっている。同じ1994年の別の研究(公式の要旨まで)は、二人一組で四つの交渉課題を行わせ、課題ごとに、相手の利害の完全な診断を受け取る群・相手の最終成果だけを知る群・何も知らされない群に分けました。完全な診断を受けた側は判断が正確になりました。“However, outcome-only feedback did not improve judgment accuracy and performance”(ただし、結果だけのフィードバックは改善しなかった)。

03後悔が、「しなければよかった」の形をしている。2009年の研究は、交渉の授業を受ける経営学大学院の学生を、二つの実験で調べました。分けたのは“additive (‘If only I had’) versus subtractive (‘If only I had not’)”(足し算型「〜していれば」と引き算型「〜していなければ」)。足し算型のほうが前回より高い得点と、双方の利害を満たす合意の成立(48.8%対26.3%)につながりました。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
狙いのずれ・結果だけの振り返り・引き算の後悔。決裂のあとに残る形は、この三つだった。 Visual: ALIFE

引いた6点のうち、標本が印字されていた2点は経営学大学院の授業での模擬交渉で、うち1点は米国の大学で成績に結びついた点数を取り合う場面でした。残る4点は要旨に標本の記載がなく、場面の内訳はここからは言えません。相手との付き合いがこの先も続くか、法律が背後にあるか、といった条件は、そこには入っていません。日本の小さな商いや身内のもめ事で同じ数字が出るかどうかは、ここからは言えません。

数値そのものが印字されていない出典もあります。1995年の研究と、1994年の目標水準の研究は、効果の大きさも人数も、この号が読めた範囲には出てきません。結果だけのフィードバックの研究は、標本を「二人一組の被験者」とだけ記しています。そして2009年の研究の実験2では、足し算型も引き算型も、比較用の別クラスとの差は有意になりませんでした(著者は検出力の低さを挙げています)。この号は、どの型が効くという助言は書きません。

失敗と呼ぶべきは、
代替案を下回る合意のほうだった。

降りる線そのものについては、別の報告があります。1995年の研究の二つ目の検討は、魅力的な代替案が存在すると、当人と相手の降りる点(留保点とも呼ばれます)、交渉の技能についての効力感、扱っている対象の価値の見え方、そして力の分布までが変わった、と述べています。線は、引いた瞬間に固まるものではなく、手元に何があるかで動いていました。

TRY IT TODAY

  1. 01DATE

    今日の日付を書き、まとまらずに終わった話し合いか、あとから「受けるべきでなかった」と思う合意を、一件だけ書き出す。

  2. 02WRITE

    その一件について、合意しなかったら取れた別の道・そのとき自分が狙っていた線・これ以下なら受けないと決めていた線の三つを書く。決めていなかったものには「無し」と書き添える。

  3. 03MARK

    振り返りの文を「あのとき〜していれば」の形で一つだけ書き、相手が何を大事にしていたか分かる材料が自分の手元にあるかどうかに、有・無の印をつける。

10分。相手を試したり、格付けしたりする作業ではありません。点検するのは自分の記録だけです。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する実践入口です。契約や法的な判断が要るときは、弁護士・司法書士・認証を受けた紛争解決の窓口などの専門家へ。

この号が運べたのは二段です。模擬の場では、まとまった合意のほうが、手元の代替案を下回ることがあった。そして代替案は、誰が知っているかで効く先が変わり、目標や自信と重なれば決裂の起こりやすさも一緒に上げていました。決裂そのものを失敗と呼ぶ根拠は、読めた範囲には出てきませんでした。

この群は、準備から合意へ向けて順に絞ってきました。次に見るのは、決裂したあとに残る道のほう——争いになったものを、話し合いで収めるという手続きです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「決裂を次につなげるには?」を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。