IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 473
● 12 SEC「言質を取れば安心」。口で約束させて、それを後ろ盾にする。取れた瞬間、話が固まった感じがします。では、その安心は、何を測って確かめられたものなのでしょうか。
この号が読めた5点は、どれも「言質を取れば守られる」を測った研究ではありません。測られていたのは、その手前でした——同じ資料を読んだ二人が、公正な額を別の方向へ見積もる。しかもそのずれは、どちらかが嘘をついているのとは別の場所で起きています。多くは、模擬の交渉での話です。
自己奉仕バイアス(self-serving bias)とは、自分に都合のいいほうへ、事実の解釈や記憶が寄っていく傾きのことです。1992年に出た研究は、まとまらなければ双方に損の出る模擬の団体交渉を2つの実験で行い、参加者が考える「公正な結果」が自分の側へ偏ること、そして偏りの大きさが、もつれた期間の長さを強く予測したことを報告しました。

同じ研究は、記憶そのものの偏りも書いています。“Negotiators showed biased recall of information concerning the dispute, remembering more information that favored their own position.”(交渉者は争いの情報について偏った想起を示し、自分の立場に有利な情報をより多く覚えていた)。全文まで読めたのは5点のうち3点です。読めていないものについては書きません。
01思い出せたのは、自分に有利な話だった。1993年に出た研究が扱ったのは、交通事故をめぐる示談前の模擬交渉です。学部生80名と法科大学院生80名の計160名が、原告役と被告役に分かれ、同一の資料を渡されました。それでも原告役は自分に有利な論点を平均0.49件多く、被告役は0.91件多く思い出しています。
02公正な額の見積もりは、立場で割れた。同じ研究で、原告役が考える「公正な和解額」は被告役より平均17,709ドル高く、判決の予想額も平均14,527ドル高いものでした(どちらの差も、偶然のぶれでは説明しにくい水準)。80組のうち59組(74%)が時間内に和解し、和解した組は予想額の隔たりが平均9,050ドル、しなかった21組は29,917ドルでした。
03弱点を書き出させると、決裂は減っていた。1997年に出たのは、著者たち自身の複数の研究を束ねた総説です。そのなかの別の実験では、役と資料を与えたあとに自己奉仕バイアスを説明し、自分の側の弱点を書き出させました。“The debiasing treatment also reduced the rate of impasse from 35 percent to 4 percent (p < .01)”(脱バイアスの処置は、決裂の割合も35%から4%へ下げた)。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。手がかりは、言質を取ったあとの、自分の感じ方のほうに出ます。
01話を変えたのは相手だ、と感じている。食い違いが出たとき、動いたのは相手の記憶のほうだと感じる。1992年と1993年の報告では、偏りは双方に同じ形で出ていました。自分の側の偏りだけが、自分からは見えにくい。これは研究が測った話ではなく、その傾向を自分に当ててみる読み筋です。
02不安を、縛りの強さで埋めようとしている。2002年の2つの実験が扱ったのは口頭の言質ではなく、拘束力のある契約です。協力が契約の縛りによるものだと受け取られると、相手そのものへの信頼は育ちにくい。“When binding contracts that were previously allowed were no longer allowed or no longer chosen, trust dropped significantly.”(それまで認められていた拘束契約が、認められなくなるか選ばれなくなると、信頼は有意に低下した)。言質への当てはめは、ここからの類推です。
03条件は通ったのに、後味だけが残る。2006年に出た研究は、交渉で人が価値を置くものを集めて分類し、結果・自分自身・進め方・関係という四つの側面にまとめた尺度開発の仕事です。条件の強さは、このうちの一つにしか届きません。後味が残るとき、目盛りが違うだけかもしれない、という見方です。

数えられたのは、模擬の交渉での結果です。1993年の研究は米国の学部生と法科大学院生が短い枠のなかで行った示談前の交渉で、題材も米国の実際の事件から編まれたものでした。日本の商いや身内の取り決めで同じ数字が出るかどうかは、ここからは言えません。
1997年の総説は、実地の例として米国ペンシルベニア州の公立学校教員の契約交渉を挙げ、1971年以降そのうち約8%がストライキに至り、平均日数は16.4日だったと書いています。ただしこれは同じ著者たちの別の調査からの引用で、総説自身が測った数ではありません。掲載誌も、査読のある実証誌ではなく総説を載せる誌です。2002年の研究について、この号が読めたのは公式の要旨までです。
測られていたのは、
言質の手前のずれだった。
その総説は、自分たちの実験の限界も書いています。役を資料のあとに割り当てた実験について——“our experiment that gave subjects their role after reading the case materials has no practical implication, since parties to a dispute usually know their own roles from the outset”(資料を読んだあとに役を与えるやり方は、実務上の含意を持たない。争いの当事者は、たいてい最初から自分の役を知っているからだ)。残ったのは、争いが始まってからでも打てる一手のほうでした。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、自分が過去にした口頭の約束を一つだけ書き出す。
- 02WRITE
その約束について、自分はどう合意したと記憶しているかを一〜二文で書き、続けて、相手の記憶とはどこが食い違いうるかを一〜二文で書く。
- 03MARK
二つの記述を読み比べて食い違いうる点に印をつけ、次に同じ場面が来たときにその場で使う確認の一文を、自分の言葉で書き添える。
この号が運べたのは二段です。同じ資料を読んでも、公正な額の見積もりと、思い出す論点は、立場ごとにずれる。そして、そのずれを縮める一手が模擬の場で測られている。言質そのものの効き目は、どちらの段にも載っていませんでした。
この群は、話し合いを合意へ向けて絞っていきます。次に見るのは、その場でそろえた中身を、どう形に残すか——書き残すことの効き目と、その裏側のほうです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「言質を取るには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- p値
- 差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。

