IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 470
● 12 SEC「感情は、受け止めれば鎮まる」。揉めごとの場では、たいていそう教わります。声を荒げる相手を、まずなだめる。落ち着いてから、本題に戻る。
けれど、交渉を測ってきた実験が数えていたのは、鎮まったかどうかではありませんでした。数えられていたのは、怒りを向けられた側が、そのあといくら要求し、どこまで譲ったかのほうです。しかもその向きは、怒りを浴びた側の立場で入れ替わっていました。この号は、何が起きたかを書きますが、感情で相手を動かす手順は書きません。
これらの実験が扱う感情は、相手の人柄でも、その場の空気でもありません。測られてきたのは、相手が怒りや喜びを表に出したという情報を受け取った側が、そのあとどう出たか——要求をどこに置き、どこまで譲ったか——でした。感情は、鎮める対象である前に、相手が読む材料になっていた、ということです。

ただし、この読み取りは、誰にでも同じように起きるわけではありませんでした。同じ2004年に出たもう一本——著者は重なりますが、別の号に載った別の実験です——は、受け手の側の条件しだいで効果が消えることを示しています。全文まで読めたのは6点のうち2点。読めていないものについては書きません。
01怒った相手には、多く譲っていた。2004年に出た一本は、コンピュータを介した模擬の交渉で、相手の感情の状態(怒り・喜び・情報なし)を参加者に伝えました。“Experiment 1 showed that participants conceded more to an angry opponent than to a happy one.”(実験1は、参加者が、喜んでいる相手より怒っている相手に多く譲ったことを示した)。続く実験では、その感情から相手の限界を推し量り、要求をそれに合わせていました。相手が大きく譲歩している場面では、この効果は消えています。
02動かされたのは、立場の弱い側だけだった。その同じ年に、著者の重なる別の一本が出ています。オランダの大学の学部生と、三つの組織の管理職が参加した三つの実験で、相手の感情が効いていたのは、考えを早く固めたい傾向が弱い人、時間に追われていない人、そして与えられた立場が弱い人でした。“Experiment 3 showed that negotiators were only influenced by their opponent’s emotion if they had low (rather than high) power.”(実験3は、交渉者が相手の感情に動かされたのは、立場が強いときではなく弱いときだけだと示した)。
03強い側は、場にそぐわない怒りに押し返した。2007年の一本は、筋書きを読ませる調査と、コンピュータを介した模擬の交渉で、立場の強さと、怒りが場にふさわしいかどうかを組み合わせました。立場の弱い参加者は、感情を出さない相手からより、怒っている相手から得た取り分が少なくなりました——怒りが場にふさわしいかどうかを問わず、です。いっぽう、“participants with higher power demanded more value when the adversary's expressions of anger were inappropriate”(立場の強い参加者は、相手の怒りが場にそぐわないときに、より多くを要求した)。

ここから先は、研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。感情の話が持ち帰られるとき、落ちやすいのは、たいてい誰の話かと、どの条件での話かの二つでした。
01「鎮まったか」だけを見ている。実験が数えていたのは、要求の高さと取り分の動き、そして相手の限界をどこと見積もったかでした。鎮まったかどうかを測った報告は、この号が使った出典の中にはありません。場が静かになることと、相手が何に怒っていたのかが伝わることは、別の出来事です。
02効く条件を、落として持ち帰っている。2006年の一本が置いた線は、怒りを表に出すと表に出した側の取り分が増えるのは“but only when the recipients of these expressions have poor alternatives”(ただし、その表出を受け取る側に、代わりの手立てが乏しいときに限る)というものでした。機序として挙げられているのは、怒りが強硬さを伝えること。条件が落ちると、「怒れば通る」だけが残ります。この号が読めたのは公式の要旨までです。
03どの争点に乗った感情かを、見ていない。2008年の一本は、二つの争点をめぐる模擬の交渉で、相手が争点ごとに出す感情の組み合わせを四通りに分けました。相手が、こちらの優先度の高い争点で喜び、低い争点で怒るときだけ、パイは決まっているという見方が弱まっています。逆の組み合わせでは“the second pattern amplified bias and reduced integrative behavior”(二つ目のパターンは偏りを強め、統合的な行動を減らした)。

どれも、コンピュータを介した模擬の交渉か、筋書きを読ませる調査です。参加者は、オランダやイタリアの大学の学部生が中心で、三つの組織の管理職が加わった実験が一つ。相手は画面の向こうの見えない誰か。やりとりは一回で終わり、次に会う予定もありません。日本の商いの現場や、家賃の相談や、身内の揉めごとで同じ向きに働くかどうかは、ここからは言えません。
そして測られているのは、たいてい一回の交渉の取り分です。公開の文献データベースで、怒りの表出と、関係・信頼・繰り返しの取引を組み合わせた語で二度探しましたが、一回の交渉を超えて関係のその後まで追った報告は、見当たりませんでした。探し方を替えれば見つかるかもしれません。「怒りは長い目で見れば損だ」と書けるだけの材料は、ここにはありません。
同じ怒りでも、出方は入れ替わった。
分かれ目は、浴びた側にあった。
交渉と感情を正面から扱った2005年の一般書は、感情を一つずつ相手にするのではなく、その奥にある中核的な関心——多くの人が共通して持つ願い——に目を向ける、という枠組みを説いています。ただしこれは実験の結果ではなく、書き手が示した枠組みです。この号が到達したのは、その本の書誌まで。中身の章や頁は読めていないので、枠組みの中身をここに並べることはしません。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、最近のやりとりで自分が感じた感情を、三つまで書き出す(苛立ち・焦り・落胆など)。
- 02SORT
それぞれを、本題を邪魔しただけの「雑音」か、何かを教えていた「合図」かの、二つに仕分ける。
- 03MARK
「合図」に仕分けた数と、いちばん仕分けにくかったものに印をつけ、記録の最後に書き添える。
この号が運べたのは、二段だけです。怒りを向けられた側がどう出るかは、その人の置かれた立場で入れ替わっていた。そして相手の感情がどの争点に乗るかで、パイは決まっているという思い込みは、弱まることも、強まることもあった。
効くことがある、という事実は、使ってよいという話とは別です。この群はここから、感情がむき出しになった形——押し切ろうとしてくる相手に、どう応じるかへ進みます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「感情的な相手と話すには?」を、もっと深く学ぶ。→