IN LEGAL NEGOTIATION · ISSUE 468
● 12 SEC「立場ではなく、利害で話しなさい」——交渉の助言として、そう教わることがあります。立場とは口にする要求、利害とはその裏にある本当の狙い。ただし、この助言そのものは一般書が説いた枠組みで、実験の結論ではありません。
いっぽう、その芯にあたる利害の情報交換のほうは、1991年の二つの実験で測られています。情報を出すのも、引き出すのも、相手についての判断の正確さを上げ、双方にとってより良い合意と結びついていました。しかも、情報を出した側が取り分で不利になることはありませんでした。
この考え方は原則立脚型(principled negotiation)と呼ばれます。立場はたいてい一つに固まりますが、その裏の利害は複数あることが多い——利益も確保したい、今後も取引を続けたい、社内で説明がつく形にしたい。立場どうしは正面衝突しても、利害の束なら重なる部分や交換できる部分を持つことがある、という見方です。枠組みを説いたのは一般書で、効果を測った実験ではありません。

ここから並ぶのは、その枠組みの芯にあたる部分を測った研究です。全文まで読めたのは6点のうち2点。読めていないものについては書きません。測られた場所はどれも交渉の実験で、日本の商いの現場ではありません。
01片側だけでも、合意は良くなっていた。1991年の研究は、利害についての情報を「出す」「引き出す」の二つを、それぞれ実験にしています。“Both mechanisms, providing information and seeking information, improved the accuracy of negotiators’ judgments about the other party and led to more mutually beneficial, integrative negotiation agreements”(どちらの仕組みも、相手についての判断の正確さを上げ、双方にとってより有益で統合的な合意へ導いた)。ペアの片方だけが出す(または引き出す)場合でも共同の成果は上がり、出した側が取り分で不利になることもありませんでした。
02引かない構えと、両方そろったときだけ。2000年に出たのは、28の研究をまとめたメタ分析(複数の研究の結果を統合する手法。ここで統合されたのは研究28本)です。相手のことも考える動機を持つ側は、争いが少なく、問題解決に多く取り組み、共同の成果も高い——ただし“only when resistance to yielding was high (or unknown) rather than low”(譲歩への抵抗が高い、または不明なときに限られ、低いときではない)。同じ要旨は、参加の誘い方や、出版済みかどうかでも効果の大きさが変わったと書いています。
03組み替える余地のある場面に、限られた。2011年の三つの研究は、相手の立場に立って考えること(視点取得)を試しました。自分の取り分だけを追う動機は、一部の論点だけが決まらない部分的な決裂を起こりやすくし、視点取得はそれを和らげました。ただし“limited to integrative negotiations and does not emerge in a distributive context”(統合的な交渉に限られ、分け方だけを争う場面では現れない)。働き方は、優先度の低い論点と高い論点を交換することでした。

ここから先は研究が示した結果ではなく、記録の単位を決めてみるためにALIFEが提案する読み筋です。手がかりは、助言が何を測った話として語られているか、のほうに出ます。
01崩れるのは、信じて臨んだ側だった。1998年の二つの研究は、相手が罰を与えられる立場にあるときの話し合いを見ています。協力的な動機で臨んだ側は、相手の懲罰の力が強いほど信頼が下がり、好みや優先順位のやりとりが減り、共同の成果も低くなりました。自分の取り分だけを見て臨んだ側では、差が出ていません——おそらく信頼が低いところから始まるから、と著者は書いています。規模は41と21で、どちらも小さい研究です。
02型そのものを測った研究では、なかった。2018年に出た論考は、原則立脚型の効き目を測ったものではありません。論じているのは、組織がこの型を取り入れにくい理由のほうです——“is the result of cognitive biases and cultural values instead of specific and conscious choices”(思い込みの偏りと文化的な価値観の結果であって、意識して選ばれたものではない)。著者自身、たしかめるには現場での準実験がこれから要る、と書き添えています。
03満足は測られ、交渉は行われていない。同じ2018年のもう一本は「交渉の成果への満足」を扱いますが、参加者が交渉したわけではありません。“a computer-based task to present pairs of outcomes (own outcome, other’s outcome) to participants and asked them to rate their satisfaction”(自分の成果と相手の成果の組み合わせを画面で示し、満足度を評定させる課題)。動機の向きと、どんな手ごたえを返すかで、評定は変わりました。

1991年も、1998年も、2011年も、測られたのは実験のなかの交渉でした。2018年の満足の研究にいたっては、交渉そのものが行われていません。値段や納期をめぐる日本の掛け合いで同じ差が出るかどうかは、ここからは言えません。1998年の二つは規模も小さく、41と21です。
そして、「利害で話す」という型をまるごと現場でたしかめた記録のほうは、この号が探した範囲では見つかりませんでした。公開の論文データベースで、原則立脚型と「実証のたしかめ」「研修の効き目」「妥当性」を組み合わせて三度探し、近いものは2件——建設契約という狭い実務領域の調査と、測るものさしを作る研究でした。型そのものの検証ではない、というのがこの号の読み筋です。
型より先に測られたのは、
情報を出すという一手だった。
一つの枠組みが「こうすれば解ける」と見えるとき、そこには二つの別のものが重なっています。方向の正しさと、目の前のテーブルでその枠組みが効く条件です。前者を支える実験は見つかりますが、後者をまるごと測った記録のほうは、読めた範囲にはありませんでした。
TRY IT TODAY
- 01DATE
今日の日付を書き、これから話す予定の相手に自分が言いそうな要求を、一つだけ書き出す。
- 02SORT
その下に、「自分は本当は何を、なぜ望んでいるのか」を、思いつくだけ並べて書く。
- 03COUNT
並んだ数を数え、そのうち値段以外の形でも満たせそうなものに、印を一つだけつける。
残ったのは、小さな一手のほうでした。利害についての情報を出す、あるいは引き出す。それだけで相手についての判断は正確になり、双方にとってより良い合意と結びつき、片方だけがやっても共同の成果は上がり、出した側が取り分で損をすることもなかった——実験のなかの話です。
いっぽう、その一手を束ねた「型」のほうは、まだ薄くしか測られていません。薄いことは、効かないことの証明ではありません。 次の号は、束ねずに一手ずつ広げていく側の話へ進みます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「立場でなく利害で話すには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。

