IN LEGAL EXECUTION · ISSUE 462
● 12 SEC「ちゃんと記録を残すように」。もめごとに備えるなら、まずそこから、と教わります。けれど、その号令が本当に記録を残らせたのかを測った研究に、この号は行き当たりませんでした。
代わりに数えられていたのは、記録を出す側の費用でした。米国の大企業8社の事例をまとめた2012年の研究では、電子データを相手へ出すのにかかった費用のうち、典型で約73%が、文書を一件ずつ読んで分ける作業です。残す話ではなく、出す話のほうが先に測られています。
証拠を残す文化(Evidence culture)は、ここでは「もめたときに出せる記録が、ふだんから手元にたまっている状態」を指します。日本の民事訴訟法には、手続きの名前がすでに置かれています。証拠保全が第234条、文書提出義務が第220条。要件は、それぞれの条文が定める条件を満たすことです。効果は、その手続きに載せられることです。どちらに載せるにも、載せる記録のほうが先に要ります。条文をどう読むかの判断は、弁護士など、その領分の専門家の仕事です。

では、その記録はどうすればたまるのか。「残せ」と言えば残るのかを測った研究には、この号が探した範囲では行き当たりませんでした。代わりに読めたのは、記録を出す側の費用と、訴えられる恐れが行動をどう動かしたかを医師の世界で測った研究です。三つに分かれます。
01号令の効き目には、行き当たらなかった。この号が探したのは、記録を残す文化がどう根づくかを測った研究です。三つの語のならびで論文の目録をたどりましたが、出てきたのは記録管理そのものの学問や、法令遵守一般の隣の領域でした。「残せと言ったら残った」を確かめた研究は、探した範囲に見当たりません。探せた目録はひとつで、無いと言い切れる広さではありません。
02出す費用の内訳は、測られていた。米国の大企業8社への聞き取りと文献の整理から、証拠開示(訴訟で手元の電子データを相手へ出すこと)の費用を見積もった2012年の研究です。費用のデータが取れたのは57件の案件。関連するかを読んで分ける作業が典型で約73%、扱える形にする処理が約19%、手元から集める作業が約8%。全体の約70%は外部の弁護士への支払いでした。査読のある研究報告書(モノグラフ)で、標本は米国の大企業です。
03量が費用を動かす、と実務家は言う。米国の連邦民事で2008年末に終結した事件の代理人を無作為に抽出した調査が2009年春にあり、その回答者75名に声をかけ、応じた36名への電話面談をまとめた2010年の報告書があります。面談の要約は “Volume of discovery is a primary force driving the costs of litigation.”(証拠開示の量が、訴訟費用を動かす主な力である)。報告書自身が、この面談は回答者の見解の無作為な断面ではないと断ります。査読外の、司法機関の報告書です。

自分の記録が、たまる側にあるのか、続かない側にあるのか。手がかりは、日々の手つきのほうにあります。
01「残せ」と言った回数を、数えている。言った回数は数えられますが、残ったかどうかは別に数えないと分かりません。号令の効き目を測った研究に、この号は行き当たりませんでした。言ったことと残ったことを、同じ欄に書かないでおく——ここから先は研究の結論ではなく、この号の読み筋です。
02「念のため」が、増えている。恐れが備えを増やす向きは、医師の世界で数えられています。2003年5月のペンシルベニア州で、訴訟リスクの高い6専門科の医師に郵送で尋ねた調査の回答は824名(回答率65%)。“Nearly all (93%) reported practicing defensive medicine.”(ほぼ全員の93%が、防衛的な診療を行っていると答えた)。これは医師と診療の話で、記録一般の数字ではありません。
03増やした分の行き先を、決めていない。記録は、増やした時点では費用に見えません。費用になるのは、出すときです。米国の大企業8社の内訳で重かったのは、手元から集める作業(約8%)ではなく、読んで分ける作業(約73%)のほうでした。増やす判断と、あとで読む人の手間は、別の日にやってきます。

ここまでの数字は、日本の小さな商いを測ったものではありません。費用の内訳は米国の大企業8社・57件の案件、実務家の面談は米国の連邦民事の代理人、そして93%は米国の一つの州の医師への調査です。法域も、事業の規模も、分野も違います。医師の数字を、契約や請求の記録にそのまま置き換えることはできません。
恐れの側を測った研究も、医師の世界にあります。賠償責任の圧力を直接下げる改革の有無で、1984・1987・1990年の米国の高齢の公的医療保険受給者(重篤な心疾患)のデータで比べた1996年の研究は、“reductions of 5 to 9 percent in medical expenditures without substantial effects on mortality or medical complications”(医療費が5〜9%低く、死亡率や合併症には実質的な影響がない)と報告しました。圧力が下がったところでは、医療費も低かった——これも医師と医療費の話です。全文まで読めたのは6点のうち3点。読めていないものについては書きません。
「残せ」と言ったことと、
残ったことは、別に数えられる。
費用そのものが駆け引きの道具になりうる、という見立てもあります。2016年の論文は “a simple but general model”(単純だが一般的なモデル)を組み立て、原告の側と被告の側では、先に費用を沈めて低額の和解を取りにいく力、あるいは押し返す力が、はっきり非対称になることを描きました。モデルの中の話で、データで確かめた結果ではありません。そこで沈める費用も、着手金や詳細な訴答であって、記録を出す費用ではありません。
TRY IT TODAY
- 01PICK
今日の日付を書き、後から問われたら困る場面と、助かる場面を一つずつ挙げる。
- 02WRITE
それぞれに、記録があるか・自然に残る形か・不利なことも書いてあるか、を書く。
- 03SORT
三つを「ある」と「空白」に分け、空白の数だけを数える。
読めた範囲で言えるのは、ここまでです。手続きは先にある。出す費用の内訳は、米国の大企業8社で測られている。恐れが備えを増やす向きは、米国の医師で測られている。「残せ」と号令をかけたら記録が残ったのかは、この号が探した範囲では、まだ数えられていません。数えられていないことを、効き目の証明のほうへ読み替えない——それが、この号の持ち帰りです。
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