IN LEGAL EXECUTION · ISSUE 459

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

ハラスメントに備えるとは、研修をして、相談窓口の番号を貼り出すこと——そう考えたくなります。この号が見るのは、その掲示の手前と、その先です。手前には、事業主に課された公式の義務がある。先には、研修と通報について実際に測られた結果があります。

先に、書かないことを三つ。個別の出来事がハラスメントに当たるかどうかは、判定しません。こうすれば防げる、とも書きません。被害を受けた側についても、行為をしたとされる側についても、属性で決めつけません。そしてここで読んだ研究はすべて米国のもので、日本の職場にそのまま当てはめません。

職場で、優位な立場や言動によって相手の尊厳を傷つけ、働く環境を害する行為をまとめてハラスメントと呼びます。日本では、事業主が防止のために講ずべき措置が法律で定められており、これを措置義務といいます。

行政のページ(2026年9月23日に閲覧)によれば、パワーハラスメントの防止のために雇用管理上必要な措置を講じることが事業主の義務となったのは2020年6月1日の施行から、中小の事業主にも及んだのは2022年4月1日からです。

セクシュアルハラスメント等については、方針の周知・相談体制・迅速な対応・再発防止など五つの措置が挙げられ、「これらの措置は、業種・規模に関わらず、すべての事業主に義務付けられています」と記されています。同じページの冒頭はいま、2026年10月1日に施行される別の義務化(2025年6月11日公布)に差し替わっています。

(仮ビジュアル)暗い寝室で、白い枕に頬をつけて目を閉じ、白い掛け布団にくるまって眠っている女性を横から写した写真
顧客等からの迷惑行為と、求職者等へのハラスメント。義務の文面は、時点ごとに動いている。 Visual: ALIFE

ここに書かれているのは要件のほう——誰が、何を、いつまでに、です。掲げたあとで揉めごとが減るかどうかは、同じ文書には書かれていません。そちらを測った研究のほうへ移ります。ただし、これから出てくるのはすべて米国の調査で、多くはセクシュアルハラスメントを測ったものです。

01研修と結びついたのは、線の引き方だった。2003年に社会科学の専門誌へ出た研究は、米国連邦政府の公式調査のデータを確率のモデルで分析しました。研修を受けたことは、望まない身体接触・言動・執拗な誘いを「ハラスメントに当たる」とみなす確率の高さと、とくに男性で結びついていました。著者は研修が“may be useful”(有用でありうる)と結論しています。測られたのは線の引き方で、行動は測られていません。

02同じ道具に、反対向きの反応も出ていた。2001年に応用行動科学の専門誌へ出た研究は、米国のある都市部の大学の職員と教員に配った自己申告の質問紙(参加197名・不参加319名)を比べました。参加した人は知識の高い側に出た一方、男性の参加者は強要を伴う行為を認めにくく、被害者を責めやすく、“less willing to report”(通報する意思が低い)側に分かれています。割り付けた実験ではありません。

03通報したあとの悪化の源は、通報ではないと論じられた。2002年に応用心理学の専門誌へ出た研究は、米国の軍人6,417名の調査で二つの構造モデルを立て、通報は仕事・心理・健康の結果を改善せず、時に悪化させたと報告しました。ただし著者は、その負の効果の源は組織側の対応(是正・矮小化・報復)と手続への満足であって“not reporting itself”(通報そのものではない)と論じています。

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真
線の引き方・反対向きの反応・通報したあと。三つは、同じ向きには並ばない。 Visual: ALIFE

読み違えは、数字そのものよりも、数字の読み取り方のほうに出ます。三つ挙げます。

01相談の件数を、起きた件数として読んでいる。数えられているのは、相談された数です。2002年の研究が扱ったのも、通報したあとに結果が改善しなかったことと、通報しないほうが割に合って見える構造のほうでした。件数の少なさは、起きた数の少なさとは別の量です。

02黙っている側には、代償が無いと見ている。2003年に産業保健心理学の専門誌へ出た研究は、米国の公共部門の職員1,167名の調査で、声を上げた人が受けた報復の形は立場によって違い、報復を受けた人の職業・心理・身体の状態が低い側に分かれたと報告しました。同じ分析は“health-related costs associated with victim silence”(黙って耐えることに伴う健康面の代償)も示しています。

03研修の結果を、行動の変化として読んでいる。2003年の研究が測ったのは、何を該当とみなすかという線の引き方でした。著者自身、この種の取り組みの評価は限られていて、その影響についてほとんど分かっていないと冒頭で書いています。行動まで測った研究には、読めた範囲でたどり着いていません。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
相談の件数・黙っている側・研修のあとの行動。読み違えが起きるのは、この三つ。 Visual: ALIFE

四つの実証はすべて米国で、対象は連邦政府の職員、ある都市部の大学の職員と教員、軍人、公共部門の職員でした。組織の大きさも、通報の経路も、日本の小さな商いとは違います。測られたのもおおむねセクシュアルハラスメントで、日本で措置義務の中心にあるパワーハラスメントと同じではありません。

届いた範囲も書いておきます。全文まで読めたのは六点のうち一点(行政のページ)で、残る五点は公開された要旨までです。読めていないものについては書きません。結果の大きさをアウトカムごとに分けた内訳は要旨に出ていないので、この号では数えていません。

声を上げた人にも、黙った人にも、
代償は測られていた。
米国の公共部門1,167名の調査で、
同じ分析が、両方を示している。

それでも、読んだ範囲で重なっていることが一つあります。2007年に人事の専門誌へ出たメタ分析は、41本の研究・のべおよそ70,000人ぶんを統合し、職場のセクシュアルハラスメントの経験が、仕事への満足や組織への関与の低下、仕事からの離脱、心身の不調、心的外傷後ストレス障害の症状と結びついていたと報告しました。同じ抄録は、職場の風土がその発生を後押しする側に大きく出ていたとも書いています。観察された関連の統合なので、どちらが先かまでは決まりません。

TRY IT TODAY

  1. 01CHECK

    今日の日付を書き、自分の職場に方針の明文と相談の窓口があるか、有無だけを書く。

  2. 02LIST

    「もし自分が相談するとしたら」と考え、ためらう理由を思いつくかぎり書き出す。

  3. 03SORT

    書き出した理由を、仕組みのこと・伝わり方のこと・その他に分ける。誰かを疑う作業はしない。

10分。人を観察したり格付けしたりする作業ではなく、仕組みの有無と、自分がためらう理由を手元で分けるだけの記録です。個別の出来事がハラスメントに当たるか、どう対応するかの判断が要る場面は、弁護士・社会保険労務士など、その領分の専門家や公的な相談窓口へ。

ここから先は、どの研究も言っていないこと——この号の見方です。義務の文書が決めているのは、何をするか。研究が測ったのは、そのあとに人の見方がどう動いたか、通報したあとに何が起きたか、起きたときに何が残るか。やったかどうかと、変わったかどうかの間は、読めた範囲ではまだ埋まっていません。次の号は、人と人の間のリスクから、人と情報の間のリスクへ移ります。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「ハラスメントに対処するには?」を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。