IN LEGAL EXECUTION · ISSUE 452

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆の3本の脚が支えているコンソールテーブル● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

新しい取引先と組むとき、先に調べておけば危ない相手は見分けられる——そう考えたくなります。反社会的勢力でないかの確認、支払い能力の評価、取引の前の調べもの。どれも、やる意味のある手順です。ただ、手順を踏んだことと、相手の実態を見抜いたことは、別の出来事です。

先に、書かないことを二つ。目の前の相手が反社に当たるか、与信を与えてよいかという判断は、この号ではしません。もう一つ、ここで引く格付けの実証は米国の社債市場のもので、日本の小さな商いの与信にそのまま渡せる数字ではありません。扱うのは、審査という仕組みの性質のほうです。

取引先の審査(counterparty check)は、ここでは三つをまとめて指します。反社会的勢力でないかの確認、相手の支払い能力や信用の評価である与信、そして取引前の調べもの(デューデリジェンス)です。日本では、企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針が、2007年6月19日に関係閣僚の会議の幹事会申合せとして決められています。実在する公式の文書です。

この指針は、企業が取り組むべき事項をまとめたものとして置かれています。取り組みが求められていることと、すべての危ない相手を見抜けることは別だ——というのが、この号の読み筋です。

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真
2007年6月19日の申合せとして決められた政府の指針。この号が届いたのは、その所在を示す公式ページまで。 Visual: ALIFE

では、審査に使う情報のほうはどうか。相手の信用を測るとき、多くの人が調査会社の情報を頼ります。ここで参考になるのが、格付け——債券などの信用度に等級をつける仕事——を調べた研究です。ただし舞台は米国の社債市場、それも機関投資家向けの公募債で、日本の中小企業どうしの取引とは市場の作りも規制も違います。

01別の目が来たあと、格付けは良くなった。2014年に金融経済の査読誌へ出た研究が、米国の社債市場を調べました。発行体の側が対価を払う機関の格付けが、投資家の側が対価を払う機関に取り上げられ始めたあと、どう変わったか。報告されたのは質の有意な改善です。著者は、先行研究——発行体払いの三社目が入ると質は落ちる——とは“These results differ from the existing literature”(結果が異なる)とも書いています。前後を比べた分析で、割り付けた実験ではありません。

02格付けの駆け引きは、模型の上で描かれた。2009年に作業論文として出て、のちに金融の査読誌へ載った研究は、事業を得るために信用リスクを低く見せる側と、発行体が都合のよい等級だけを買う側という、二つの利害の衝突を扱いました。ただしこれは理論の模型です——要旨は“We model”と書きます。数えた結果ではなく、仕組みを式で描き、提案されていた規制の効き方を検討した論考です。

03確認の手続が届いた範囲は、ごく限られていた。2020年に政策設計の専門誌へ出た論考は、世界のマネーロンダリング対策について、犯罪の資金に対する影響は0.1%に満たず、遵守の費用は回収額の100倍を超えると見積もりました。ただし著者自身が、依拠したデータは十分に検証されておらず方法の一貫性も欠くため、“findings cannot be definitive”(結論は確定的ではない)と同じ要旨の中で断っています。既存データの読み直しによる政策分析です。

(仮ビジュアル)暗い石の台に並ぶ朝食。器に盛られた洋梨とさくらんぼとオーツ麦、水の入ったグラス、たたまれた麻の布
格付けの改善は米国の社債市場での話。0.1%と100倍は、著者自身が確定的ではないと断る見積もり。 Visual: ALIFE

自分がどちら側にいるのか。手がかりは数字より、日ごろの言い方のほうに出ます。

01「一度通した」が、安全の意味で使われている。政府の指針が求めているのは、被害を防ぐために取り組むことです。取り組みを求めることと、危ない相手を全部見抜けることを同じに扱うと、通した記録が安全の証明にすり替わります。ここは指針の逐語ではなく、この号の読み筋として書いています。

02情報の出どころを、確かめないまま使っている。米国の社債市場の研究が見ていたのは、誰が対価を払う機関の等級かという違いでした。その情報が誰の依頼で、何を見て作られたかを確かめないまま「問題なし」だけを受け取っていないか。ただしこの研究が測ったのは米国の社債の格付けであって、日本の調査会社の情報の質ではありません。

03手続を増やすほど、見えていると感じている。世界のマネーロンダリング対策では、確認の手続に膨大な費用と労力が注がれてきました。それでも届いた範囲はごく限られると見積もられ、しかもその見積もり自体が確定的ではないと著者に断られています。手続の量が、見極めの精度を意味するわけではない——読めた範囲から言えるのは、ここまでです。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
「一度通した」・出どころの未確認・手続の量——通した記録がお墨付きに変わるときの、三つの言い方。 Visual: ALIFE

持ち場を正直に置きます。南アフリカの銀行を調べた2023年の研究は、公開された資料と、金融サービス業で働く専門家十名への聞き取りを突き合わせたものです。結論は限界の報告よりも提言の側に寄っていて、技術を使った確認は取り入れられ危険度に応じた形になった一方、“much needs to be done by regulators”(規制する側にやるべきことが多く残る)と書かれています。南アフリカ一国の銀行部門の話です。

同じ専門誌のもう一本は、国際的な基準と各国の制度を見渡した法学の概説です。要旨の「研究の限界」の欄に、著者自身が“The paper does not provide empirical research.”(本稿は実証研究を提供しない)と書いています。実効性を測った数字として読むことはできません。全文まで読めたのは六点のうち二点。残りは公開された要旨か、公式ページまでです。読めていないものについては書きません。

別の目が来たあと、格付けは良くなった。
それは、米国の社債市場での話。

この号が並べたのは、審査をやめる理由ではありません。反社会的勢力の排除は公に求められる取り組みで、信用の情報も手がかりとして役に立ちます。読めた範囲で言えるのは、審査を通したことと、相手の何を確かめられたのかが、別々に置かれてこなかった、というところまでです。

TRY IT TODAY

  1. 01LIST

    新しい取引先を受け入れるときに実際にしている確認を、思い出せるだけ書く。

  2. 02SORT

    その情報を誰が作ったかで分ける。自分で調べた・調査会社・相手の申告・公的な情報。

  3. 03MARK

    その確認で確かめられたことと、確かめられていないことを、一行ずつ書き添える。

10分。特定の取引先が黒か白かを判定する作業ではなく、自分の手順と、その手順が届く範囲だけを記録します。反社会的勢力への対応、取引の可否、債権の回収といった個別の判断は、弁護士や司法書士など、その領分の専門家に相談してください。

ここから先は、読んだどの論文も言っていないこと——この号の見方です。審査は、見極めの完成ではなく、備えの一部。手順を踏み、記録を残し、あとから「ここまでは確かめた」と示せる状態を作る。その値打ちは、相手を見抜けたかどうかとは、別のところにあります。境目が見えてはじめて、その外側に何を置くかを考えられます。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「取引先を法的に見極めるには?」を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

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本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。