IN LEGAL EXECUTION · ISSUE 450
● 12 SEC契約のリスクは、見るべき点を並べた一覧表を一つずつ潰していけば見抜ける——そう考えたくなります。この号が見るのは、その一覧表の手前にある二つです。一つは、審査そのものの効き目がどこまで確かめられているか。もう一つは、読む対象である契約の文章が、どれくらい読みにくいのか。
先に、書かないことを二つ。一覧表を使えばリスクが減る、とは書きません。そう確かめた研究が、読めた範囲に見当たらないからです。そして、ここで読んだのは米国の消費者向けの契約と英語の法律文書を調べた研究ばかりで、日本の事業者どうしの契約には当てはめません。
契約を読んで問題点を洗う作業をレビュー(契約審査)、取引の前に相手や条件を調べることをデューデリジェンスと呼びます。この号が探したのは、その手順を踏んだ側と踏まなかった側で、後の揉めごとがどれだけ違ったかを測った研究でした。読めた範囲に、それは見当たりません。出てくるのは実務の手引きのほうです。法学専門のデータベースまでは当たっていないので、「無い」ではなく「見当たらない」と書きます。

では、道具の話をひとまず措いて、読む対象のほうを見ます。こちらには測った研究がいくつもあります。ただし——どれくらい読みにくいのかについては、答えが割れています。片方だけを引くと向きが変わるので、三つ並べてから、割れ方のほうを書きます。
01難しさは、書き方の側にあった。2022年に認知の専門誌へ出た研究は、英語の法律文書およそ1,000万語を他の九つのジャンルと比べ、低い頻度の専門語、文の途中に別の文を挟む入れ子の節、受け身、変わった大文字づかいが際立って多いと報告しました。二つの実験・参加者184人では、こうした特徴を含む抜粋のほうが想起も理解も低く、“even for experienced readers”(読み慣れた人でも)同じでした。
02真ん中の値は、日刊紙の記事とほとんど変わらなかった。2024年に実証法学の専門誌へ出た単著の論文は、数十年・複数の業種にわたる200万件の契約を機械学習で調べ、消費者向けの契約の読みやすさの点数の中央値(真ん中の値)が“almost indistinguishable from those of daily news articles”(日刊紙の記事のそれとほとんど区別がつかない)と報告しています。読みにくさの危機を反証した側の論文です。
03上位500サイトの契約では、498件が推奨より難しい側だった。2019年に米国の法律評論へ出た論文は、人気の上位500サイトの、申し込み画面で同意する形式の契約に読みやすさの検査をかけました。学年に換算する指標の中央値は14.9、推奨される8.0より難しい側に入ったのが500件のうち498件(99.6%)。平均は“comparable to the usual score of articles in academic journals”(学術誌の論文の通常の点数と同程度)。学生が編集する法律評論で、査読誌とは位置づけが違います。

読めていないことに、自分で気づくのは難しい。手がかりは点数よりも、日ごろの読み方のほうに出ます。
01開かないまま、同意している。2014年に法と経済学の専門誌へ出た研究は、米国のオンラインのソフト会社90社のサイトを訪れた月あたり48,154人の閲覧記録を追い、使用許諾条項にたどり着くのは1,000人のうち1〜2人で、開いた人の大半もごく一部しか読んでいないと報告しました。閲覧記録の観察であって、読ませ方を割り付けた実験ではありません。
02二回読み返した場所を、覚えていない。2022年の二つの実験で、想起をいちばん妨げていたのは入れ子の節でした。詰まりの置き場所が文章の側にもあるという報告で、詰まった回数を数えれば読めるようになる、と示した研究ではありません。
03「読みにくい」の物差しを、確かめていない。2024年の論文は、可読性の道具そのものを検証し、“grade-level differences of up to 4.6 years for identical texts”(同一のテキストで最大4.6学年分の差)が出ると書きました。何点なら読みやすいのかは、使う物差しのほうで動きます。

三つを並べると、二つめと三つめは正面からぶつかります。ただし、調べた対象も物差しも同じではありません。二つめは数十年ぶんの契約200万件を横断し、三つめは米国で人気の上位500サイトの、申し込み画面で同意する形式の契約に絞っています。どちらが正しい値かを、この号では決めません。二つめの論文は、平易な言葉づかいを求める運動の中核の信念を“an unsubstantiated myth”(裏づけのない作り話)と書き、測り方そのものを争点にしました。
届いた範囲も書いておきます。この号が全文まで読めたのは五点のうち一点で、残りは公開された要旨までです。読めていないものについては書きません。そして、ここに出てくるのは米国の消費者向けの契約と英語の法律文書の話です。日本の事業者どうしの契約が読みやすいかどうかも、審査を挟めば揉めごとが減るかどうかも、ここからは言えません。
読みにくいかどうかを測る物差しが、
まだ一つに定まっていない。
それでも、読んだ範囲で一致していることが一つあります。読みにくさは、読む人の知識の不足だけでは説明されなかった。書き方の側に置かれた特徴が、想起と理解を下げていた——そこまでは、二つの実験が測っています。一覧表を捨てる理由にはなりませんが、一覧表の前に、自分がその文章を読み通せているかを確かめる理由にはなります。
TRY IT TODAY
- 01PICK
自分がいま使っている契約書か利用規約を一つ選び、日付とともに書く。
- 02MARK
最初から読み、意味がすぐ取れずに詰まった箇所と、二回読み返した箇所に印をつける。
- 03COUNT
印の数と、その契約のおよその条項数を書き添える。有効か不利かの判定はしない。
ここから先は、どの論文も言っていないこと——この号の見方です。道具の切れ味を上げる話と、読む対象の手強さを知る話は、別々に進められる。手元の契約が自分にとってどこで詰まるかは、点数でも他人の平均でもなく、読んでみれば分かります。次の号は、読み解いたあとの契約を、まとめて一か所で管理できるのか、という話へ進みます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「契約リスクを見抜くには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 中央値
- 全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。