IN LEGAL EXECUTION · ISSUE 449
● 12 SECいいひな形を一式そろえれば、契約は漏れなく作れる——そう考えたくなります。ひな形とは、あらかじめ用意された契約書のたたき台のこと。誰かのものを写す、ネットで拾う、作ってもらう。どれもよくある入手のしかたです。
けれど、読めた範囲の報告が並べていたのは、別の三つでした。契約は、ほとんど開かれない。中身は書き手の側へ傾いている。そして——固まってなどいない。7年のあいだに、39%の契約が条項を実質的に変えていました。
ひな形に近い言葉に、定型約款があります。こちらは法律の用語で、2020年4月1日に施行された民法の規定に置かれました。不特定多数を相手にする取引で、内容が画一的であることが双方にとって合理的なもの——そこで一方が準備した条項の総体を指します。
この規定が決めているのは、要件のほうです。定型約款を契約の内容とする旨を合意したとき、または準備した側があらかじめその旨を相手に表示していたとき、個別の条項にも合意したものとみなす。相手から請求があれば、遅滞なく相当な方法で内容を示さなければならない。条文が決めているのはそこまでで、ひな形をそろえると何が起きるかは、条文の外側にあります。

では、ひな形そのものについて、何が測られているのか。ここから先は、米国の消費者向けソフトウェア約款を調べた報告が中心です。日本の事業者どうしの契約に、そのまま当てはまる話ではありません。この号が全文まで読めたのは、挙げた七点のうち二点。読めていないものについては書きません。
01開いた人は、1,000人に1人か2人だった。オンラインのソフトウェア会社90社のサイトで、月間48,154人の閲覧記録を追った2014年の査読研究です。利用許諾の契約ページを開いたのは、小売ソフトの買い物客1,000人のうち1人か2人——“only one or two of every 1,000 retail software shoppers access the license agreement”。開いた人の大半も、ごく一部しか読んでいません。割り付けた実験ではなく、閲覧の記録の観察です。妨げているのは条件にたどり着く手間ではなく読んで理解するほうらしい、と著者らは書いています。
02中身は、ほぼ全部が書き手寄りだった。同じ著者が2007年に、647件のソフトウェア利用許諾を読み込んで分類した査読研究です。ほぼすべてが、法律の任意規定と比べて、書き手であるソフトウェア会社に有利な正味の偏りを示していました。大きい企業ほど、規模をそろえれば若い企業ほど一方的。事業者向けの買い手にも一般の買い手にも、似た条項が出されていました。玉石混交ではなく、一様な傾きです。
037年で、39%が条項を変えていた。その647件とは別に、2003年から2010年の消費者向けソフト約款264件を、同じ著者が別の共著者と追った2013年の報告があります。39%が少なくとも1つの条項を実質的に変更し、14条項を変えた契約もありました。平均はより売り手寄りになり、数百語長くなっています。読みやすさは横ばい。長さと偏りのばらつきはむしろ広がり、標準化は下がったと報告されました。

自分がいま、書面のどこに寄りかかっているか。手元の様子に、手がかりがあります。
01出どころが、思い出せない。いま使っている契約書を、誰のものを写したのか、どこで拾ったのか、答えられない。264件を追った報告で条項を変えていたのは、社内に法務を置く企業や、若い・大きい・伸びている企業でした。出どころの分からない文面は、誰の事情に合わせて動いたのかも分からないままです。
02厚さを、備えの厚さだと思っている。ひな形の束が増えるほど、守りが整った気がしてくる。けれど契約ページを開いたのは1,000人に1人か2人という記録が示したのは、並べた条項が相手に届くとは限らない、ということでした。厚さは、読まれた量ではありません。
03最後に読んだ日が、出てこない。自分の契約書を最後に通して読んだのがいつか、思い出せない。7年で平均が数百語長くなり、より売り手寄りになったという報告は、相手が用意する約款の側の話です。手元の文面がいつのものかは、自分でしか確かめられません。

「競争があれば、ひな形は良いほうへ磨かれる」という見方も検証されています。同じ647件で市場の集中度と企業のシェアを当てた2008年の続報は、支配力のある企業が特に一方的な条項を課すという懸念を支える証拠を、ほとんど見つけていません。集中した市場でもそうでない市場でも、条項は似ていました。磨かれた、のでもない。競争の強さと条項の傾きが、この標本では結びついていなかった、ということです。
ここまではすべて、米国の、消費者向けの、ソフトウェアの約款です。日本の事業者どうしの契約にも、雇用や請負の書面にも、そのまま移せません。いずれも条項を割り付けた実験ではなく、実際に流通した契約を数えた観察です。この号は、ひな形を入れれば漏れが減る、とは書きません。それを測った報告に、読めた範囲では行き当たっていないからです。
米国の消費者向けソフト約款では、
7年で39%が条項を変えていた。
「読まれず、磨かれず、粘着する」——この号のもとになった整理は、そう並べていました。読めた範囲の報告が支えたのは、はじめの二つまでです。粘着を論じた学術書もありますが、この号は中身まで届いていないので、そこからは何も引きません。その学術書と同じ著者たちが翌年に出した論文は、写すだけの仕事という語りのほうが不正確だ、と書いています。
TRY IT TODAY
- 01LIST
手元で使っている契約書・ひな形・利用規約を、思いつく範囲で挙げる。
- 02SORT
各文書に、出どころを一つだけ書く。写した・拾った・作ってもらった・自分で書いた。
- 03COUNT
最後に通して読んだのがいつかを書き、不明か一年以上前の件数を数える。
ひな形をそろえる作業には、終わりがあります。けれど、そろえたあとの文面は、誰かの都合で動いていきます。39%が条項を変え、平均はより売り手寄りに、数百語長くなった——測られたのは、米国の消費者向けソフトウェアの約款でした。手元の一枚がいまどうなっているかは、開いてみるまで分かりません。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS契約書を漏れなく作るには?を、もっと深く学ぶ。→