IN MARKETING · ISSUE 368
● 12 SEC「どこかの段で人が抜けている。その穴を塞げば、売れる。」——ファネルの話は、たいていここから始まります。上から下へ、気づく人・興味を持つ人・買う人と数が絞られていく図。細くなった段が、直すべき場所に見えます。
ただ、その言い方は一つの前提の上に立っています。人は決まった順路を通る、という前提です。どの段を塞げばいいか、この号では書きません。順路そのもののほうを追います。
ファネルの各段は、たいてい階層効果モデル——告知はまず気づかせ、次に気持ちを動かし、最後に買う行動を起こさせる、という順路——として説明されます。1990年に出た批判的なレビューは、この立場を「受け手は認知・感情・意欲という段階をたどる」と要約しました。上から下へ、段を飛ばさずに流れるという形です。同じレビューは、このモデルをめぐる論争を検討し、広告モデルとしての証拠に批判を加えたとも書いています。

1987年に出た歴史の見直しは、この論争を、広告は売れたときにだけ有効だとする側と、気づきから購入までに段階があるとする側の対立として描いています。では、段階のほうは確かめられたのか。ひとつ断りを入れると、最初の検証が扱った梯子は、注意・興味・欲求・行動という四つの段で、いま普通に言われる三つの段とは数が違います。同じ「順路」という考えの、別の書き方です。
01売上を基準にすると、支持は乏しかった。1966年に出た検証は、まず公表されていた実証を点検し、次に商用調査のデータ二組を統計的に分析しました。要旨はこう書いています——“The emphasis is on sales as the relevant criterion; little support is found for the hypothesis”(基準は売上に置かれている。仮説への支持は、ほとんど見いだせない)。各段の人数は測れても、その段が下の売上を生んでいるという保証は、この時点で既に乏しいものでした。割り付けのある実験ではないので、順路が売れ行きを動かしたとは言えません。
02正確な記述ではない、と論じた論説がある。2001年に広告研究の実務誌へ出た論説は、階層モデルについて三つの問いを立てました。なぜこのモデルは広告の効果の正確な記述を与えないのか。なぜ現実の市場での広告の働きの正確な概念化ではないのか。そして、考え方がこの枠組みに支配されているかぎり、なぜ広告の真の効果を測れそうにないのか。これは新しい実証の報告ではなく、論者の立場を述べた論説です。
03捨てるより検証を、という擁護が同じ誌にある。翌2002年、同じ誌に反論が載りました。要旨の言葉では、“rather than discard the hierarchy of effects model, we should develop rigorous, collaborative efforts to validate its continued value”(階層効果モデルを捨ててしまうより、その価値が続くことを確かめる厳密で協同的な取り組みを重ねるべきだ)。擁護の中身は「正しさが証明された」ではなく、検証の呼びかけです。批判と擁護が同じ誌の上で応酬していて、論争は決着していません。

自分の判断が、どちら側に寄っているか。日々の言い方に、手がかりがあります。
01細い段を、見つけたそばから穴と呼んでいる。段が細いのは、そこで人が抜けているからかもしれませんし、その段に載る仕掛けが、もともと数えにくいものだからかもしれません。細さの理由は、いつも複数あります。読めた範囲の文献は、細い段の原因を一つに決める方法までは示していません。
02上を押せば下が動く、と前提している。順路を因果として読むと、上の段を押した分だけ下が動くことになります。ただ、1974年に初めて出て、2000年に広告研究の実務誌が「classic」の一本として選び直して載せた論文は、広告の主な役割を“reinforce feelings of satisfaction with brands already bought”(すでに買われているブランドへの満足感を補強すること)と結論づけました。論じられている対象は、よく買われる商品の、すでに定着したブランドです。
03数えられた分だけを、成績として見ている。クリックも、クーポンの利用も、開封も数えられます。けれど、店頭の立ち話も、手渡しの一言も、常連どうしの口づても数えられません。成績に使っている数字が、数えられる側だけでできていないか——ここは研究が答えたことではなく、この号の読み筋です。

全文まで読めたのは6点のうち0点で、読めたのはいずれも公表された要旨までです。読めていないものについては書きません。たとえば、弱い補強の中身を段階の名前に言い換える整理は広く出回っていますが、その言い換えを支える文言は、読めた要旨の中にありませんでした。
もう一つ。読めた6点は、古い検証が一つと、歴史の見直しと批判的なレビュー、そして論説の応酬です。規模も場面も読者の商いとは違ううえ、検算できる分母を持つ数字は、この範囲にはありませんでした。言えるのは、順路を確かめられた因果として扱う根拠が、大きな広告研究をもってしても薄かった、というところまでです。どこを塞げ、という助言はしません。
穴は、測れた段にしか現れない。
数えられない仕掛けは、図の外にある。
図の外に置かれたものは、細くも太くも見えません。ファネルを眺めて直すべき場所を探すとき、目に入っているのは、数えられた仕掛けが作った段の太さのほうです。
TRY IT TODAY
- 01LIST
最近おこなった告知や販促を、思い出せるだけ書き出す。値引き・貼り紙・投稿・声かけ・手渡しの一言まで。
- 02LABEL
一つずつに「数えられる」か「数えられない」かの印を付ける。記録に残るかどうかだけで決める。
- 03RECORD
うまくいったと判断するときに見ている数字を一つ書き、それが二つのどちら側を映しているかを書き添える。
この群は、相手を理解しようとするところから始まりました。押した分だけ信頼を使う、と最初に断って、16回、同じことを言ってきました。原理が実在することと、目の前で効くことは別物である。最後に一つ足すなら、ファネルの数字は、測れた販促しか映さないということです。塞ぐより先に、その数字が誰のどの仕掛けを数えそこねているのかを見るほうが、たいていは早い——というのが、この号の読み筋です。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「ファネルの穴を塞ぐには?」を、もっと深く学ぶ。→