IN MARKETING · ISSUE 361
● 12 SEC「元手が少なくても、工夫があれば勝てる」。少ない予算の話は、たいていこの励ましから始まります。根拠として並ぶのは、安く当てた一手です。
けれど、その話は勝った側からしか出てきません。同じ工夫で何も起きなかった人の記録は、記事にも壇上にも並びません。この号は、少ない予算で目立つ方法を書きません。書けるのは、どの数字がどこまでを支えているか、までです。
生存バイアス(survivorship bias)は、残ったものだけが観察され、消えたものが視界から落ちることで、像がゆがむことを指します。うまくいった一手は記事や研修に並び、同じ工夫で何も起きなかった側は並びません。集めた成功例の共通点は、成功した例の共通点であって、そこから原因が出てくるわけではありません。同じ共通点を持ちながら消えた側が視界の外にあるかぎり、その共通点が何を意味するかは決まりません。

では、元手の少なさは、工夫でどこまで埋まるのか。ここから出てくるのは、多数の推定を見渡した総括と、束ね直したメタ分析と、小売1社の1回のキャンペーンです。どれも、あなたの売り場を測ったものではありません。
01広告を1%動かして、売上はおよそ0.1%。2009年に Journal of Advertising Research 誌 49(2):240-245 へ出た総括は、売上弾力性——広告の量を1%動かすと売上が何%動くかの比——の推定を400件以上見渡し、こう書きました。“If advertising changes by 1%, sales or market share will change by about .1%.”(広告が1%変われば、売上や市場シェアはおよそ0.1%変わる)。同じ総括は、この比が欧州のほうが米国より、耐久財のほうが非耐久財より高いこと、細かいデータや繰り越し・品質・販促を組み込んだモデルではより低く出ることも書いています。
02量が1%増えて、売上はおよそ0.24%。2015年に Journal of Marketing 誌 79(2):19-39 へ出たメタ分析は、電子口コミ(ネット上のレビューや投稿)と売上の関係を束ね直しました。集めたのは——“51 studies (involving 339 volume and 271 valence elasticities)”(51本の研究。量の弾力性339件と、評価の良し悪しの弾力性271件を含む)。平均は、量が.236、評価が.417——量が1%増えて売上はおよそ0.24%、評価が1%良い方へ動いて売上はおよそ0.42%。量の平均は339件の、評価の平均は271件の推定の平均です。
0310媒体のうち7つ——ただし、小売1社の1回。2013年に Journal of Marketing Research 誌 50(4):517-534 へ出た事例研究は、ある小売1社が一度に投じた1回のキャンペーンを、購買履歴と露出調査を結んだデータで調べました。テレビ・ラジオ・新聞・雑誌・表示広告・検索連動・交流サイト・カタログ・郵送・メールの10媒体のうち——“seven of the ten media significantly influence purchase outcomes.”(10媒体のうち7つが、購買の結果に有意に影響する)。1社・1回ぶんの観察です。

勝った側だけを見ている状態は、言い方のほうに先に出ます。
01「あの一件」を、型として写している。安く当たった一件を、自分の売り場へそのまま移そうとしているとき。1991年に Organization Science 誌 2(1):1-13 へ出た論文は、歴史が経験を十分に与えてくれないとき、組織がまれな出来事をどう解釈へ変えるかを扱いました。著者たち自身が断っているのは——“the methods we observe are not guaranteed to lead to consistent agreement on interpretations, valid knowledge”(観察された方法は、解釈の一致も、妥当な知識も保証しない)。まれな出来事から学ぶなと書いた論文ではありません。
02口コミを、蛇口だと思っている。「タダで、思いどおりに、大量に」。口コミをそう当てにしているとき。2015年のメタ分析が数字にしたのは効き方の大きさであって、こちらが量を出せることではありません。量の弾力性の平均.236は、51本の研究から集めた339件の推定の平均です。評価の平均.417も、良し悪しが動いたときの効き方の大きさです。口コミが効かないという話ではなく、効き方と、出せるかどうかは別の問いだという話です。
03「効いた」という声を、測られた結果として数えている。ゲリラ販促(街頭や日常の空間に仕掛ける、意表を突いた低コストの手法)は、効いたという話がよく出回ります。2011年に Asian Journal of Marketing 誌 5(2):39-54 へ出た論文は、この手法を扱った数少ない学術文献の一つですが、効果を実測した研究ではなく、枠組みを立てた概念論文です。そう書いた理由が——“since there is rare empirical evidence about the efficacy of guerrilla marketing”(ゲリラ販促の効き目についての実証はまれなので)。効かないと測った論文でもありません。

ここで運べた数字は、どれもあなたの売り場の外から来ています。400件以上の推定を見渡した総括、51本を束ね直したメタ分析、小売1社の1回のキャンペーン——手渡しのチラシや、狭い商圏の告知が、同じ比で動く保証はありません。束ね直された値はその研究群の平均であって、あなたの一件がその真ん中に来る保証もありません。
来歴も断っておきます。全文まで読めたのは6点のうち0点。5点は公式の抄録まで、1点は書誌の実在までです。読めていない部分については書きません。そのうえで残るのは、「工夫すれば元手の少なさを帳消しにできる」という約束が、支えられていない、というところです。
見えているのは、勝った側の話。
見えていない側は、数えられていない。
この見え方に名前を与えた由緒として、2007年に出た一般向けの本がよく引かれます。ただしこの号がたどれたのは、その本が実在するところまでです。中身の逐語は引きません。
TRY IT TODAY
- 01PICK
自分がこれまでに出した告知・投稿・チラシ・セール文面から、3つ選ぶ。
- 02WRITE
それぞれに「かけた手間・費用(おおよそでよい)」と「手元に残っている反応の記録(あるものだけ)」を、並べて書き写す。
- 03MARK
どれがいちばん効いたかは判定しない。手間・費用と反応が思っていた順番どおりに並んでいない箇所に、印を付ける。
この号が運べたのは、少ない予算で目立つ方法ではありませんでした。広告の比はおよそ0.1%。口コミの弾力性の平均は量が.236、評価が.417。10媒体のうち7つが結びついた事例は、小売1社の1回ぶん——そこまでです。どれも、あなたの売り場の順位表にはなりません。
それでも手元に残るものがあります。他人の成功譚は、勝った側からしか出てきません。自分がかけた手間と、手元に残った反応は、誰の推定にも頼らずに並べられます。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「少ない予算で目立つには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。