IN BRAND · ISSUE 341
● 12 SEC創業のいきさつ、込めた思い、世界のとらえ方。物語を紡げば、心を掴んで選ばれる——ブランドの相談には、たいていこの筋書きが付いてきます。
この号が見るのは、語り方ではありません。その「選ばれる」が、どこまで測られているかのほうです。物語の書き方を教える号ではありません。
ナラティブ・トランスポーテーション(物語への没入)とは、語りに引き込まれて、その物語の世界に入り込んだような心の状態のことです。物語がうまいと、人はこの状態になりやすいとされます。
2014年に消費者研究の専門誌へ出たメタ分析は、要旨にこう書きます——“a quantitative meta-analysis of 132 effect sizes of narrative transportation from 76 published and unpublished articles”(物語没入をめぐる132の効果量を、公刊・未公刊あわせて76本の論文から集めた量的なメタ分析)。

統合された帰結は六つに分かれます。感情の反応、批判的な考え、物語に沿った考え、信念、態度、意図。批判的な考えだけは負の向きで、没入するほど反論が減る側に振れていました。
ただしこの六つに、実際の購買は入っていません。著者自身が限界にこう書いています——“we could not uncover some potential consequences, such as actual behavior or repeated narrative transportation into the same story, because of a lack of data”(実際の行動や、同じ物語への再度の没入といった帰結は、データが足りず取り出せなかった)。
01物語没入の統合——意図までは測られ、購買は統合されていない。2014年の統合は、132の効果量を76本の論文から集めました。帰結ごとの値(ρ=信頼性のばらつきを補正した平均の相関。0なら関連なし、1に近いほど強い。kは研究数ではなく効果量の数)は、感情の反応がk=13・のべ2,047人・.57、態度がk=31・4,121人・.44、意図がk=9・1,129人・.31、信念がk=13・1,706人・.26。著者らは一般的な目安に照らし、態度と意図を「中くらい」、感情の反応を「大きい」と位置づけています。
02別の統合——行動の値がいちばん大きく、いちばん薄い。2016年にコミュニケーション研究の専門誌へ出た統合は、物語に触れることと、物語に沿った信念(37件・のべ7,376人・r=.17)、態度(40件・7,132人・.19)、意図(28件・5,211人・.17)、行動(5件・978人・.23)の正の関連を報告しました。行動だけが信念の7分の1ほどの件数で、しかも値はいちばん大きい。著者らは、特定できていない調整要因が残るとも書いています。
03デジタルの場の統合——効きは条件で伸び縮みする。2019年に経営研究の専門誌へ出た統合は、64本の論文の138の効果量を集めたもので、2014年のものとは別の統合です。“is stronger when the story falls in a commercial (vs. non-commercial) domain, is user (vs. professional) generated, and is received by one story receiver at a time”(商用の領域の話、使い手が作った話、一人で受け取る場面で、効きは強い)。語りさえすれば同じだけ効く、ではありません。

読めた三つの統合は、どれも「物語を紡げば売れる」を測っていません。それでも、物語の相談では次の三つの言い方が、当たり前のように出てきます。
01「語れば、売れる」読めた範囲に、ブランドの物語と実際の購買を直接結びつけて統合した数字はありません。2014年の統合が扱ったのは、感情・考え・信念・態度・意図の六区分まで。実際の行動はデータが足りず取り出せなかったと、著者自身が限界に書いています。意図まで測られていることと、買われたことは別です。
02「脳が反応するから、売れる」2007年に生理心理学の専門誌へ出た論文は、脳計測を売り物にする分野が神経科学の側で論争を呼んでいるとしたうえで、分野の定義と今後の研究課題を示しました。2015年にマーケティング研究の専門誌へ出た論文は、応用できる五つの具体的な道を挙げ、次いで三つの根本的な課題とその解決案を並べています。課題だけの話でも、応用だけの話でもありません。
03「うまくいった型をなぞれば、強くなる」物語のつくり方を説く実務書は数多くあります。2010年に出た四人の著者による実務書(査読誌ではありません)も、うまく語られたブランドの物語を集めて型にしたものです。ただしこの本は、書誌のほかは読めていません。型は、すでに強くなったブランドから後で取り出されたもの——これは研究が出した結論ではなく、この号の読み筋です。

この号が当たったのは6点。全文まで読めたのは1点で、4点は公開されている要旨まで、1点は書誌までです。読めていないものについては書きません。帰結ごとの値を読めたのも、大学のリポジトリに置かれた作業論文版で、刊行版そのものではありません。
そして、標本の狭さです。集められた研究について原典が書いているのは、元の研究の参加者が全員、青年か成人だったということまでです。媒体の違いは、扱った論文が六本しかないため模型に入れられなかったとも書かれています。屋号ひとつで商う人が日々のやりとりの中で語る物語が同じだけ効くかは、読めた範囲では確かめられていません。2016年の統合も、特定できていない調整要因が残ると書いています。この号は、物語の書き方を書きません。
意図までは、効果量9つ・のべ1,129人で統合された。
実際に買ったかどうかは、集まらなかった。
だから、最初にできるのは、うまく語ることではありません。自分の物語が、どの気持ちに触れようとしているのかを、一度だけ書き出してみることです。売れるかどうかは、そこでは判定しません。
TRY IT TODAY
- 01WRITE
今日の日付を書く。自分の商い(屋号・店・教室・仕事)が始まったいきさつを、ひと段落だけ書く。
- 02PICK
その物語が触れてほしい気持ちを一つだけ選び(安心・誇り・なつかしさ・期待など)、脇に書き添える。
- 03KEEP
日付・ひと段落・気持ち一つの3点が並んだ状態で、手元に置いたままにする。
この号は、物語の紡ぎ方を、ひとつも書きませんでした。書けたのは、物語に何が期待され、何が実際に測られてきたかまでです。測られたのは感情・考え・信念・態度・意図で、実際に買ったかどうかは統合されていません。
胸を打った手ごたえは本物です。ただ、その手ごたえが買われたことと重なるかどうかは、別に数えないと分かりません。動いたのは、まず気持ちのほうでした。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS「ブランドの物語を紡ぐには?」を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 効果量
- 差や関連の「大きさ」を、単位の違う研究どうしでも比べられるようにした共通の物差し。「効果があるか」ではなく「どれくらいか」を表します。
- 相関係数 r
- 2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
