IN PRODUCTION · ISSUE 334

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

同じものを作り続ければ、一つあたりの手間は下がっていく。この言い方には、有名な数字がついています。80%。作った数が倍になるたび、その割合になる曲線です。

この号が見るのは、立ち上げを速くする段取りではありません。その80%がどこから来た数字で、何が上達を起こすのかを、誰がどう確かめたのかのほうです。この号は、立ち上げを速くする方法を約束しません。

学習曲線(経験曲線)は、作った数が積み上がるほど一つあたりの手間が下がっていく関係のことです。源流とされるのが、1936年に航空の専門誌へ出た、飛行機の費用を扱う論文です。

そこで80%は、こう説明されています——“this ‘eighty percent’ has a definite meaning in that it represents the factor by which the average labor cost in any quantity shall be multiplied in order to determine the average labor cost for a quantity of twice that number of airplanes”(この「80%」には明確な意味がある。ある数量での平均労務費に掛けて、その倍の機数での平均労務費を出すための係数である)。上達の速さではなく、見積りのための掛け算の数字です。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
有名な数字ほど、何のために引かれたかが先に抜け落ちます。 Visual: ALIFE

その曲線がどう引かれたかも、同じ論文に書いてあります。著者は1922年から費用と数量の関係を調べ、同じ型の飛行機を異なる数量で作った過去の生産経験から取れた「2、3点」をもとに曲線を起こし、データが増えるたび補正しながら、見積りのために使ってきた、と。さらに、導いた係数が「建造中に大きな変更が入らない」前提に立つことを、自分で断っています。

この号が当たったのは6点。全文まで読めたのは3点で、残る3点は公開されている要旨までです。読めていないものについては書きません。

011936年の論文が扱ったのは、平均労務費。対象は、同じ型の機体を異なる数量で作った過去の生産経験です。そこから引かれた曲線の意味は、数量が倍になるときに平均労務費へ掛ける係数。上達そのものを測った実験ではありません。著者自身が、大きな変更が入らない前提だと断っています。

022001年の立ち上げ研究は、数式のモデル。量産の立ち上げを扱った研究は、その期間を “the new production process is still ill understood, which causes low yields and low production rates”(新しい生産工程はまだよく分かっておらず、それが低い歩留りと低い生産速度を招く)と書きます。ただしこれは現場の前後を比べた報告ではなく、動的計画として組んだ解析モデルで、著者自身が強い単純化だと述べ、実証研究がもっと要ると書いています。

031998年の半導体の研究は、逆を言う。半導体製造の歩留りを調べた論文は、要旨で “the learning curve is shown here to be the product of deliberate activities intended to improve yields and reduce costs, rather than the incidental byproduct of production volume”(学習曲線は、歩留りを上げ費用を下げるための意図的な活動の産物であって、生産量に付随する副産物ではない)と述べます。作った量が上達を連れてくる、とは書いていません。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の脚が支えているコンソールテーブル
三本とも設計の層がちがいます。見積り用の分析・数式のモデル・実証。 Visual: ALIFE

同じ材料から、つい出てしまう言い方が三つあります。どれも、ここまでの三本が書いていないことを、書いてあるかのように受け取る形です。

01「作れば作るほど、上手くなる」量と費用が並んで動くことと、量が上達を起こすことは別です。2001年のモデルの著者たちは、経験と実験はどちらも時間と相関して見分けにくいとしたうえで、“we view most of the ‘experience curve’ research, which purports to show that increased production leads to learning, as irrelevant to the question of what actually causes learning”(増産が学習につながると示そうとする経験曲線研究の大半は、何が実際に学習を起こすのかという問いには無関係だと私たちは見る)と書きます。量が効かないと確かめられたわけでもありません。

02「速く立ち上げるほど、早く一人前になる」同じモデルは、速い生産速度はより多くの欠陥につながるという取り合いを置きます。試すことは改善を生むが短期の生産能力を下げる、という取り合いも同じモデルの中です。同じ著者が2004年に出した、立ち上げをそっくり複製する戦略の研究も、複製の速さと工程の変更・学習の取り合いを解いた数式のモデルでした。どちらも、現場で測った比較ではありません。

03「遠くへ移した工程は、立ち上がらない」データ記憶装置の産業で、量産を国をまたいで移した1件の事例研究があります。その結論は、公開されている要旨で読める範囲では逆向きです——“We find that the physical distance is successfully overcome by several mechanisms.”(物理的な距離は、いくつもの仕組みによって首尾よく克服された)。この号が読めたのは、この要旨までです。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具、中央は窓の外を見る女性、右は玄関の床のコートと鍵
三つとも、原典が書かなかった側のことです。 Visual: ALIFE

まず版のことです。全文まで読めた3点のうち2点は、大学のリポジトリで公開されている作業論文版で、雑誌に載った版との文言の突き合わせはしていません。1936年の論文も、公開されているミラーの読み取りから読みました。

設計の層も分けておきます。立ち上げを扱った2本は数式のモデルで、現場に入って前後を比べた研究ではありません。費用や歩留りの実データを持つ3点(1936年の論文・半導体の実証・事例研究)は、飛行機・半導体・記憶装置のように同じものを大量に作り続ける現場から採られています。残る2本は現場の標本を持たない数式のモデルで、1本は文献の総説です。読めた範囲には、毎回ちがうものを少しずつ作る現場に当てはまるという記述はありません。

同じ材料から、逆向きの読みが出ている。
量が上達を起こすのか、意図した試しが起こすのか。

だから、最初にできるのは、立ち上げを速くすることではありません。自分が最近はじめた作業で、初日と、少し慣れたころとで何がどう変わったかを書き出してみることです。そのうえで、その変化が回数によるものか、意図して試したことによるものかを分けて印を付ける。これは研究結果そのものではなく、ALIFEが提案する実践入口です。

TRY IT TODAY

  1. 01WRITE

    最近はじめた作業を一つ選び、初日にうまくいかなかったことを書き出す。

  2. 02COMPARE

    少し慣れたころの同じ作業を思い出し、何がどう変わったかを並べて書く。

  3. 03MARK

    変化の一つずつに「回数」「試し」「どちらとも言えない」の印を付け、数える。

10分。自分の作業と記憶だけで完結します。同僚や部下の立ち上げを観察・評価する課題ではありません。これは研究結果そのものではなく、記録の単位を変えてみるためにALIFEが提案する実践入口です。作業の手順や安全について会社から指示・制限が出ている場合は、そちらが優先されます。つらさが続く・強まる場合は、課題より先に医療・支援の専門家へ相談してください。

有名な80%は、上達の法則としてではなく、費用を見積もるための係数として引かれました。出どころは、2、3点から起こして補正を重ねた一本の曲線です。後年、半導体の歩留りを調べた論文の要旨は、学習曲線は意図的な活動の産物で生産量の副産物ではない、と逆を書きました。読めた範囲で言えるのは、速くする段取りではなく、何が上達を起こしているのかがまだ決着していない、ということのほうです。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。