IN PRODUCTION · ISSUE 333
● 12 SECベテランのやり方を書き出して残せば、あとは引き継げる。手順書、動画、チェックリスト。技を渡す話をするとき、この言い方はほとんど疑われずに流れていきます。
この号が見るのは、書き方ではありません。書き出せたものは技の全部なのかと、それを誰がどう確かめたのかのほうです。この号は、記録に残す努力そのものを否定しません。
暗黙知(tacit knowledge。言葉にしきれないまま身についている知のこと)という言い方の源流として挙げられるのは、1966年に出た哲学の本です。査読を受けた研究論文ではありません。よく引かれる一句が広く流通していますが、この号が当たれたのは書誌まででした。
だからこの号は、その一句を原著の言葉としては引きません。ここで置くのは、もっと手前の区別だけです。手順書や動画が掬えるのは、語れる部分です。語れなかった部分は、そこに写りません。

では、現場で確かめた研究は何と書いているのか。ここから見るのは1本、2019年に人間工学の専門誌へ出た論文です。対象は英国の製造業の事例2件、航空宇宙部品の目視検査——目で見て良し悪しを見分ける作業です。この号が当たったのは6点。全文まで読めたものはありません。読めたのは、公式の要旨が1本と、条文・公式の沿革が3つ、書誌が1点まで。読めていないものについては書きません。
01「いまのところ、形式的には共有できない」この論文の公式の要旨は、目視検査の技能について “at present these skills cannot be formally shared with other workers … because they involve a high level of tacit knowledge which only exists in skilled operators’ internal cognitions”(いまのところ、これらの技能は他の作業者と形式的には共有できない。熟練した作業者の内的な認知の中にしか存在しない高度な暗黙知を含むからだ)と書きます。事例を記述した研究で、前と後を比べた試験ではありません。
02標準が曖昧なときほど、暗黙の技が要る。同じ要旨は “tacit skills are particularly needed when visual inspection standards lack specification or the task requires greater subjective interpretation”(目視検査の標準が細かく定まっていないとき、あるいは作業がより主観的な解釈を要するときほど、暗黙の技がとくに必要になる)と続けます。書けば書くほど渡る、とは逆向きの向きです。
03それでも、引き出すことはできた。同じ要旨は、体系的な課題分析の手法を2件の事例に当てた結果として “the method was effective in eliciting tacit knowledge”(その手法は暗黙知を引き出すのに有効だった)とも書いています。取り出せない、という報告ではありません。ふだんの手順書とは別の手立てを持ち出したうえで有効だった、という形です。

同じ材料から、つい出てしまう言い方が三つあります。どれも、ここまでが書いていないことを、書いてあるかのように受け取る形です。
01「書けるだけ書けば、いつか全部渡る」要旨が書いているのは、標準が細かく定まっていないときほど暗黙の技が要る、という向きのほうです。書く量が増えることが渡る量の増加だ、という報告ではありません。厚みが増えるほど渡した手ごたえだけが増える——これは研究が測った結果ではなく、この号の読み筋です。
02「制度があるのだから、伝わっている」腕を競う国際大会は1950年のマドリードの大会を起点に続き(公式の沿革は1946年を前史に置きます)、ドイツの手工業法は1953年制定、日本の技能検定は1969年公布の法律(制定時の題名は職業訓練法。いまの職業能力開発促進法という題名は1985年の改正から)に定めがあります。どれも様式が実在することの根拠で、技が渡ったことの実証ではありません。
03「試験に受かったのだから、同じ判断ができる」条文が定めているのは、何をどう試すかです。日本の法律は「技能検定は、実技試験及び学科試験によつて行う」と書き、ドイツの手工業法は、マイスター試験で確かめるのは受験者がその手工業を親方らしく営み、独立して経営し、徒弟をきちんと養成できるかだ、と定めます。条文が確かめると書いているのは、試験で示せるところまでです。

まず、源流のことです。1966年の哲学の本について、この号が当たれたのは書誌まででした。初版のほかに英国の版と後年の再刊があり、よく引かれる一句がどの版のどの頁にあるのかは確かめていません。同じ題名で中身の違う本もあります。
もう一つ。技術の知識を書き起こす動きを扱った2002年の論文は、公開されている経路を当たっても、要旨にも本文にも到達していません。だから中身は書きません。残る1本の要旨も、英国の製造業の事例2件までです。目で見る検査の話であって、厨房や物流や事務の反復作業で同じことが確かめられた、という報告ではありません。
いまのところ、形式的には共有できない——
それでも、引き出すことはできた。
だから、最初にできるのは、誰かの技を取りに行くことではありません。自分の手が覚えている作業を一つ選び、いま言葉にできるところまで書き出して、書けなかったところを数えてみることです。書けた量よりも、書けなかった場所が自分に見えていることのほうが、たぶん先に要ります。
TRY IT TODAY
- 01CHOOSE
自分が「手が勝手に動く」と感じる作業を、一つだけ選ぶ。
- 02WRITE
その手順を、いま言葉にできるところまで紙に書き出す。
- 03COUNT
「なんとなく」としか言えない勘所に印を付け、いくつ残ったかを数える。
分厚い手順書は、手に取れます。だから、そこに技が入っている気がします。この号が読めたのは、英国の製造業の事例2件を扱った要旨が1本と、条文・公式の沿革が3つ、書誌が1点まで。その範囲で書いてあったのは、いまのところ形式的には共有できないということと、体系的な課題分析を当てれば引き出せたということの、両方でした。書けない核があると分かることと、書く手を止めることは、別です。
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