IN SOURCING & SUPPLY · ISSUE 315

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「リスク評価表をつくれば、備えられる。」供給が止まるかもしれない、という話には、たいていこの一言が付きます。この号が見るのは、どのリスクが起きるかではなく、そのマス目で測ること自体が、どこまで確かかのほうです。

2008年に Risk Analysis 28巻2号へ出た解析の要旨は、こう書いています——「典型的なリスクマトリクスが、正しくはっきり比較できるのは、ランダムに選んだ危険の対のうち、ごく一部(たとえば1割未満)にすぎない」。1割未満の分母は、危険の件数ではなく、ランダムに選んだ危険の「対」です。

そして、表を埋める前に決まってしまうものがあります。2014年の検討が拾った例では、「頻繁に起きる」という同じ言葉を、ある文書は「年に1回より多い」、別の文書は「10年に1回より多い」と定義していました。この号は、評価表を勧めも止めもしません。

まず言葉をほどきます。起こりやすさを縦に、深刻さを横に取ったマス目が、リスクマトリクス(リスク評価表)です。どのマスに入るかで格付けし、危ないマスに色を塗る。国内外の標準がこの考え方を後押しし、広く使われてきました。

2008年の解析が調べたのは、表そのものの数学的な性質です。会社を追った記録でも、人で試した実験でもありません。要旨はまず前提を突きます——「この道具が実際にリスク管理の判断を良くすると、厳密に確かめた研究はほとんど無い」。そのうえで、分解能の低さを挙げます。

(仮ビジュアル)暗い室内の黒い壁ぎわに立ち、窓ガラスに自分の後ろ姿が映りこんでいる、黒いニットの女性
同じマスの二つは、同じくらい危ないのではなく、区別がつかなかっただけかもしれない。 Visual: ALIFE

もう一つがレンジ圧縮です。要旨は、量的に大きく違うリスクに同じ格付けを与えうるとも書いています。同じマスの二つは、同じくらい危ないのではなく、マス目が粗くて区別がつかなかっただけかもしれません。読めたのは、この論文の公式の抄録までです。

012008年の解析は、比べられるのは対の一部だと示した。分母はランダムに選んだ危険の対で、危険の件数ではありません。「たとえば1割未満」は要旨自身の例示で、表の作りで変わりうる値です。同じ要旨は、起こりやすさと深刻さが負の相関を持つ領域では「役に立たないどころではない」——でたらめに決めるより悪い判断へ導きうる、とも書いています。読めたのは抄録まで。

022014年の検討は、順位が設計の選び方に依存すると結論した。石油・ガスの分野の30本の論文と、複数のリスクマネジメント標準を読んだ検討です。結論の逐語は——「表が生む順位は、その設計についての恣意的な選択に依存する。たとえば、得点を昇順にするか降順にするか」。全文まで読めた一点です。

032010年の論文は、点数法と順序の目盛りの四つの問題を挙げた。認知の偏りを考えに入れないこと、言葉のラベルの読み方が人によっても同じ人の中でも揺れること、順序しか表さない目盛りを比率の目盛りのように扱ってしまうこと、相関を考えに入れないこと。著者らは、この方法に有利な客観的な証拠は乏しいとも書いています。全文まで読めたもう一点。

(仮ビジュアル)石造りの建物の階段を、黒いコートの女性がひとりで下りている写真
対の一部しか比べられない・順位は設計に依存する・順序の目盛りは掛け算に耐えない。 Visual: ALIFE

ここで、標準の性格を正しておきます。ISO 31000:2018 はリスクマネジメントの指針で、発行元の説明の逐語は——「ISO 31000 は認証の目的には使えない。ただし内部または外部の監査プログラムの手引きにはなる」。「標準に沿っているから正しい」は、標準がどういう文書かの取り違えです。

ただし、「リスクマトリクスを義務づけていない」という否定形を、ISO自身が明言しているわけではありません。確認できるのは、要求事項の文書ではないこと、技法は別文書(IEC 31010)側に置かれていること——ここまでです。規格の条文は有償で、読めていません。

01「標準に沿っているから、方法は正しい」。発行元の説明では、この指針は認証には使えません。表を禁じているか義務づけているかという以前に、要求事項の文書ではない、というのが確認できる範囲です。2014年の検討によれば、技法の側の標準は表を強く適用できる道具に挙げていますが、これはその検討が紹介している記述です。

02「マス目は、少なくともでたらめよりはまし」。2008年の要旨が挙げるのは逆の場合です。起こりやすさと深刻さが負の相関を持つ領域では、量的により小さいリスクに、より高い格付けを与えることがあり、でたらめより悪い判断へ導きうる。条件つきの指摘で、いつでもそうなる話ではありません。表が空欄なら起きない種類の間違いです。

03「マス目を細かく刻めば、直る」。細かくすると、こんどはどの線で区切るかが効いてきます。冒頭の「頻繁に」の例がそれで、同じ出来事が、どちらの物差しを使うかで別のマスに入ります。区切り方はリスクの側ではなく、表を作る側にあります。2014年の検討は、標準も色の数や各区分の幅までは決めていない、とも書いています。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
標準は要求事項ではない・逆の相関では向きが変わる・区切り方は作る側にある。 Visual: ALIFE

全文まで読めたのは六点のうち二点——2014年の検討と2010年の論文です。2008年・2005年・2016年の三点は公式の抄録まで、標準は発行元の説明頁まで。読めていないものについては書きません。

測られたものの限定も置きます。2008年と2005年は表の性質を数学的に調べた解析で、判断が良くなるかを人で確かめた実験ではありません。2005年の対象は動物用の抗菌剤のリスクという規制の領域で、供給の話へそのまま一般化はできません。2014年が読んだのも、石油・ガスの分野の論文と標準です。この号は、評価表を勧めも止めもしません。仕入先の格付けにも、災害の予測にも使えません。

同じ言葉に、物差しが二つありました。
年に1回より多い、と、10年に1回より多い。

もう一つ、表の形からくる話があります。評価表に行があるのは、あらかじめ想像できたリスクだけです。表の外の白い余白は、危険が無いのではなく、行を立てられなかった場所です。これは研究が測った結果ではなく、道具の形からくる話です。

次の3手も、研究が命じた順番ではありません。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。相手に問い合わせません。仕入先を格付けもしません。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    手元にあるリスクの一覧・チェックリスト・点検表を一つ選ぶ。自分で作ったものでも、受け取ったものでもかまいません。

  2. 02MARK

    各項目の「起こりやすさ」と「深刻さ」に印を付ける。記録や実測など数値の根拠があるものは「根」、誰かの見積りや印象なら「見」、判別できなければ「?」。

  3. 03COUNT

    最後に、根・見・?がそれぞれ何件かを数えて書く。項目の中身が正しいかは判定しません。数える課題で、直す課題ではありません。

10分。採点はありません。**仕入先や同僚を評価・格付けする課題ではありません。相手に問い合わせません。**取引や発注の判断にも、災害の予測にも使えません。手元に一覧が無ければ、気にかけている「切らしたくないもの」を数個書き出せば成立します。しんどくなったら中止を。仕事のことで眠れない、気持ちの沈みが続くというときは、この課題より先に、信頼できる相談先や医療・支援の専門家へ。

六点の著者を突き合わせると、2005年と2008年は同じ著者の連作で、独立した二つの検証ではありません。2014年の検討も、2008年が示した公理を出発点に置いています。重なっているのは、批判の側です。11年で積み上がったのは、より正確な評価表ではなく、限界の目録でした。今日残るのは判定ではありません。印のついた一覧が一枚と、「見積り」と書かれた行が、いくつか。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。