IN FINANCE · ISSUE 271

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「同業と比べて何倍だから、割安。」決算の季節に、いちばんよく流れる言い方です。マルチプル〔会社の値段を、利益や売上といった何かで割った倍率〕。この号が見るのは、その一言を言い終えるまでに何が選ばれているか、です。判定は一つも出しません。

扱うのは論文五本と、会計の基準の公式ページ二つ。一本は稿と掲載版を別に数えるので、材料は八つです。

出発点は2002年、会計の学術誌の40巻1号の論文。要旨の逐語です——"multiples derived from forward earnings explain stock prices remarkably well: pricing errors are within 15 percent of stock prices for about half our sample."(予測利益から導かれた倍率は株価を際立ってよく説明する。価格づけの誤差は、我々の標本のおよそ半分について株価の15%以内に収まる)。誤差の分母は株価で、15%はずれの大きさ。当たった会社の割合ではありません。

順位も同じ要旨に——"forward earnings measures are followed by historical earnings measures, cash flow measures and book value of equity are tied for third, and sales performs the worst."(予測利益の尺度に続くのが実績利益の尺度、キャッシュフローの尺度と株主資本の簿価が三番手で同順、そして売上がいちばん悪い)。物差しは五つ。順位は毎年一貫して観察される、とも。

ただし「倍率は使えない」ではありません。予測利益の倍率はよく効く、という側の結果です。同じ要旨は限定も三つ——複雑な内在価値の尺度にすると意外にも成績は落ちること、順位は業種をまたいでも一貫すること、分析者の予測と正の値を要求するので標本から除かれた多くの会社×年を代表していないかもしれないこと。読めたのは要旨までなので、標本の期間も国も会社の数も書きません。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
予測利益・実績利益・キャッシュフロー・簿価・売上。五つ並べた順位で、いちばん下は売上でした。 Visual: ALIFE

物差しを選び終えても、選択は残ります。「同業と比べて」の、その同業を誰にするか。そしてもう一つ、買った額のうち目に見える資産で説明できない部分——のれんが、いくらとして帳簿に残るのか。その額は、誰がどう決めているのか。

012002年の要旨は、五つの物差しに順位を付けた。約半分とは、そのずれが15%以内に収まった会社×年の割合です。当たる確率が半分、ではありません。

02同じ巻の次の号は、比べる相手の選び方を示した。40巻2号の論文は、評価の理論から各社に正当化される倍率を作り、最も近い会社を比較対象とします。検証は、一年先から三年先の企業価値売上倍率と株価純資産倍率をどれだけ予測できるか。他の手法より改善した、と要旨に。

032012年の論文は、のれんの見積りは検証できないと書いた。要旨の一句——"The current fair value of goodwill is unverifiable because it depends in part on management's future actions"(のれんの現在の公正価値は、一部は経営者の将来の行動に依存するため、検証できない)。標本は124の会社×年、2003年から2006年、評価損を計上しなかった頻度は69%。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
どの数字で倍率を作るか・誰を比べる相手にするか・のれんをいくらと見積もるか。まず並べたのは、この三つ。 Visual: ALIFE

無形資産についての国際的な基準の公式ページは、無形の項目への支出は原則として費用で、将来の経済的便益が見込め原価が信頼性をもって測定できる場合にだけ資産になる、と書きます。研究の局面の支出は費用、要件を満たす開発の支出だけが資産の原価。のれんは、この基準の範囲外です。

1999年、同じ雑誌の37巻2号の論文は、利益・キャッシュフロー・簿価の有用性が過去20年で劣化してきたと報告します。主語は無形の増加ではなく「変化」のほうで、革新にせよ競争にせよ規制緩和にせよ、その影響が報告の仕組みに十分反映されない。無形への投資は、その主要な起こし手です。

国名を書いているのは八つのうちこの一点だけで、「米国の事業体」です。この論文が言う「大きな投資は即時に費用処理される」は、上の基準とは別の枠組みの話です。

01「業種ごとに、いちばん合う倍率がある」業種別の早見表はよく配られます。ところが、同じ要旨は——"Contrary to the popular view that different industries have different ‘best’ multiples, these overall rankings are observed consistently for almost all industries examined."(業種が違えば「最良の」倍率も違うという一般に流布した見方に反して、これらの全体的な順位は、調べたほぼすべての業種で一貫して観察される)。「ほぼすべて」であって全部ではありません。

02「成長を考えに入れると、精度が上がる」1992年、同じ雑誌の30巻1号の論文——比べる会社の集合の選び方で、評価の正確さがどう変わるかを調べたもの。後続の文献に現れるのは逆向きです。業種の分類を2桁や3桁に狭めると誤差は下がるが4桁では改善せず、"further controls for firm size, leverage, and earnings growth do not reduce valuation errors after controlling for industry membership"(企業規模・レバレッジ・利益成長をさらに統制しても、業種への所属を統制したあとでは評価の誤差は減らない)。孫引きであって原典の文ではなく、どちらの向きも確定させません。

03「帳簿の無形やのれんの額は、測られた真実だ」基準を作った側は、経営者がその見積りで私的な情報を伝えるだろうと予測しました。2012年の論文の結びは——"Our evidence, while consistent with some agency-theory derived predictions, does not confirm the private information hypothesis."(我々の証拠は、いくつかの代理人理論から導かれた予測とは整合するものの、私的情報の仮説を裏づけない)。標本の会社が特定の会計規則のせいで評価損を避けている、という但し書きも著者ら自身が置いています。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
業種ごとの最良・成長を足すと上がる精度・測られた無形の額。取り違えるのは、この三か所。 Visual: ALIFE

全文まで読めたのは八つのうち二つ。読めていないものについては書きません。1992年の論文には、要旨そのものが存在しません。その年代のこの雑誌が要旨を載せていないからで、この号はその論文の数値を一つも書いていません。2012年の論文で読めたのは、掲載版ではなく作業論文の稿。のれんの減損を扱う基準は本文に到達しておらず、一語も引いていません。

水準は企業で、会社あるいは会社×年です。2012年の論文の本文に標本の国名の印字は無く、データベースの名前から国を推し量ってもいません。無作為な割り付けの実験は、読めた範囲に1本もありません——残る五つは要旨までか未到達なので、「八つのどれも実験ではない」とは書きません。誤差の分母も、有用性の物差しも、標本の選び方も株価がらみですが、どの倍率が割安かも、いつ買えばよいかも書きません。

予測利益から作った倍率は、株価を際立ってよく説明した。
同じ論文の同じ順位で、いちばん悪かったのは売上でした。

次の3手も、研究が命じた順番ではありません。目にした評価を書き写したとき何が起きるかを確かめた研究は、この号にはありません。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    今日目にした「割安」「割高」「◯倍」という評価を一つだけ、そのまま書き写す。自分で計算はしません。

  2. 02SORT

    何を物差しにしているかと、誰と比べているかを一語ずつ書く(予測利益・売上・簿価/同じ業種・同じ規模・去年の自分)。書かれていなければ「書いていない」と。

  3. 03NOTE

    いつの数字かを一行だけ書き足す(去年の決算、今期の見込み、書いていない)。残すのは、その一文と、二つの欄と、この一行だけ。

5分。採点も判定もしません。**この課題は、株式や金融商品の売り買い、資金の出し入れの判断には使えません。**誰にも見せず、提出もしません。お金のことが気になって眠れないときは、この課題より先に、信頼できる相談先や専門の窓口へ。

確かめられたのは四つ。2002年、五つの物差しに順位が付き、誤差が株価の15%以内に収まるのは標本の約半分、売上が最悪だったこと。同じ巻の次の号が、比べる相手の選び方を示したこと。2012年、124の会社×年・2003年から2006年・評価損を計上しない頻度69%の標本で、私的情報の仮説は裏づけられなかったこと。1999年、劣化の原因が変化全般に置かれたこと。基準の公表は1998年、採択は2001年。

著者の名前は一つも重なりません。重なっているのは掲載誌のほうで、五本のうち四本が同じ一つの雑誌、2002年の二本は同じ巻の隣り合う号です。「マルチプル」という語だけが、一つの数字で会社の値段を言い当てられるという含みを持ち込みます。その含みは、引いた八つの側からは出てきません——というのが、この号の読み筋です。今日残せるのは判定ではありません。記録が1件、残るだけです。

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本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。