IN FINANCE · ISSUE 269

(仮ビジュアル)暗い寝室で、白い枕に頬をつけ、白い掛け布団にくるまって目を閉じている女性の写真● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「計算すれば、会社の値段が出る。」この号が見るのは値段ではなく、その数字がどう作られ、前提の置き方でどこまで動くか、のほうです。割安か割高かの判断は出てきません。

使ったのは六つの資料。全文まで読めたのは六つのうち二つ、抄録まで読めたのが二つ、残る二つは題名と書誌までです。読めていないものは書きません。

出発点は1994年4月の作業論文。要旨の一句——"Our estimates of discounted cash flows are within 10%, on average, of the market values of the completed transactions."(我々の割引キャッシュフローの推定値は、完了した取引の市場価値の、平均で10%以内に収まっている)。1983年から1989年に完了した高レバレッジ取引51件で、予測を書いたのはその取引の経営陣です。向きは、値切りの向きと逆でした。読むのは「平均で」のほうです。

その10%は、何の10%か。要旨は「平均で」、最後の節は「我々の中央値の推定は10%以内」。中央値〔小さい順に並べた、真ん中の値〕、つまり51件の真ん中あたりの話です。割引率の作り方三通り(会社ごと・業種ごと・市場全体)での誤差の中央値は6.0%・3.2%・1.0%。

一件ずつは、同じ表の別の欄。誤差が15%以内に収まった割合は、会社ごとでほぼ半分、業種ごと・市場全体で6割超。平均絶対誤差〔外れ幅の大きさだけを平均した値。打ち消し合いが起きません〕は20%と17%未満。15%を「小さい」誤差とするのは通常40%以上の上乗せ幅より小さいからで、恣意的だとも断ります。

著者たち自身が先に書いています——"It is possible, however, that one of the approaches could successfully estimate the transaction value on average, yet perform poorly in explaining the variation in transaction values."(ある手法が、平均としてはうまく推定しながら、ばらつきの説明では振るわないことはありうる)。予測が上へ寄る誘因も自分で挙げ、事前の偏りの証拠はほとんど無かったとも書きます。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
平均で10%以内。一件ずつでは、15%以内に収まったのはほぼ半分から6割超。同じ51件の、同じ論文の数字です。 Visual: ALIFE

芯はその先。同じ51件、同じ数式のまま、前提を一つ動かすとどうなるか。リスクプレミアム〔株式に求められる、国債より上の上乗せ分〕は、1926年から取引の公表前年までの、株価指数と長期国債の収益率の差の算術平均。51件での中央値は7.42%、幾何平均に替えるだけで5.41%——およそ2ポイント低い、と著者自身が書きます。

上乗せ分を6%にすると誤差の中央値は+15.9%・+14.1%・+12.4%、9%にすると−3.3%・−6.3%・−9.2%。3ポイントで答えが19ポイント前後動き、符号まで変わります。最終価値〔予測を打ち切った先ぜんぶを置く値〕の伸び率も同じで、0%なら含意される上乗せ分は5.00%、6%なら8.81%。基準の4%は——"we feel that a 4% growth rate is the economically most plausible assumption"(4%の成長率が経済的にもっともらしいと、我々は感じている)。測ったのではなく、感じている、です。

011994年の作業論文は、51件で平均10%以内と報告した。材料は、1983年から1989年に完了した高レバレッジ取引51件。平均で10%以内は51件の真ん中あたりの話で、一件ずつの上限ではありません。似た取引と見比べるやり方の15%以内は37%と47%で、著者たちは両方を使うことを勧めます。

021998年の抄録は、発生主義の利益を使う技法のほうが誤差が小さいと報告する。無限の先までは予測できず、打ち切りが厄介な最終価値の計算を生む——そう置いて、抄録は書きます。"Valuation errors are lower using accrual earnings techniques rather than cash flow and dividend discounting techniques."(評価の誤差は、キャッシュフローや配当を割り引く技法よりも、発生主義の利益を使う技法のほうが小さい)。抄録には、標本も期間も国も印字されていません。

032001年の抄録は、その比較そのものを筋違いと呼ぶ。二つのモデルは実務でも研究でも違う推定値を出す。抄録はこう書きます——"the research literature devoted to comparing the accuracy of these two models is misguided; properly implemented, both models yield identical valuations for all firms in all years"(二つのモデルの正確さを比べる研究の流れは筋違いだ。正しく実装すれば、二つはすべての企業・すべての年で同一の評価額を返す)。差は、食い違う前提をあてがったせいだ、とも。

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真
平均と個別・道具で変わる誤差・比較そのものが筋違いという指摘。まず並ぶのは、この3本。 Visual: ALIFE

読めなかった二本にも、題名は付いています。配当・キャッシュフロー・異常利益による価値推定の比較(2000年)と、最終価値の表現を替えた株式評価(2001年)。どちらも、抄録に届きませんでした。この二本が何を報告したかは書きません。題名は、主張ではありません。

01「割引計算なんて当たらない」——読んだ範囲では、向きは逆だった。値切りたい気持ちが先に来ます。けれど1994年の作業論文が報告したのは擁護の側で、似た取引と見比べるやり方と比べても少なくとも同等でした。書けるのは、当たったのが平均のほうだった、というところまで。「平均で10%以内」と「一件ずつでは20%ほど外れる」は、矛盾しません。

02「どちらのモデルが正しいかは、もう決着している」。1998年の抄録は有限期間で測ったときの誤差の順序を報告し、2001年の抄録はその競争そのものを筋違いと呼びます。片方は推定したときの誤差、もう片方は前提を一貫させたときの一致の話。一方を正しい側に置くと、両方が壊れます。

03「あの有名な資料に、そう書いてある」——参照先は、別のデッキだった。材料には査読誌でないものが二つあります。うち一つの配布資料は「評価の暗黒面——偏り、不確実性、複雑さ」を副題に掲げ、失敗の理由として三角形の図を置きます。ところが、それが入っているのは、参照先として書かれていたファイルではありませんでした。そちら(2011年作成・52枚)の副題は「評価しにくい会社を評価する」で、複雑さ・先入観・バミューダの語は0件。三角形があるのは別のファイル(2022年作成・34枚)。同じ題名、同じ著者、違う中身。査読された実証でもなく、"In practice, people often decide what to pay and do the valuation afterwards."(人はしばしば、払う額を決めてから評価をする)は、書き手の見立てです。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
当たらないという誇張・決着していない方法論争・参照先の取り違え。取り違えるのは、この三か所。 Visual: ALIFE

全文まで読めたのは、六つのうち二つ。残る二つは題名と書誌までなので、結論も標本も数値も書いていません。無作為な割り付けの実験は、読めた範囲のどこにもありません。題名までの二本は、確かめようがありません。

51件は完了した高レバレッジ取引で、成立しなかった案件は入っていません。水準は取引で、会社でも人でもありません。標本の国は書きません。読めた原典に、それを宣言する一文が無いからです。これは、買う・売るの合図ではありません。分母は完了した取引の時価です。

平均で10%以内。一件ずつでは、15%以内に収まったのはほぼ半分から6割超。
同じ51件について、同じ論文が書いている数字です。

次の3手も、研究が命じた順番ではありません。あなたが目にした数字の前提を写したとき何が起きるかを測った研究は、ありません。判定はしません。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    今日の日付を書き、記事や広告で目にした「会社の値段」「将来いくらになる」という数字を一つだけ書き写す。無ければ、家計の試算のような身近な見積りで足ります。

  2. 02FIND

    その数字が置いている前提を一つだけ書き写す。割引率、成長率、何年先まで見ているか——どれか一つで。無ければ「前提の記載なし」。

  3. 03NOTE

    その前提を動かすと結論がどう変わると書かれているかを1行で書く。無ければ「感度の記載なし」。記録は、日付と、数字と、前提一つと、この1行だけ。

5分。採点はありません。数字の正しさは判定せず、自分で計算し直すこともしません。誰にも見せず、提出もしません。**この記録は、資金の出し入れや、株式の売り買いの判断には使えません。**お金のことで眠れないときは、信頼できる相談先や専門の窓口へ。

年代順に、1994年の突き合わせ、1998年の「発生主義の利益のほうが誤差が小さい」、2000年と2001年の比較が二本、同じ2001年に「比較そのものが筋違い」。六つの資料に、同じ人の名前は二度出てきません。重なっていたのは、著者ではなく問いのほうです。

確かめられたのは四つ。51件で、平均としては10%以内だったこと。一件ずつでは15%以内にほぼ半分から6割超しか入らなかったこと。上乗せ分を6%と9%に替えるだけで誤差の中央値が+15.9%から−9.2%へ動き、基準の4%は著者が「もっともらしいと感じている」ものだったこと。道具どうしの優劣が、まだ確定していないこと。入れた意見に桁を付けて返しているだけだ——というのが、この号の読み筋です。今日残せるのは、数字が一つと、その前提が一つ。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS企業価値・時価総額設計力を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

中央値
全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。

Next in finance

VIEW ALL
ISSUE 268安全と危険のあいだは、無知の領域だった。ISSUE 270その指標の名前は、登録商標だった。
ALIFE · ISSUE 269

本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。