IN FINANCE · ISSUE 264
● 12 SEC「自己資本比率が30%あるから、あの会社は安全だ。」会社が丈夫かどうかは、たいてい一つの比率で片づきます。この号が見るのは、いくつなら安全かではなく、数字の出どころと、分母の中身です。
扱うのは論文4本、会計基準の文書2つ、実務の指南記事1つの計八つ。会社名も銘柄も出てきません。「30%あれば安全」の出どころは、会計・経営メディアの実務指南記事でした。査読された研究ではありません。
そこに並ぶのは四つ——30%以上が安定で30%未満は注意、安全圏は40%以上、優良ラインは50%以上、20%未満は危険水域。四つとも同じ一つのページの中で、どれも研究がデータから探して置いた値ではありません。
ただし同じ記事は、業種でモデルが違うから同業他社との比較が要ること、比率が高くても現金が足りなければ支払いは滞ることも書き、「自己資本比率だけにとらわれるのは危険といえます」と結びます。出した側が、それだけを見るなと書いている。
同じページには平均も二つ。全産業の平均は約40%、三業種平均(製造業・卸売業・小売業)は約43%で、分母が違います。業種別は製造業50.8→51.4%、卸売業41.6→42.1%、小売業43.9→45.9%(2022→2023年度)。同記事が公的な統計調査(2024年調査・2023年度実績)から引いた二次で、この号は調査に当たっていません。

では、査読の側は。別々の面の手がかりを一つずつ点にして足す——この手つきを最もはっきり形にしたのが2000年の論文です。ただし、束ねた先で測られていたものが違いました。
01測られたのは、市場調整後リターンだった。九つの信号は収益性4・負債と流動性3・効率2で、4+3+2で9。満たせば1点、合計は0〜9点。対象は1976〜1996年の各年、簿価時価比率〔帳簿の元手÷市場が付けた値段〕が上位五分の一の会社だけ。21年間の14,043は会社数ではなく会社×年の観測数です。原典はこの集団を業績の悪い会社の集まりとし、41.6%が直前2会計年度に損失を出したと書きます。測ったのは決算期末の5か月後から持ち続けた1年と2年の市場調整後リターン〔値上がり・値下がりから、同期間の市場全体の動きを引いた残り〕。順位相関は1年後0.121、2年後0.130。
02束ねてなお、大多数は3点から7点に集まった。14,043のうち強い側(8点か9点)が1,448、弱い側(0点か1点)が396。足しても1,844で、残る大多数は3点から7点です〔内訳は原典に無く、足し算は閉じません〕。原典の言い方は"a vast majority of the firms have conflicting performance signals"(会社の大多数で業績の信号が互いに食い違っている)。両端の1年後の平均は0.134と–0.096、差は0.230。要旨は、強い会社を選べば年率で少なくとも7.5%、買いと空売りを組み合わせた戦略なら年率23%とも書きます。どちらも売買の年率で、買う・売るの合図として渡しません。
031989年と1993年の二本には、要旨そのものが無い。公的な書誌データベースにも、どちらも要旨は無いと印字されています。読めたのは、2000年の論文の中の紹介文だけ。そこには、1989年の論文は財務比率の並びが将来の利益の変化を正確に予測できることを示した、1993年の論文は"claimed to be useful to financial analysts"(アナリストに有用だと主張されている)12の信号を用い、同時期のリターンと相関することを示した、とあります。実際に使われていると測られた、ではありません。1989年の論文には1992年の再現研究が登録されていますが、支持か反証かは読めていません。

分母の話も。分子も分母も作るのは貸借対照表で、何が載るかは会計の基準が決めます。無形資産の基準の公式ページは"internally generated brands, mastheads, publishing titles, customer lists and similar items are not recognised as intangible assets"(内部で創設されたブランド、題号、出版表題、顧客名簿および類似の項目は、無形資産として認識されない)と書きます。内部創設ののれんも、識別可能でないため資産になりません。買ってきたものは載り、自分で育てたものは載らない。
同じページは、当初は原価、その後は通常は原価から償却を引いた額、活動的な市場を参照できるまれな場合は公正価値、とも書きます。一つの基準の中で、取得したときの値段と今日の時価が併存します。貸借対照表全体の物差しを定めるのは別の文書で、そちらには到達していません。基準は1998年公表・2001年採択、2004・2008・2014年に改訂。読んだのは2026年時点の公式ページです。
01「自己資本比率が高いほど、安全だ」30%、40%、50%、20%。四つは同じ実務記事の同じページに並び、査読された研究の推定値ではありません。早見が雑だという話ではなく、早見を出した側が自分で付けた三つの但し書きのほうが、流通するときに落ちる、という話です。
02「束ねたスコアなら、会社の健全性が分かる」測られたのは会社の丈夫さではなく、市場調整後リターン。対象も簿価時価比率が上位五分の一の会社だけで、全部の会社の話ではありません。束ねてなお大多数は3点から7点に残り、著者自身も"does not purport to find the optimal set of financial ratios"(最適な財務比率の組を見つけたと主張するものではない)と書いています。
03「2001年のあの一本が、簿価と価値を整理した」あれはまとめではなく、別の論文への反論です。要旨の1文目が、別の研究者2名の2001年の論文とは対照的な見方だと宣言します。著者ら自身、指定討論者だから相手の論点だけを扱い、網羅的な総覧ではない、と範囲を限ります。相手方は基準設定にほとんど示唆を与えないと結論し、この論文は実り多い示唆を与えると結論する。どちらか一方を、この号は正しい側にしません。運びたい一文は"not to estimate firm value"(企業価値を推定するためのものではない)。

全文まで読めたのは八つのうち三つ——2000年の論文、無形資産の基準の公式ページ、実務の指南記事。要旨までが一つ、届いていないのが四つ。読めていないものについては書きません。水準は企業で、原典は国を書いていません。非上場・非営利・行政は入っていません。無作為な割り付けの実験は、その三つのどれにもありません(残る五つは読めていないので、八つのどれも、とは書きません)。
これは、銘柄選びの話でも、経営の助言でもありません。要旨の主結果は買いと空売りを組み合わせた戦略の年率で、買う・売るの合図に読み替えないでください。融資や取引の判断にも使えません。
九つ束ねてなお、大多数は3点から7点でした。
原典の言い方は、信号が食い違っている、です。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。分母を書き写したとき何が起きるかを測った研究は、ありません。判定も、良し悪しも付けません。
TRY IT TODAY
- 01PICK
この一週間で目にした「健全性」の比率を一つ書き出す。名前と、数字と、どこで見たか。
- 02COPY
その分子と分母に何が入るかを、資料の範囲だけ写す。無ければ「書いていない」と書く。
- 03NOTE
その比率が映していない面を、思いつく範囲で三つ。埋まらなければ、埋まった数で終わりに。
年代順では、1989年と1993年の二本、1998年の無形資産の基準(採択は2001年)、2000年の合算、2001年の衝突。著者名の重なる出典はなく、重なっているのは読めた経路のほうです。1989年と1993年の情報は、すべて2000年の論文の紹介文から来ています。その論文自身も同じ系譜の後続で、独立した検証ではありません。
確かめられたのは四つ。四つのしきい値が同じ実務記事の1ページに並び、その記事自身が比率だけを見るのは危険だと書いていたこと。九つを束ねてなお14,043のうち両端は1,448と396で、大多数が3点から7点に残ったこと。要旨の無い二本と、向きの読めない再現研究。2001年の一本が反論だったこと。「健全性」という語だけが、一つの数字で丈夫さが言い当てられるという含みを持ち込む——というのが、この号の読み筋です。記録が1件、残るだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS財務体質・バランスシート健全性を、もっと深く学ぶ。→