IN FINANCE · ISSUE 263

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「自己資本が厚い会社は、安全だ。」純資産(自己資本)は、資産の合計から負債の合計を引いた残り。この号が見るのは、どのくらい厚ければ安全かではなく、その言い方がどこから来て、どこまで確かめられているか、です。

出発点は1984年の作業論文〔学術誌に載る前に公開される原稿。刊行版とは表題も中身も違うことがあります〕第1393号。二つの説を正面から並べた1本です。

静的トレードオフ理論では、借入の税の優位が、限界のところで財務的困窮の費用と釣り合ったときに最適な資本構成に達する。ペッキングオーダー理論では、負債比率は外部資金の累積の必要を映すだけで、目標ではない。同じ「厚い」が、別のものを指しています。

トレードオフ側の得は税、損は財務的困窮の費用——倒産の法的・事務的な費用に加え、正式な債務不履行が避けられた場合でさえ企業価値を損ないうる、見えにくい費用まで含みます。釣り合う点が「ちょうどよい点」です。

ペッキングオーダー側は、資金の順番を4段で書きます——内部資金、手元の現金や証券の取り崩し、負債、中間的な証券、最後の手段としての株式。目標の組み合わせは無いと原典は書きます。

肩入れの手つきは、自分にも向きます——"The static tradeoff story works to some extent, but it seems to have an unacceptably low R2."(ある程度は働くが、当てはまり〔0から1のあいだで、1に近いほど、その説明で実際の並びを再現できる〕が受け入れがたいほど低い)。税の説明に実在する4社の社名が引かれていますが、伏せます。

(仮ビジュアル)薄暗い部屋の黒枠の大きな鏡の前で、黒いローブ姿の女性が鏡に映った自分と静かに向き合っている写真
片方の説では、厚さにちょうどよい点がある。もう片方では、厚さは外部資金を必要としてこなかった履歴になる。1984年の1本が並べた二つです。 Visual: ALIFE

では、どちらが実際の会社の動きを言い当てるのか。その確かめ方のほうに問題があった——と、確かめた側の論文が自分で書いています。

011984年の1本が、二つの説を対比した。片方では厚さに最適な点があり、もう片方では厚さは目標ですらなく、外部資金を必要としてこなかった履歴になります。ただし著者は自分の代案にも——"I warn you that the following ‘modified pecking order’ story is grossly oversimplified and underqualified."(ひどく単純化されており、限定が足りていない)。

02同じ1984年の作業論文 第1396号は、増資の見送りを模型で示した。経営者が投資家より会社をよく知る状況では、株を売ろうとすると外からは「高すぎると思って売りに来たのでは」と見える。だから発行を拒み、価値ある投資機会を見送ることがある——観察ではなく、模型が示すことです。

031994年の作業論文 第4722号が、二つを同じ土俵に載せた。抄録は、ペッキングオーダー側の説明する力〔実際の動きをどれだけ言い当てられるか〕がはるかに大きいと報告し、続けて"We show that the power of some usual tests of the trade-off model is virtually nil."(通常の検定のいくつかは、その力がほぼ皆無)。模型は単純で、退けられうる仮説の検定を工夫すべきだとも書きます。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
二つを並べた1984年・増資の見送りを示した1984年・二つを同じ土俵に載せた1994年。まず並べられたのは、この3本。 Visual: ALIFE

その前に、どちらの説でもない軸を一つ。2004年の論文の抄録は、米国企業は株価の機械的な効果を打ち消すようには動いておらず、1年から5年の期間では株式リターンが負債比率の動きのおよそ40%を説明できる、と書きます。40%は負債比率の動きの割合で、資産の4割でも、厚さの4割でもありません。純発行活動が別に60%を説明できるとも並びますが、足し合わせる内訳ではありません。

原典は"corporate issuing motives remain largely a mystery."(発行の動機は、依然としておおむね謎のままである)で止めます。2002年の論文も、いまの資本構成は市場のタイミングを計ろうとした過去の試みの累積だ、という理論を示唆するまで。抄録に国も期間も標本の大きさもなく、「高いときに発行しろ」でもありません。厚さは設計か、株価に押された履歴か——別の軸です。

01「厚い会社は安全だ」は、二つの説の片方の言い方。そちらでは厚さに「ちょうどよい点」がありますが、もう片方では目標ですらありません。1994年の1本の結論5点のうち(2)は「単純な目標調整模型も、単独で検定すれば良い記述に見える」、(5)は「それは偽であってさえ退けられない」。力の無い調べ方で退けられなかったことは、正しさでも間違いでもありません。

02「増資は割安に見られるから避けるべきだ」は、前提つき。1984年の模型は、既存株主が受け身で、発行・投資の決定に応じて持ち分を組み替えないと仮定しています。外すとどうなるか——"If old shareholders are assumed to be active … then financing does not matter: financial slack has no impact on investment decisions."(能動的で、学んで組み替えるなら、資金調達は問題にならない。手元の余裕は投資の決定に影響しない)。結論は、同じ論文の中で消えます。

03「税があるのだから目一杯借りろ」は、著者が退けた読み。1963年の論文は、1958年の自分たちの論文への訂正です。税引き後では負債の側に優位が生じる——引かれないのは第5節の先——"does not necessarily mean that corporations should at all times seek to use the maximum possible amount of debt in their capital structures."(常に、可能なかぎり最大限の負債を用いるべきだ、という意味では必ずしもない)。内部留保のほうが安くつきうること、「柔軟性を保つ必要」が理由です。

(仮ビジュアル)縦に3分割された写真。左は乱れた寝具のベッド、中央は窓の外へ目を向ける女性、右は玄関の床に脱ぎ置かれたコートと鍵
厚いほど安全は片方の説・増資の見えないコストは前提つき・最大限借りろとは書かれていない。取り違えやすいのは、この三か所。 Visual: ALIFE

全文まで読めたのは6本のうち4本で、うち3本は作業論文の版。残る2本は抄録までで、読めていないものについては書きません。1994年の標本は大企業157社・1971年から1989年(原典は国を書いていません)で、比較的大きな企業へ偏りうる、大半は投資適格だと著者自身が断ります。

無作為な割り付けの実験は、到達した範囲に1本もありません。読めた4本を走査して出てくるのは、模型の中の確率変数、偶発的な出来事の比喩、数値計算の試行、人工的な系列のシミュレーションだけ。残る2本は抄録までなので、その範囲には割り付けの記述が無い、とだけ書きます。買う・売るの合図でも、増資の合図でもありません。いくら厚ければ安全かというパーセントも書きません。

ペッキングオーダー模型のほうが、説明する力ははるかに大きい。
ただし、それを試す通常のやり方の力は、ほぼ皆無である——と同じ抄録が書いています。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。研究が扱ったのは、模型の中の企業と、大企業157社の19年分の負債比率です。手元の欄を書き分けたとき何が起きるかを測った研究は、ありません。判定はしません。厚い・薄いも付けません。

TRY IT TODAY

  1. 01OPEN

    紙かメモアプリを開き、**純資産(自己資本)にあたる欄を一つだけ**開く。決算資料でも報道の表でもよく、手元に無ければ自分の家計の「借りたぶんを引いた自前の資産」で足ります。

  2. 02COPY

    その欄が**どんな名前の項目に分かれているか**を、資料の言葉のまま書き写す。金額の大小は測らず、厚い・薄いの判定もしません。分からない項目は「不明」と。

  3. 03TAG

    写した項目に「稼いでためたもの」「外から入れたもの」「評価で乗ったもの」「不明」の札を付け、いくつあったかを数える。残すのは、項目名と札と個数だけです。

10分。採点はありません。安全ラインのパーセントも、他社の比率も調べません。書いたものは誰にも見せず、提出もしません。**株式の売り買いや、資金の出し入れの判断には使えません。**苦しくなったら中止を。

1984年の2本と1994年の1本は、著者が同じです。二つの説を分けて対比した側が、二つを同じ土俵に載せて確かめる側にもいました。別々の陣営から出た両論が拮抗している、という構図ではありません。同じデータを見ている2本は1組もありません。

確かめられたのは四つ。片方には最適な点が、もう片方には外部資金の累積を映す履歴があること。提唱した側が自分の代案にも「限定が足りない」と警告していたこと。増資を避ける結論が「既存株主は受け身」という前提の上に立つこと。説明する力は片方が大きいが、もう片方を試すやり方には力がほぼ無いこと。厚さは、安全のために選ばれたのではなく、市場に選ばれた履歴として残っている——というのが、この号の読み筋です。残せるのは、項目名と札と個数だけです。

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