IN FINANCE · ISSUE 262
● 12 SEC「借金には、ちょうどよい割合がある。」財務の本には、真ん中に頂点のある山型の曲線が載ります。この号が見るのは、その曲線の出どころに原典が何と書いているか、です。
扱うのは、資本構成〔借りたお金と自前のお金で資産をどう賄うかの割合〕とレバレッジ〔てこ。借りたぶんだけ損も増幅されます〕をめぐる7本の論文と1冊の本。1958年、税も倒産の費用も情報の偏りもない世界を仮定して、会社の市場価値は資本構成と無関係だという命題が立ちました。
ただしこの号は、その本文に到達していません。読めたのは1963年の論文が引き写した部分だけ。その1963年は副題からして「訂正」で、書いたのは同じ二人です。独立した二本目ではなく、一本目の訂正です。
何が「誤り」だったのか。1963年の論文は1958年の論文から自分たちの文を引き写し、斜体の部分を指してこう書きます——"The statement in italics, unfortunately, is wrong."(斜体にした記述は、残念ながら、誤りである)。
では、答えはどちらへ動いたのか。"the tax advantages of debt financing are somewhat greater than we originally suggested"(税制上の優位は、当初示唆したよりもいくらか大きい)。向きは「借りるほうが得」の側ですが、大きさはそこまで。同じ文は、二つの見方の隔たりは相変わらず大きいままだと続きます。
芯はその先。最終節で著者たちは自分の結果に釘を刺します。"does not necessarily mean that corporations should at all times seek to use the maximum possible amount of debt in their capital structures."(企業が常に最大限の負債を用いようとすべきだ、という意味では必ずしもない)。理由は三つ——内部留保のほうが安くつきうること、貸し手が課す制約、「柔軟性を保つ必要」から借入余力を厚く残すこと。「税で得だから最大限借りろ」は、著者自身が同じ節で否定した読みです。

1976年に足されたのは、もう一つの摩擦。エージェンシー費用〔誰かに任せることで生じる目減り〕は、任せた側の監視の費用、任された側が約束を担保する費用、残余損失の三つの合計です。
同じ論文は、いま引いた最終節を引用して、モディリアーニとミラーは最適な資本構成の理論を事実上持たないままに置かれている、と書きます。
011958年の定理は、摩擦を消した世界の上に立つ。会社の市場価値は資本構成と無関係——よく引かれる一文です。ただし実証ではなく、摩擦を消した世界を紙の上に置いて導いた命題。摩擦を一つ戻せば、結論も戻ります。
021963年が動かしたのは「いくらか大きい」まで。向きはたしかに「借りるほうが得」の側。ただし最終節が、常に最大限ではないと理由を三つ挙げて書きます。教科書が公式だけを取り出すと「最大限借りろ」になります。
031976年は「中間で決着した」とも書いていない。教科書の山型は、税の得と倒産の費用の損を釣り合わせると出ます。1976年の論文はその釣り合わせ方を"seriously incomplete"(重大に不完全)と書きました。税の補助が無い時代にも負債は使われていた、というのが理由です。

測った4本は、揃いません。1988年の論文は米国の上場企業469社・1974年から1982年で、負債は事業の独自性と負の関係、利益の出ている会社は株式の時価に対して負債が少ないと報告。予想成長・負債以外の節税の盾・変動・資産の担保価値は、支持する証拠が見つからなかったとも。標本が大きな会社へ偏るかも、とは原典自身の断り。
1994年の作業論文は、米国・日本・ドイツ・フランス・イタリア・英国・カナダの主要7か国で負債の使われ方は似ていると報告しつつ、結論は"the theoretical underpinnings of the observed correlations are still largely unresolved."(観察された相関の理論的な裏づけは、いまなお大きく未解決である)。2001年の調査では、392人の財務責任者のうち目標とする負債比率を持たない会社が19%、柔軟な目標が37%、やや厳しい目標が34%、非常に厳しい目標が10%。
01「節税なのだから、理論はできるだけ借りろと教えている」。否定したのは1963年の論文自身。38年あとの調査で、負債の方針に効く要因に0から4の5段階で3か4(重要・非常に重要)と答えた割合は、財務上の柔軟性59.38%(平均2.59)、信用の格付57.10%(2.46)、利益と現金の流れの変動48.08%(2.32)、内部の資金の不足46.78%(2.13)、金利が特に低いとき46.35%(2.22)、利息が損金になる税制上の優位44.85%(2.07)。「柔軟性を保つ必要」が一位、税の機構は六番目。ただし同じ論文は負債を「中程度に重要」とも書きます。
02「だから最適点は中間のどこかにある」。「中間のどこか」は、教科書が整えた形。1976年の論文は釣り合わせ方を「重大に不完全」と書き、1963年の最終節を引いて「理論を持たないまま」としました。「最適点はここだ」と指させる場所は、読んだ原典に出てきません。
03「大量に調べれば、決まる要因は分かっている」。2009年の論文は米国の上場企業(1950年から2003年)で、市場レバレッジの信頼できる要因を六つに絞りました。ただし簿価に替えると、企業規模・時価簿価比率・インフレの三つは信頼できなくなります。なぞれた割合は序論で27%超(残りはさらに2%)、結果の節で約29%——会社の割合ではなく、レバレッジのばらつきをなぞれた分です。予想インフレは270,000超の企業と年の組み合わせではなく54の年しか観測が無い、と著者自身が値切ります。ただし要旨の最後は、トレードオフ理論のいくつかの版とはそれなりに整合する、と結ばれます。

全文まで読めたのは8点のうち6点。読めていない2点については書きません。測られているのは米国の上場企業、主要7か国の会社、米国とカナダの財務責任者。会社を無作為に割り付けた実験は、読めた6本のどれにもありません。2001年の調査は、測るのは信念であって行動ではない、と著者自身が断ります。
これは、借り方の助言ではありません。企業の価値も市場レバレッジも時価簿価比率も、株式の時価が入った指標です。買う・売るの合図に読み替えないでください。最適な負債の割合が何%かも書きません。どの論文も、その一点を測ってはいないからです。
負債の税制上の優位は、当初示唆したよりもいくらか大きい。
だからといって、常に最大限の負債を用いるべきだという意味ではない。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。支払い義務を一つ写したとき何が起きるかを測った研究は、ありません。判定はしません。良し悪しも付けません。
TRY IT TODAY
- 01PICK
手元で自由に見られる支払い義務を一つだけ選ぶ。期日のあるものなら何でも。
- 02COPY
期日と、滞ったときに起きると書いてあることを、資料の言葉のまま書き写す。要約も言い換えもしません。
- 03COUNT
見つからなかった項目は「不明」と書き、その個数を数える。高い安い、多い少ないの判定は書きません。
確かめられたのは三つ。1963年が1958年の記述を自ら「誤り」と書いて優位を「いくらか大きい」まで動かし、同じ節で「常に最大限ではない」と釘を刺したこと。1976年が費用を三つの合計と定義し、「決着していない」と書いたこと。4本の実証が、測るたびに向きの動く側を残したこと。
1958年と1963年は同じ二人で、一本目を直した二本目。探し当てた最適点はどれも、消し忘れた摩擦の形をしている——というのが、この号の読み筋です。今日残せるのは判定ではなく、期日と、滞ったときのことと、「不明」の個数。記録が1件、残るだけです。
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