IN WAYS OF THINKING · ISSUE 186

(仮ビジュアル)暗い石の台の上に、洋梨とさくらんぼとオーツ麦を盛った器、半分に切った洋梨、水の入ったグラス、麻の布が並んでいる朝食の静物● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

2009年の論文の、最初の実験です。米国アリゾナ州立大学の学生150人が、無作為に2条件へ割り付けられました。14.99ドルのビデオを買うか、買わないか。違うのは「買わない」の文言だけ——片方は「買わない」、もう片方は「その14.99ドルを他の買い物のために取っておく」。括弧を足したのではなく、言葉のほうを置き換えたのです。買うと答えた割合は、75%から55%へ下がりました。

原典自身が、この2つを「もちろん、規範的には同じことである」と書いています。この号が渡すのは正しい選び方ではありません。選ばなかった側の書き方を変えたときに数がどう動いたかと、いちばん有名な1本を50件の中に置き直すとどう見えるか、です。

トレードオフ思考は、選ぶことを「1つを取る」ではなく「残りを手放す」と書き直す道具です。手放した側に付く名前が機会費用〔選んだせいで、できなくなった別のことの値打ち〕。測られたのは、それが判断に最初から入っているかどうかでした。

6本は設計の層が揃いません。無作為に割り付けたと原典が書いているのは、2009年の論文だけです。ジャムの実験は人を割り付けず、台に並べる種類を1時間ごとに入れ替えました。予算の研究には「無作為に」の語が本文のどこにもありません〔全文を検索して確認〕。明記がある行だけ「〜のせいで」と書き、無い行は「その時間帯では、こうなった」で止めます。

(仮ビジュアル)夜の高層階の窓辺に立ち、暗いガラスに自分の姿を映しながら街の明かりのほうを見ている、黒いスーツの女性
同じことを指す2つの言い方を、入れ替えただけ。動いたのは選択肢ではなく、答えのほうだった。 Visual: ALIFE

では、どこまで測られているのか。まず測られたのは、この3本です。

0124種類の台のほうが人を集め、6種類の台のほうが売れた。2000年の論文の、米国の高級食料品店での研究。2回の土曜に試食台を出し、およそ754人が記録されました。並べたのは24種類か6種類か。前を通ったのは242人と260人、立ち止まったのは145人(60%)と104人(40%)。ところが買ったのは6種類で31人(約30%)、24種類で4人(3%)。分母は754人でも502人でもなく、立ち止まった249人です。

02同じ形の実験を50件集めると、平均はほぼゼロになった。2010年のメタ分析〔同じ問いの研究をまとめて1つの平均にする手続き〕。査読誌13本と未公刊16本から、50実験・63データ点・のべ5,036人。実施国は米国・ヨーロッパ・アジア・オーストラリア。平均は0.02、95%信頼区間は −0.09 から 0.12。ただし原典は「効果が無い」とは書かず、「十分な条件は特定できなかった」と書きます。

03「買わない」の書き方を変えると、割合が動いた。置き換えだったのは最初の1つだけで、あとは書き足しです。196人に2つの携帯音楽プレーヤー(399ドルと299ドル)を見せ、半分に「100ドルが手元に残ります」と足すと——どちらの条件でも51人が両方とも買わないと答え、買った人の中で安いほうの割合が37%から73%へ。分母は196人全体ではありません。現金とマグを使った88人でも40%から60%。MITの110人では82%対59%、同じ額を「300ドル多く払う」と書いた条件だけ51%で、足さないのと差がありません。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
試食台の前を通った502人・50実験ののべ5,036人・アリゾナとMITとYaleの学生たち。まず測られたのは、この3本。 Visual: ALIFE

数字そのものは動きません。動くのは、引用されていく途中のほうです。落ちやすいのは3か所。

01ジャムの1本を、「選択肢の数の効果」の証明として引く。2015年の2本目のメタ分析は53研究・99観測・のべ7,202人。条件を入れないと数の効果は有意〔偶然では起こりにくい目安〕になりません。集まりの複雑さ・作業の難しさ・好みの不確かさ・手間を省く目的という4つの条件を入れると、4つとも有意でした。「存在しない」ではなく「条件を特定しないと再現しない」。しかも有名な1本は、メタ分析の外ではなく内側にいます——2010年の表に d=.77、N=249、重み4.9の1点。その2行下には、ドイツの高級スーパーでやり直した追試が d=.02、N=504、重み10.2で並ぶ。63データ点で最大の重みが、未公刊の学位論文です。

02「機会費用を思い出させれば、いい判断になる」と読む。否定しているのは、原典の著者たち自身です——「機会費用を目立たせると、より品質が高く高価なほうを選ばなくなる……人がめったに後悔しない選択なのだ。」2023年のメタ分析は39実験・のべ14,005人で0.22。たどれたのは抄録までなので、モデルの種類もばらつきの指標も書きません。基準に置かれた0.45〜0.85も、2023年の側が後から計算した値です。2011年の研究では、魅力的でない機会費用なら、考えたほうが買いやすくなる向きさえ出ています。

03「1行足せばいい」と、手続きのほうを一般化する。冒頭で起きたのは、付加ではなく置換でした。足したのは2つ目以降の実験です。書き足しがいつでも効くとは限りません。2011年の研究が測ったのは、効くのは財布の底が見えているときだということでした。194人に朝食の場面を読ませ、財布の中身を10ドルか40ドルかだけ変える(解析に入ったのは、8週間後に計画性の尺度に答えた168人)。制約のある側のほうが機会費用を自分から挙げますが、これも条件つきで、尺度の得点が低いほうでだけ出ています。この研究に「無作為に」の語はないので、因果の言い方をしていません。

(仮ビジュアル)3つの縦長の区画に分かれた写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具(壁に採光)、中央は窓の外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に置かれた上着と鍵
有名な1本を数の効果の証明として引く・思い出せば良くなると読む・手続きのほうを一般化する。崩れるのは、この三か所。 Visual: ALIFE

全文まで読めたのは、6点のうち5点。読めていないものについては書きません。答えたのは、米国の食料品店で試食台の前を通った242人と260人、米国の大学とウェブの回答者たち、3つのメタ分析ののべ5,036人・7,202人・14,005人。性別と年齢に触れているのはジャムの実験だけで、見た目による推測として立ち止まったのは中年の白人が中心、およそ62%が女性、38%が男性。金額は米ドルのままです。

証拠どうしも独立していません。2015年のメタ分析は2010年の公刊分の78%を自分のデータに含み、相手のデータを解き直しています。2010年の3人の著者は63データ点のうち17点の著者で、いちばん重い1点も自分たちのものです(すべて表に開示)。不正ではなく、同じ人たちが材料と集計の両側にいるという構造の話です。正しい選び方も、「選択肢を減らせばよい」も、ここからは出てきません。お金の使い方や資産の運用の助言でもありません。

言い換えただけで、75%が55%になった。
よく売れたのは、6種類の台だった。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。ここからはALIFEが提案する実践の入口です。判定も、諦めた件数の採点もしません。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    紙かメモアプリを開く。**今日すでに決めて、もう動かせないことを1つだけ**書く。医療や投資に関わる判断は選ばないでください。

  2. 02NAME

    同じ時間かお金で**そのかわりにしなかったことを2件**、12文字以内で書く。「やらなかったこと」ではなく「そのかわりに何をする時間(お金)になったか」の形で。

  3. 03MARK

    それぞれに印を1つだけ——**決めたときに、その候補が目の前に書かれていたか(◯)、いなかったか(×)。**どちらが正しかったかは書きません。×が2つでも、そのまま置いておく。

3分。採点はありません。0件でも構いません。0だと分かっている状態と、書いていない状態は違う、というだけの課題です。**他人の選択について「他に何を諦めたのか」を問わない。誰かの買い物を採点しない。売り場や会議で使わせない。**書いたものは誰にも見せず、提出もしません。苦しくなったら中止を。不安につながるときは、相談先や医療の専門家へ。

この号で確かめられたのは4つ。「買わない」を「その14.99ドルを取っておく」に置き換えただけで、75%が55%へ下がったこと。50実験・のべ5,036人の平均は0.02で、いちばん重い1点は同じ6種類対24種類の追試だったこと。53研究では、条件を入れないと有意にならず、4つ入れると4つとも有意になったこと。著者たち自身が、機会費用を目立たせれば良い選択になるとは言えないと書いていること。正しい選び方は、どこにも書かれていません。今日残せるのは判定ではなく、決めたこと1件と手放したこと2件の◯か×です。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUSトレードオフ思考を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

効果量 d・g
2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
95%信頼区間
推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。