IN ORGANIZATIONAL FOUNDATION · ISSUE 169
● 12 SEC前の号では、掲げた目的と、実際に評価されている行動の食い違いを扱いました。ここからは、人が何を言い、何を言わないかのほうへ。信頼は人柄の話として語られますが、観察できるのは、「これを言ったら自分が不利になる」という予測が成り立っているかどうかのほうです。
よく引かれるのは「信頼の高い組織では生産性が高い」。2021年に公刊された調査は、米国の就業者1,095人(2016年2月・調査会社のパネル・全50州)への横断調査〔ある時点で同時に測る形〕で、信頼が中位の層から最上位の層へ移った場合、慢性ストレスは34.5%低くなると推計され、自己申告の生産性は最上位の層が中位の層より50%高いと報告。ただしその生産性は本人の自己申告で、原典自身が"suspect"(疑わしい)と書いています。
この号が扱うのは、組織を変える手順ではなく、何が、どの標本で、どの層の値として測られたかです。向いているのは経営者ではなく、組織の中にいる側・これから選ぶ側。6本に、無作為に割り付けた実験はひとつもありません。だから因果の語を使いません。
組織内信頼(Organizational Trust)が測るのは、言うか、飲み込むかの境目のほうです。
境目には面接の記録があります。2003年の面接調査は、40人に面接し、その多くが、重要だと思ったのに上司へ持ち出せなかった場面を経験していたと報告。理由の筆頭は、否定的に見られて関係を損なう懸念。2011年の論文は4つの研究からなり、うち1つが大手ハイテク企業1社への調査で、その回答者のおよそ半数は、発言することに気が進まないと感じていました。

その境目は、どこまで数字になっているのか。まず測られたのは、この3本です。
01学習行動を入れると、安全から成果への寄与は有意でなくなった。原典は1999年の調査。家具製造業1社(従業員およそ5,000人。原文に所在国の記載はありません)の51チーム427人、回収率86%。その定義は、チームは対人的なリスクを取っても安全だという、共有された信念。安全性は学習行動と、学習行動は成果と結びつきました。学習行動をモデルに入れると、安全性から成果への寄与は有意でなくなります(B〔予測の傾き〕= .25、p〔偶然でも出る見込み〕= .42)。明確な関連があったとは言えない、ということです。原典は完全媒介〔関連があいだを通っていること〕と報告。1社・1時点の質問紙調査です。
02136標本の統合では、いちばん大きいのは学習行動の側だった。2017年のメタ分析は136標本・22,000人超の個人・およそ5,000の集団を統合。並ぶ相関〔−1から+1の値。0なら関連なし〕は観測値ではなく、測定誤差を補正した統合値です。学習行動 .62、職務満足 .53、組織コミットメント .48、エンゲージメント .45、課題成果 .43、組織市民行動 .32、創造性 .13。原典が"strong"(強い)と呼ぶのは学習行動と情報共有(個人水準 .52)だけ、中くらいは組織市民行動、比較的弱いは創造性。7つは個人を単位にした表の値で、集団を単位にした表では課題成果 .29 など別の値に。統合値であって、個々の研究が一様だった意味ではありません。
03.65 は上司への信頼の値ではなく、補正した合算の値だった。2002年のメタ分析は、106の独立標本・27,103人を統合。よく引かれる職務満足 .65、組織コミットメント .59、職務成果 .17 には層のラベルが要ります。これは補正した値で、同じ表の観測された相関は .51、.49、.16。参照点も「上司への信頼」ではなく、リーダーへの信頼の合算です。上司(直属のリーダー)への信頼なら、別の表の未補正の相関が .55、.44、.17。組織のリーダーシップへの信頼なら .48、.57、.00。

動くのは、引用されていく途中のほうです。落ちやすいのは3か所。
01補正した値を、観測された値として運んでしまう。補正は、答えの揺れが無かったらどうだったかの推定です。.65 と .51 は別の集団の差ではなく、同じデータを違う扱いで表した差。次に落ちるのが参照点で、「上司への信頼は満足と .65」は、上司・組織のリーダーシップ・その合算の3層を混ぜたときにできあがります。もうひとつが水準——2017年の課題成果は個人水準 .43、集団水準 .29 です。
02自己申告の点数を、産み出された量として運んでしまう。50% と 34.5% も層つきで。推計の形で原典が書いているのは慢性ストレスの34.5%だけ。50%は最上位と中位の自己申告を横に並べた比較で、比較対象は最下位ではなく中位の層です(最下位比なら250%)。生産性は本人の自己申告で、原典自身が疑わしいと書き、回答の中央値は100点満点の95点。著者が自分の指標に付けた但し書きは、引用の途中でまず落ちます。慢性ストレスも本人が答えた値。横断なので、どちらが先かは分けられません。
03同じ人の連作を、独立した二つの証拠として並べてしまう。1999年の調査の著者が、2011年の論文の共著者でもあります。標本も設計も別(質問紙調査と、4研究のうち1つの企業調査)。それでも、独立した2つの検証ではありません。同じ研究者が同じ問いを10年以上追った連作です。なお2017年の著者5人に、その研究者は入っていません。「複数の研究が同じ結論に」は、その複数が誰の手によるかを書かないほど強く聞こえます。

どれも、あなたの職場で明日起きることを言い当てるものではありません。1999年の原文には対象組織の所在国が書かれておらず、日本の職場を対象にした同じ設計の研究は、この号がたどった範囲に入っていません。全文まで読めたのは6点のうち4点。残る2点は断片と抄録の範囲までで、その外については書きません。
2017年のメタ分析は討論の節で「心理的安全性の知覚を育てることは、競争力を保とうとする組織にとって重要な検討事項に見える」と組織への含意まで書き、限界の節では、集めた研究の大半は横断で、因果について強い主張はできない、とも書いています。読めるのは、測られた関係が学習行動を通っていたというところまで——というのが、この号の読み筋です。職場へ働きかける手順も、残るか離れるかの判断も渡しません。
答えたのは、本人だった。
その値を、著者自身が疑っていた。
この3手も、研究が命じた順番ではありません。飲み込んだ1件を書き留めたとき何が起きるかを確かめた研究はありません。ALIFEが提案する実践の入口です。
TRY IT TODAY
- 01PICK
直近の会議から、言わずに飲み込んだことを1件だけ選び、1行で書く。つらいものは選ばず、軽いものを。
- 02NAME
そのとき頭に浮かんだ予測を1行(話が長くなると思われる。担当が増える。顔をつぶす)。**相手の名前も、性格も書かない。**
- 03MARK
言う場が今後あるかを「ある」「ない」の二択で1行足し、日付を添えて閉じる。合計3行、判定は書かない。思い当たらなければ「無し」と。
組織内信頼は、良い人が集まっている状態の名前ではありません。確かめられたのは四つ。学習行動を入れると、心理的安全性から成果への寄与は有意でなくなったこと。136標本の統合で最大は学習行動 .62 だったこと。よく引かれる .65 が補正済み・合算の値だったこと。50%増が中位比の自己申告で、著者自身が測り方を疑っていたこと。「信頼を高めれば成果が出る」という形には直していません。今日残せるのは判定ではなく、3行の記録だけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS組織内信頼を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- 中央値
- 全員を並べたときの、ちょうど真ん中の人の値。平均と違って、極端な値に引っ張られません。

