IN ORGANIZATIONAL FOUNDATION · ISSUE 165

(仮ビジュアル)3つの縦長の区画に分かれた写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具(壁に採光)、中央は窓の外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に置かれた上着と鍵● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

階層をなくした組織の話から。米国の靴の通販会社が、全社で階層を廃す制度を入れて2年。従業員1人あたりの役割の数は、1つから7.4に増えていました。仕事が7.4倍になったのではなく、役割の定義が分割されて増えた、ということです。

ただし、出どころを押さえておく必要があります。報告しているのは2017年の95本のレビューですが、自身が測った値ではなく、2016年の実務誌の記事からの引用です。1社の、2年の報告で、査読された効果検証ではありません。

では、明確にすると何が良くなるのか。米国の学術誌に出た二つのメタ分析(複数の研究の結果を統計的に集計する方法)で大きく出ていたのは、成果の側ではありませんでした。扱うのは手順ではなく、その数字が何と、どのくらいの大きさで並んでいたかのほうです。

役割・権限の流動的明確性(Role Clarity)は、職務記述書の厚さの名前ではありません。置かれているのは、誰が何を決めてよいかの所在のほう。「流動的」も緩いという意味ではなく、書いた内容が変わることを前提にする、という意味です。

研究の側で数字になっているのは、その隣の二つ——役割の曖昧さと役割の葛藤です。質問紙で測る出発点は1970年の尺度とされています。集計されているのは、本人が質問紙で答えた度合い。組織の側が実際に明確になったかを、外から測った数字ではありません。

(仮ビジュアル)暗い室内の黒い壁ぎわに立ち、隣の窓ガラスに自分の後ろ姿が映りこんでいる、黒いニットの女性
答えているのは本人。曖昧さも葛藤も、質問紙の中の度合いとして測られている。 Visual: ALIFE

その数字は、何とどのくらいの大きさで並んでいたのか。まず測られたのは、この3本です。

01成果との統合値は、−.21 と −.07 だった。1985年のメタ分析を集計し直した、2000年の再分析。統合値は、役割の曖昧さと職務成果が −.21、役割の葛藤と職務成果が −.07。(相関は −1 から +1 の値で、0なら関連なし、マイナスは逆向き。一般的な目安では −.21 も −.10 前後も小さい部類。)抄録はもうひとつ書き分けます——職種と評定者による調整(条件で関連の大きさが変わること)が入るのは曖昧さの側だけで、葛藤の側には見られなかった。統合値であって、個々の研究が一様だったという意味ではありません。

02上司が評定した成果とは、−.102 だった。1983年のメタ分析。上司が評定した成果との統合値は、曖昧さが −.102(18標本)、葛藤が −.086(16標本)。同じ分析の中で、曖昧さと全体的な満足は −.251(16標本)、組織コミットメントは −.340(6標本)、仕事そのものへの満足は −.350(31標本)。態度の側の値のほうが大きく出ています。ただし何倍とは言い切れません。別々のアウトカムの統合値で、標本数も18・16・6・31とばらばらだからです。観測相関を標本サイズで重みづけした平均で、測定誤差の補正は入っていません——元の研究に信頼性の情報が無かったため、と原典が書いています。

03新興企業では、構造の側が売上と結びついた。逆向きの結果も1本。2006年の研究で、対象は米国のインターネット関連の新興企業、1996年に立ち上がった449社のコホート。分析に入ったのは1,049の「企業×年」の観測——449は企業数、1,049は企業×年の観測数、水準が別です。公式化(創業チームの機能が公式なポジションとして置かれている割合)が企業どうしのばらつき1つぶん(1標準偏差)高い企業では、その後の売上が60.8%高い。機能特化(仕事が専門に分かれている度合い)では55.8%高い。変化の速い業界ほど有機的な組織が有利という古典的な予測とは逆向き。観察にもとづく推定で、実験ではありません。対象も1990年代後半の米国という、特定の時期と業種です。

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
−.21 と −.07、−.102 と −.350、そして449社の +60.8%。まず測られたのは、この3本。 Visual: ALIFE

数字そのものは動きません。動くのは、引かれていく途中のほうです。落ちやすいのは3か所。

01「事例で示されている」と読んでしまう。よく引かれるのは、一般向けの書籍で広まった型と、その全社導入の事例。どれも査読された効果検証ではありません。その導入が離職や業績に何をもたらしたかを測った査読論文に、この号はたどり着けませんでした。存在しないとは断定しません——たどった範囲では、という話です。代わりに置けるのが2017年のレビュー(95本は対象論文の本数)で、ポスト官僚制的な組織化(3分類の1つめ)については、成否や有効性を評価できるデータは乏しいと述べます。ただし自己管理型チームには「影響と有効性を調べた実証研究が相当数ある」とも書いています。

02「1 → 7.4」の、出どころが落ちる。同じレビューが報告する、制度の導入から2年で1人あたりの役割が1つから7.4へという数字。落ちるのは手前の一行のほうです。この値はレビュー自身の測定ではなく、2016年に実務誌へ出た記事からの引用で、その記事の共著者の一人は、レビューの第一著者と同じ人物。別の研究者による独立の確認を経て学術のレビューへ入った値ではありません。ただし、1社の、2年の報告です。

03「明確にすれば成果が上がる」に読み替える。三つめは、いちばん静かなすり替え。大きく出ていたのは満足やコミットメントの側で、成果の側は一般的な目安では小さい部類の値。しかも相関です。前後関係を確かめた設計かどうかは、この号がたどった範囲では分かりません。それが引かれる途中で、手順の話に変わります。落ちるのは、大きかったのが態度の側だったことと、調整が入るのは曖昧さの側だけという一行です。役割整理をやめる理由にはなりません。期待する先を、大きかった側に置き直す——というのが、この号の読み筋です。

(仮ビジュアル)石造りの建物の広い階段を、黒いロングコートに白いワイドパンツの女性が、ひとりで下りてくる写真
事例で示されたと読む・出どころが落ちる・成果の話に読み替える。 Visual: ALIFE

全文まで読めたのは、7点のうち2点。残りは抄録・別の版・書誌までで、そこにない中身は扱いません。どれも、あなたの職場で明日起きることを言い当てるものではありません。平均も統合値も、それが計算された集団の話です。

いずれも米国の学術誌に出た数字で、集計された個々の研究がどの国のものかまで、この号は確認していません。日本の職場との違いを測った研究にも触れていません。うまくいかなかった組織は、そもそも調査に答えません。残るのは、答える余裕があった組織のデータと、語れる事例のほうです。運べるのは、相対的に大きかったのは満足の側だった、というところまでです。

同じ分析の中で、成果との値は −.102。
仕事そのものへの満足とは、−.350。

だから次の3手も、研究が命じた順番ではありません。決めてよい範囲を1行書いたとき何が起きるかを測った研究は、ありません。判定はしません。残すだけです。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    直近1週間で自分に回ってきた決めごとを1つ選ぶ。値段、採用、外部への約束など。所属する組織がなければ、直近の依頼主との関係で選ぶ。

  2. 02WRITE

    その1つについて、1行だけ書く。「私は〈  〉までは自分で決めてよい。〈  〉からは自分では決めない」。**誰かに確認を取らない。**

  3. 03MARK

    書けなかった、途中で止まったら、**そこが曖昧な場所だという事実のほうを1行書く**。日付を添えて閉じる。誰にも送らない。

5分。採点も、職場の評価も、残るか辞めるかの判定もしません。上司への確認、制度への提案、職場への働きかけも含みません。**つらさが続く・強まる場合は、この課題より先に、産業医や社内外の相談窓口、必要に応じて医療の専門家へ。**

役割・権限の流動的明確性は、組織の変え方につけられた名前ではありません。確かめられたのは四つ。2000年の再分析で、成果との統合値が −.21 と −.07、調整が入るのは曖昧さの側だけだったこと。1983年のメタ分析で、成果との値より満足やコミットメントの側(−.251 から −.350)が大きかったこと。95本のレビューが、階層を減らす組織化を評価できるデータは乏しいと述べたこと。449社の新興企業で、公式化の高い側ほど売上が高いと推定されたこと。

役割を明確にすべきかどうかは、どこにも書かれていません。書かれているのは、大きかったのが態度の側だったことと、階層を減らした先で役割の数は減っていなかったことまで。——今日残せるのは判定ではなく、決めてよい範囲が1行、書けなければ詰まった場所が1行、今日の日付。境界がひとつ、記録に残るだけです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS役割・権限の流動的明確性を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
標準偏差
ばらつきの大きさを表す値。大きいほど、人によって結果がばらばらだったことを意味します。

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本コンテンツは学習目的であり、診断や治療の代替ではありません。