IN FORTUNE MAKING · ISSUE 156
● 12 SEC来た球は全部打て——この助言には、心理学の実験が添えられています。よくできすぎているので、実験のほうを開きました。数えられていたのは、頼まれた人が実際に応じた割合と、頼む人がそれをどれだけ低く見積もっていたかのずれでした。
測られていないのは、受け取った人がそのあとどうなったかのほうです。この号は「頼めば運が向く」とも「来たものは受け取るほど得だ」とも言いません。
運の伝播受容性(Luck receptivity)は、心の開き方の名前ではなく、持ち込まれた話がどれくらいの速さでどう扱われたか、という一点です。受け取る力は自己申告ですが、時刻は記録に残るからです。ただし返すのが速いほど良い機会につながる、という関係を確かめた研究は扱っていません。測れるところに枠を寄せる、というALIFEの置き方。
測られてきたのは二系統——頼む側の見積もりのずれと、受け取った側の返礼の時間変化。この号が読む6本のうち4本は、同じ2人を中心とする一連の研究です。独立しているのは、大学病院の寄付データの分析と募金担当者の現場実験の2本だけ。

答えたのは、米国の大学生と大学周辺の通行人への依頼の実験群、実験で構成した恩と従業員が行った恩の2つの標本、米国の1つの大学病院から元患者へ郵送された18,515件の寄付依頼。まず測られたのは、この3本。
01頼む側は、最大50%低く見積もっていた。2008年の6つの研究が測ったのは、面と向かって直接頼んだとき相手が応じる確率の、頼む側の予測。最大50%の過小な見積もり——出たのは、実際に見知らぬ人へ頼ませた最初の3つの研究(応諾率の差ではなく、予測が実際よりどれだけ低いかの相対値)。2016年の総説の累積では、依頼を受けた相手は延べ1万4千人超、過小な見積もりは平均48%。携帯電話を3人に借りるのに要する人数の予測が10.1人・実際6.2人、募金では募金者91人の予測が210.3人・実際122.2人、落書きの依頼への応諾の予測が28%・実際は64%超。ただしこれは著者自身のまとめで、独立した再現の集積ではありません。
02恩の評価は、時間で逆に動いた。2003年の研究は、実験で構成した恩と、従業員が実際に行った恩の2つの標本で、価値づけの動きを見ました。直後は、与えた側より受け取った側のほうが高く評価します。時間が経つと逆になり、与えた側は評価を上げ、受け取った側は下げていきます。測られたのは恩の主観的な評価で、関係の良し悪しでも、返ってきたものでもない。著者は01と同じ人物。主題は別ですが、独立した検証ではありません。
0318,515件で、30日ごとにおよそ30%。2018年の研究は、米国の1つの大学病院から初診の4か月以内の元患者へ郵送された18,515件の寄付依頼の分析。依頼までの日数の自然なばらつきを使う準実験〔無作為に割り当てない設計〕です。間隔が30日長いごとに、寄付する確率はおよそ30%低い(寄付率の差ではなく相対値。来院回数や属性を調整した値で、調整前はおよそ36%)。生の数字では0〜29日でおよそ1.5%、90〜119日でおよそ0.4%。無作為割付ではないので、遅れたから減ったとは断定できません。属性と間隔がほぼ無関係なことは確かめられていますが、観測できない違いは残ります。

数字そのものは動きません。動くのは、そこから引かれていく途中のほう。手がかりは3つ。
01矢印の向きが、裏返る。先に起きるのは向きの反転です。測られたのは頼む側の予測と実際の応諾のずれ。ところが助言になるとき、数字は受け取る側に付け直されます。元は依頼を出す人の見積もりの話、先は依頼を受ける人の損得の話です。受け取ると得をするかを測った研究は、この6本にありません。2014年の4つの研究が測ったのも、一度断った相手は次も断るという頼む側の予測。実際には、断った側は二度続けて断る気まずさから次に応じやすい。これも著者の重なる連作。
02延べ14,000人が、独立の再現に見える。二つめは、数の大きさの出どころ。延べ1万4千人超・平均48%は、多くの研究者が別々に確かめた集積のように読めます。そうではありません。2016年の総説は、著者自身が自分たちの研究を足し上げたもの。5本の論文にわたる12の研究のまとめで、2008年も2014年の実験もその中にあります。まとめだと言わずに数の大きさだけを運ぶと、証拠の強さが実際より大きく見える。向きも一定ではなく、総説自身が、チラシやメールで送った依頼では逆に過大な見積もりになったと書いています。同じ向きにずれるのは、面と向かって直接頼んだときだけ。
035割増が、誰にでも効く技法に見える。三つめは、返礼の効果の一般化。2010年の現場実験では、米国の大学の募金担当者41人に、上役の短い感謝がシフトごとに無作為に割り当てられました(感謝20人・統制21人)。感謝を伝えられた群の翌週の架電数は、およそ5割多い。ただし支持されたのは、能力への自信ではなく、自分が他者にとって価値ある存在だという感覚のほうでした(効果の通り道を調べる媒介分析)。自己効力感そのものは高まっており、関係が無かったと示されたわけではありません。41人の翌週の架電数という限られた場面が、万能の技法として運ばれます。測られたのは電話の本数。41人は小さい標本です。

どれも、あなたのところへ次に何が持ち込まれるかの見通しではありません。答えたのは、米国の学生や通行人、組織の従業員、米国の1つの大学病院の元患者、募金担当者41人。場面もほとんどが英語圏で、返事の速さへの期待も断る作法も、日本とは違います。48%や30%を、そのまま自分の毎日に置き換えないでください。
総説自身は、この過小評価が米国のような個人主義的な文化で強く、中国の参加者では出にくかったとも書いています。そのうえで方向は揃います——頼む側は応諾を低く見積もり、受け取った側の恩の評価と返す確率は、時間とともに下がる側へ動いた。ここから「だから頼め」も「だから全部受けろ」も引き出しません。
測られたのは、頼む側の見積もりのずれ。
受けると得をする、ではない。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。返した時刻を記録したとき何が起きるかを確かめた研究は、扱っていません。誰かに返事を送る課題でもない。記録して、分けるだけです。
TRY IT TODAY
- 01PICK
今日持ち込まれた話——依頼・誘い・情報・質問——を1件だけ選ぶ。何も来なかった日は、返していない連絡を1件で。
- 02LOG
その1件の、持ち込まれた時刻と返した時刻の2つだけを書く。まだなら「未」。中身も文面も書きません。
- 03SORT
返した場合は、受諾・保留・辞退のどれかに印を付けて閉じる。まだなら空欄のまま。誰にも見せません。
確かめられたのは4つ。頼む側が応諾を最大50%低く見積もっていたこと。恩の評価が時間で逆へ動いたこと。18,515件の寄付依頼で、間隔が30日長いごとに寄付する確率がおよそ30%低かったこと。募金担当者41人で翌週の架電数がおよそ5割多かったこと。来た球を全部打てば運が向く、とはどこにも書かれていません。
いちばん愉快なのは、その助言を支えるはずだった数字が、投げるほうを勘定していた人たちの見積もり違いだったこと。矢印を裏返して運んだ人は、受け取る側について実際に測られていたほう——恩の評価が時間で動くこと——を置いていきました。今日残せるのは判定ではありません。話が1件、時刻が2つ、印が1つ。記録が1行、残るだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS運の伝播受容性を、もっと深く学ぶ。→