IN FORTUNE MAKING · ISSUE 155
● 12 SEC「信頼残高」は、便利すぎる言い方です。預ければ増え、引き出せば減り、差し引きは足し算で済む。会計の残高はそう振る舞います。測ってみると、そうではありませんでした。1993年の調査は、米国の大学生103人に、地域の大きな原子力発電所についての45の仮想の出来事を7段階で評定させました。「強い影響あり」(6か7)と答えた人は、下げる出来事〔住民の健康状態が平均より悪い〕で50.0%、向きだけを逆にした上げる出来事で18.3%。
この号が扱うのは、積み方の手順ではありません。上下で目盛りの幅が違ったこと、壊し方で戻り方が2種類あったこと、国の相関がどこまで降りてくるか、です。「信頼を積めば運が良くなる」とも「機会が回ってくる」とも言いません。その関係を測った研究を扱っていないからです。「一度の失敗ですべてが終わる」でもありません。これは仮想の出来事への評定で、信頼が動いたところの観測ではありません。
信頼残高〔Trust Capital〕は、良いことを積む口座の名前ではなく、壊れ方と戻り方が預金とは別だという点検です。ただし、信頼の点数が高い人ほど機会を紹介してもらえる、という関係を確かめた研究を、この号は扱っていません。
この周りで測られてきたものは、二系統です。人の側——出来事への評定と、実験室の信頼のやりとりのゲーム。国の側——世界価値観調査で「たいていの人は信頼できる」と答えた割合と、その国の経済成長率の分析。個人と、国の集計。単位が違います。

では、どこまで測られているのか。まず測られたのは、この3本です。
01下げる側と上げる側で、目盛りが違った。数字の指示対象は、その出来事に「強い影響あり」と答えた人の割合です。上げる側にも大きい値がひとつ——委員会に運転停止の権限を与えるという出来事で38.4%。45のうち上げる側では最大ですが、権限を手放す形という限られた層の値で、「上げる側も効く」の材料ではありません。非対称の理由として原典は4つを挙げますが、いずれも著者の説明です。
02欺きが混ざった側は、元に戻らなかった。2006年の実験は、262人に7ラウンドの信頼ゲームを行わせました。相手役の台本は全条件で同じ〔最初の2ラウンドは応えず、以降は応え続ける〕。裏切りだけなら、一貫して信頼できる行動が続けば回復しました。欺きが加わると、約束と謝罪と一貫した行動をすべて受け取っても、元の水準までは戻りませんでした。約束は回復を有意に速めましたが、長期的には信頼できる行動だけでも同等に回復——上げたのは速さで、到達点ではありません。謝罪だけでは効果が確認されていません。
0310ポイントと0.8ポイントは、29か国の話。1997年の研究は、29の市場経済国について1980年から1992年の成長を分析しました。「たいていの人は信頼できる」と答えた人の割合が10パーセントポイント〔割合そのものの差〕高い国では、1人当たり所得の年成長率が0.8パーセントポイント高い、という関連です。0.8は素の相関ではなく、統制つきの回帰の係数。著者ら自身が、所得と信頼の因果は両方向にありうると書いています。

動くのは数字ではなく、そこから引かれていく途中のほうです。手がかりは3つ。
01足し算に見えているのは、こちら側だけ。「残高」は、良いことを積んでおけば悪いことと相殺できる、と読めます。測られた非対称は、その相殺が成り立つとは言っていません。相殺という計算に同意しているのは、こちら側だけかもしれない——というのがこの号の読み筋で、原典の結論ではありません。
0229か国の相関が、個人まで降りてくる。2つめは単位の飛び越えです。「高信頼の社会は成長率が高い。だから自分も」——読み替えの途中で、国という単位が消えます。集団の相関を個人に当てはめる誤りが生態学的誤謬。1950年の例です。1930年の米国国勢調査、10歳以上のおよそ9,727万人のデータで、外国生まれの人の割合と読み書きのできない人の割合の相関〔一緒に動く度合いを −1 から +1 で表した値〕は、9つの地域で −.619、48州で −.526。個人単位で計算し直すと +.118 で、符号が逆になります。国の数字は、個人の励ましにも、言い訳にもなりません。
03「信頼スコア」の名前と、中身がずれる。2000年の研究は、一大学の学部生258人への調査と、うち196人が参加した信頼ゲームで測りました。標準的な態度質問が予測したのは、実験で信頼する行動ではなく、その人自身の信頼に足るふるまいのほうでした。ただし、見知らぬ人を信じるかを尋ねた2問だけは、相手が実際に見知らぬ人のとき信頼する行動を予測しました。尺度の名前と、中身がずれています。2007年のメタ分析は132の独立標本〔別々に集められたデータの組〕を集め、信頼と、危険を引き受けること・職務の成果との関連を扱いますが、確認できたのは抄録の範囲までです。

答えたのは、米国の大学生103人、ほとんどが19歳から22歳の262人、一大学の学部生258人、29か国の統計。題材は原子力発電所への信頼、場所は実験室、単位は国。一対一の関係の測定ではありません。6点のうち本文まで読めたのは4点、1点はワーキングペーパー版まで。読めていないものについては書きません。同じ質問が国や言語をまたいで同じものを測っているとは限らず、この号は日本と海外の数字を比べても、足し合わせてもいません。
10ポイントと0.8ポイントは29か国の話で、あなたの1年の話ではありません。信頼の点数と機会が回ってくることを結びつけた数字は、査読誌の範囲で一次情報に行き着けませんでした。存在しないとは断定しませんが、この号では使いません。「信頼は無意味だ」でもない。測るべきは残高ではなく、比——今週いくつ約束をして、いくつ守ったか。研究の結論ではなく、ALIFEの提案です。
嘘が混ざると、元には戻らなかった。
約束が速くしたのは、初めのうちだけ。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。誰かに連絡する課題ではありません。数字を2つ、書くだけです。
TRY IT TODAY
- 01COUNT
紙かメモアプリを開く。今週、自分が口にした約束の件数だけを数字で1つ書く。相手には確かめず、記憶で数えます。
- 02MARK
そのうち果たしたものの件数を、2つめの数字として書く。**果たしていないものの中身は書きません。**
- 03CLOSE
2つの数字の下に、今日の日付を1行足して閉じる。判定も採点も、反省の文章も書きません。
確かめられたのは4つ。上下で目盛りの幅が違ったこと。壊し方で戻る先が違ったこと〔裏切りだけなら回復、欺きが混ざると元の水準までは戻らない〕。29か国の10ポイントと0.8ポイントは国という単位の関連で、著者ら自身が因果は両方向にありうると書いていること。同じデータの相関が、地域・州・個人で符号が逆になること。信頼を積めば機会が来る、とは書かれていません。
会計なら、帳尻さえ合えば中身は問われない。良いことを10件積んで、悪いことを1件引く。差し引きプラス9。——ただし、その計算に同意しているのは、こちら側だけかもしれません。相手の帳簿では、その1件が書かれた瞬間に、前の10件の摘要欄が読み直されている。減っているのは残高ではなく、前のページの意味のほうだ——というのが、この号の読み筋です。約束の数が1つ、守った数が1つ、日付が1行。記録が1件、残るだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS信頼残高を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
