IN FORTUNE MAKING · ISSUE 157
● 12 SEC立ち直る力には超えるべき比率——ポジティブな感情がネガティブな感情の何倍か——がある、と長く言われてきました。2005年に出たその値は有効数字5桁。年齢・性別・民族・学歴・社会経済的地位によらず、個人にもカップルにも任意の大きさの集団に当てはまるとされました。2013年、同じ雑誌の検証論文が出どころをたどります。
この号が扱うのは立ち直り方の手順ではなく、実際に測られたものと、その条件だけ。抑うつそのものは扱いません。「立ち直れないのは鍛え方が足りない」という話にも行きません。
心理的回復力(Psychological Resilience)は、折れない心の強さの名前ではなく、うまくいかなかったあとに何が起きたかに絞られた言葉。測られてきたのは二系統——訓練のプログラムを無作為に割り付けて比べた試験と、不採択や拒絶を受けた人のその後の記録。同じ号に並んでいても、同じ測定ではありません。
数えるのは気分ではなく間隔——前回断られた日から次を出した日まで、何日あいたか。日付は2つとも記録に残るからです。ただし、間隔が短いほど良い結果につながる関係を確かめた研究は扱っていません。測れるところに枠を寄せる、ALIFEの置き方。

答えたのは、単一施設の小規模な無作為化試験の集まり、米国NIHの研究費に申請した若手の研究代表者、米国の1社の生命保険営業。この3本です。
01効果は小さく、届いている範囲は3か月まで。2014年のレビューとメタ分析。レビュー全体25試験→メタ分析18試験→回復力の指標で統合できたのは汎用ストレス型の13試験・782人。統合値はランダム効果モデルの標準化平均差 0.37(95%信頼区間 0.18〜0.57、p = .0002、I² = 41%)、原典は「中程度の効果」。届く範囲は訓練終了から3か月以内。6か月以上の追跡を報告した試験は1件を超えず、長期の統合はできず。25試験はいずれも小規模・単一施設でバイアスのリスクは中〜高、結論は「確信度は低い」。
02僅差で落ちた623人は、二つに割れた。2019年の研究は、米国NIHのR01研究費の申請記録と論文・被引用データを結合。採否は評価点でほぼ決まるので、線の上下を比べます。境界の前後は僅差通過561人と僅差不採択623人、申請前の11指標に有意差なし。翌年の活動中の研究代表者は不採択側が11.2%少なく、7年目でも11.8%。回帰不連続デザインの推定では、1回の僅差不採択が10年以内に制度から永久に消える確率を12.6%高めた。分母に注意——残った人に限ると、その後5年の論文のうち被引用上位5%の割合は13.3%対16.1%、差は2.8ポイント・比で21%(オッズ比1.25——1なら差なし)。次の10年に上位5%論文を出す確率も6.1%高い。
03保険の外交員では、2つの研究が別のことを測った。1986年の研究は、米国の生命保険会社の営業で、悪い出来事の原因の説明の仕方を質問紙で測りました。研究は2つ、標本も指標も別です。研究1は横断——1,100人に配り169通回収、売上記録のある94人を分析。楽観的な上半分は最初の2年で37%多く売り、1年目29%、2年目130%。この130%は研究1の値で、2年目のデータがある39人(楽観上位15人・下位24人)だけの比較。悲観の得点と売上の相関は2年目 r = −.39(p < .01)、1年目と2年間は −.19 と −.18(p < .07)。悲観が高いほど売上が低い向き。研究2は前向き——新規採用者が研修初日に回答。1年追えたのは売上103人・在籍101人で、辞めたのは101人中59人=58%、在職率は楽観側がおよそ2倍。売上は1年全体では14〜20%多い程度で有意でなく、差は後半6か月だけ(25%、脱落者0算入で35%)。研究2の追跡は1年なので「2年目」は無く、研究1は離職を測れていません。

動くのは、そこから引かれていく途中のほう。手がかりは3つ。
01小数点以下の桁数が、測定の精度に見える。有効数字5桁の値は、細かく測られた結果に見えます。2013年の検証論文がたどった根拠は、流体の対流を記述する1963年の微分方程式を、感情の時間変化に「適用」した1999年と2004年の2本。指摘は、方程式の変数と感情の測定値をつなぐ根拠も、2005年の論文が書いた突き合わせも参照先に無いこと。臨界の値は1962年に選ばれたパラメータ次第で、別の値なら別の比が出ること。同じ2013年、原論文の数式部分は無効として取り下げ。残ったのは「開花」側の比率が高いという観察(訂正記事には未到達)。批判は数理に向いており、ポジティブな感情が回復力を育てやすいという考えは否定していません。
02消えた人が、平均の外に置かれる。二つめは分母。NIHの研究で上位5%論文の割合を比べているのは「制度に残った人」だけ。10年で消えた人——僅差の不採択は消える確率を12.6%高めた——は入りません。保険営業の研究1でも、答えたのが在職者だけでした。ただし「全部、残った人の錯覚だ」と決めると、原典がやった検証を消すことになります。著者らは選抜という説明を2通りに検証しています。残った者どうしの申請前比較でも差はなく、成績の偏った人を除いて残存率を揃えても不採択側が上回った(オッズ比1.17)。選抜だけでは説明しきれない、が結論。「失敗が人を強くした」も、著者らが並べた2仮説の一方で、観察ではありません。
03相殺できない不運が、努力の話に見える。2012年の研究は、カナダの行政データ——1976〜1995年卒の男性大卒者の学籍記録と1982〜1999年の所得税・給与記録——で、卒業年と最初に住んだ州の若年失業率を見ました。卒業時の失業率が5パーセントポイント高いと、卒業1年目の年収は約9%低い。差は5年で半分、10年でほぼ消えますが、足すと累積所得で約5%が失われます。予測賃金が最下位の五分位では1年目で約15%低く、10年後も約7.5%低いまま、累積損失は約8%。値は回帰で推定した平均(高卒者や女性は分析の外だと原典は断っています)。卒業した年の失業率は、本人の技術でも、次を出す速さでも動かせません。相殺できるふりをする助言は、不運だった人に「やり方が悪かった」を上乗せするだけ——この号の読み筋です。

全文まで読めたのは6点のうち5点。読めていない1点については書きません。統合値も平均も、計算された集団と場面の話。日本の数字と北米の数字を、この号は比べても足していません。
この6本も独立ではありません。2005年の論文と2013年の検証論文は、同じ主張をめぐる被批判と批判。1986年の保険営業の研究の第一著者は、検証論文が「この比率を広めた人物」と名指しした当人。立ち直れなかった人に「鍛え方が足りなかった」と言う材料は、どこにもありません。気分の落ち込みが続くときは、どの数字よりも先に医療や支援の窓口を。
10年で、消える確率が12.6%上がった。
上がったのは、残った人たちだった。
次の3手も、研究が命じた順番ではありません。2列に分けたとき何が起きるかを確かめた研究は、扱っていません。書いて、分けるだけ。
TRY IT TODAY
- 01PICK
直近で断られた件を1件だけ選ぶ。**思い出すのがつらい件は選ばないでください。**返事が来ないままの依頼でも可。
- 02SPLIT
紙を2列に分け、左に「事実」、右に「解釈」。左に入れてよいのは、相手が実際に書いたか言ったことだけ。推測も、自分への結論も右へ。
- 03MARK
右の列から、左で裏づけられていない1行に印を付けて閉じる。判定はここまで。左が0行でも、それで完了です。
確かめられたのは四つ。訓練の効果は13試験・782人で標準化平均差 0.37、届く範囲は3か月以内、確信度は低い。僅差不採択623人は10年以内に消える確率が12.6%高く、残った人に限れば上位5%論文の割合は13.3%対16.1%。保険営業は94人の横断と新規採用1年の追跡が別物(58%が離職)。カナダの男性大卒者は、卒業年の失業率が5ポイント高いと1年目の年収が約9%低く、累積で約5%。「こうすれば立ち直れる」は、どこにも書かれていません。前回断られた日と、次を出した日。日付を2つ、引き算するだけ。記録が1枚、残るだけです。
SECOND LAYER · FULL SYLLABUS心理的回復力を、もっと深く学ぶ。→HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方+
この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。
- 相関係数 r
- 2つのものが連動する強さ。−1〜+1で、0は関連なし。一般的な目安では ±.10=弱い、±.30=中くらい、±.50=強い関連とされます。関連があっても、原因と結果の関係とは限りません。
- 95%信頼区間
- 推定値の「ばらつきを見込んだ幅」。同じ研究を何度もやり直したら、結果の多くがこの幅に収まると期待できます。幅が0(差なし)をまたぐときは、明確な差とは言い切れません。
- メタ分析
- 同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
- 無作為化比較試験
- くじ引きの要領で「介入を受ける群」と「受けない群」に分けて比べる実験。「効いたかどうか」を言うための標準的な設計です。
- オッズ比
- ある状態の「起こりやすさの関連」を表す倍率。1なら差なし、1より大きいほどその群で起こりやすい関連です(確率が何倍、という意味ではありません)。
- 統計的に有意
- 「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
- p値
- 差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。
