IN FORTUNE MAKING · ISSUE 148

(仮ビジュアル)暗い室内で黒い壁ぎわに立ち、隣の窓ガラスに自分の後ろ姿が映りこんでいる、黒いニットの女性。窓の外は夕暮れの空● 12 SEC
Visual: ALIFE Editorial

「見込みがないなら、早く損切りしろ」。後ろには、測られた実験があります。米国・1985年の研究は、大学の劇場でシーズン券を買う人へ予告なしの割引を渡しました。定価15ドル、2ドル引き(13ドル)、7ドル引き(8ドル)。割引は無作為、券の演目は3群とも同一。前半5演目で使われた券は、定価群が平均4.11枚、2ドル引き群3.32枚、7ドル引き群3.29枚。支払いは、もう終わっているのに。

扱うのは、やめ方の手順ではなく、やめる判断がどこまで測られているかです。「早く損切りせよ」とも「持ち続けよ」とも言いません。現象の記述と、何をやめるべきかという行動の指示は別のもの。投資助言でもありません。

損切り速度(Cutting Losses)は、速くやめる能力ではなく判断が何で動いているかの点検です。もう戻らない支出が、これからの選択を動かす——サンクコスト効果です。あと一回作り直せば形になったものを畳む側に、名前はありません。名前のある失敗だけを避けると、名前のないほうへ寄る——この号の読み筋です。

よく置かれる説明は1979年の枠組み。人は結果を、ある参照点からの変化として評価し、その評価は利得より損失の側で急。やめれば支出は損失として確定し、続けるあいだは確定しません。

(仮ビジュアル)石造りの建物の広い階段を、黒いロングコートに白いワイドパンツの女性が、ひとりで下りてくる写真
答えたのは、米国の劇場でシーズン券を買った人と、45件の研究に集められた標本。同じ測定ではない。 Visual: ALIFE

答えたのは、米国の劇場の客、45件から集めた100の独立標本、人間以外の動物と幼い子どもです。

01同じ内容の券で、4.11枚と3.29枚だった。割引は無作為、券の演目は3群とも同一。測られたのは、使われた券の枚数(同伴者用の未記名券を含む)です。原典は期間を書き分けます。効果は購入後の6か月間にわたって現れ、6か月から9か月にあたる後半には現れませんでした。「おおよそ半年で消えた」は、この非対称を落とします。

02統合値は d=0.496。動いたのは時間の向き。2015年のメタ分析は45件・100の独立標本を統合。統合値は d=0.496(d=平均の差をばらつきで割った値。目安では「中」)。統合は mixed-effects=混合効果。使い切る判断0.581、継続0.443ですが、原典は両者に意味のある差は無いと明記(Q=0.954・有意でない)。動いたのは時間で、使い切る判断は経つほど弱まり、継続は強まります。原典の要約文は「若いときや学生のとき効果はとくに高い」。ただし係数は学生で b=0.206(有意でない)、継続で学生以外が b=−0.272、p=0.112——明確な差とは言えません(原典も「弱い影響」)。b=向きと大きさで0なら動きなし、p=小さいほど偶然と考えにくい値。年齢には有意な係数があり、使い切る判断は年長ほど効果が小さい(b=−0.339、p<0.05)。訓練や経験による低減は認められませんが、「関連が無い」証明ではなく、統合値も個々が一様という意味ではありません。

03人間以外の動物では、例が見つかっていない。コンコルドの誤謬——注ぎ込んだ投資を理由に、投資を続ける推論。名づけは1976年の論文に帰されますが、別の由来を挙げる説明もあります。1999年の検討では、人間以外の動物にこの誤謬の曖昧さのない例が見つかっていません。続けて見える場面は、たいてい先の費用と便益で説明できます。幼い子どもは大人より規範に近いという証拠も同じ論文に。「見つかっていない」は「無い」の証明ではありません。「無駄にするな」の過剰な一般化だ、というのが原典の説明です。(この検討は1985年の実験と著者が重なり、独立した確認ではありません。)

(仮ビジュアル)ベージュの空間で、黒い石の細長い天板を、灰青のガラス・銀の金属・赤い漆という3本の異なる脚がそれぞれ支えているコンソールテーブル
4.11枚と3.29枚・統合値 d=0.496・動物では見つかっていない。まず測られたのは、この3本。 Visual: ALIFE

数字そのものは動きません。動くのは、そこから引かれていく途中のほうです。手がかりは3つ。

01「早くやめろ」に読み替える。この話はたいてい「だから早く損切りしろ」で終わりますが、そこは測った範囲の外。反対側の報告もあります。2019年の研究は、研究費の申請・新興企業・テロ攻撃の記録の3領域で、失敗の後の軌跡を比べました。分かれ目は試行の回数ではなく、前回の試みをどれだけ作り直して次に持ち込んだか。閾値の上では失敗のたびに次が良くなり、下では積み上がりません。速さは、この分析が測った変数ではありません。

02「時間が解く」を「待てばいい」に読む。劇場の実験には続きがあります。原典が書き分けたのは、効果が続いた購入後の6か月と、現れなかった6か月から9か月。支払った額の記憶が効かなくなる時点はあるが、その6か月は戻ってこない。時間が経つのは、判断が正しくなることではありません。統合された値の話で、あなたの案件がどう動くかを示すものでもありません。

03反対側の証拠を、行動の指示に変える。「やめ急ぎ」にも報告があります。2021年の研究は、決めかねている人にコイン投げで背中を押した実地の実験。変化を起こした側は2か月後にも6か月後にも幸福度が高く、コインの指示を用いた分析でも、指示された側が6か月後により幸福でした。コイン投げは2万件超、6か月後の回答は8,159件で、2か月後の13,935件から減り、原典も偏りに触れます。結論は「人は人生を変える選択に過度に慎重かもしれない」まで。参加者は自分でサイトを訪れた迷っていた人で、結果は自己申告。ここから「だから早くやめろ」は作れません。

(仮ビジュアル)3つの縦長の区画に分かれた写真。左は薄暗い寝室の乱れた寝具(壁に採光)、中央は窓の外を見ている女性の横顔、右は玄関の床に置かれた上着と鍵
速さへの読み替え・「待てばいい」への読み替え・行動の指示への変換。読み違えるのは、この三か所。 Visual: ALIFE

全文まで読めたのは7点のうち6点。読めていない1点については書きません。挙げた実験の多くは米国の大学生や劇場の客が対象。オンラインの参加者も一般の人口とは構成が違います。うまくいかなかった撤退は記録に残らず、その効果を測る研究は総じてやめた側に有利になりやすい。日本とは制度も訊き方も違い、日本と米国の数字を比較も合算もしていません。並んだ値は、その標本・その期間・その測り方の記録です。

この号は投資助言ではなく、金融商品・口座・銘柄・業者の推奨も否定もしません。統合値も平均も、あなたの口座や案件の見通しではありません。お金の判断は、ファイナンシャル・プランナーや金融機関の相談窓口など専門家と。返済の滞り・督促・生活費の不足・借り入れの重なりがあるなら、記録より先に、金融庁の相談窓口、自治体の生活困窮者自立支援の窓口、法テラスへ。もとになった資料の2つの割合(撤退した人の成果・訓練による損失の減り方)は、一次情報に届かず不使用です。

効果は、購入後の6か月間つづいた。
現れなかったのは、6か月から9か月のほうだった。

次の3手は研究が命じた順番ではなく、印を1つ付けたとき何が起きるかを確かめた研究も扱っていません。ALIFEの提案する入口です。

TRY IT TODAY

  1. 01PICK

    紙かメモアプリに、続けているもののうち**やめる候補を1つだけ**書く。今日は何も解約せず、手続きもしません。お金の契約や人との関係など重いものは対象外で大丈夫です。

  2. 02WRITE

    確かめるのは1つ。**ここから先の1か月に、前回と違うやり方を持ち込む予定があるか。**あるなら一言だけ書き添える。いくら使ったかは、この行に書きません。同じ行だと、必ず混ざります。

  3. 03MARK

    予定があるなら「続ける」、無いなら「やめる候補」。どちらか一方にだけ印を付けて閉じる。**今日やめる必要はありません。**

5分。採点はありません。**解約・売り買い・口座の開閉・借り入れや投資の判断をする課題ではありません。**印は、やめるべきだという判定ではありません。書いたものは手元に置き、明細や口座情報を共有の場所に置かないでください。**苦しくなったら、そこで中止してください。**

確かめられたのは3つ。同じ内容の券でも、定価で買った群が前半5演目でいちばん券を使い、効果は購入後の6か月で、後半の6か月から9か月には現れなかったこと。統合値に判断の種類による差は無く、時間の向きだけが逆だったこと。3領域で軌跡を分けたのが、回数ではなく作り直しの度合いだったこと。速さの目安は、どこにも書かれていません。今日残せるのは候補が1つ、予定が一言、印がひとつです。

SECOND LAYER · FULL SYLLABUS損切り速度を、もっと深く学ぶ。→
HOW TO READ THE NUMBERS数字の読み方

この号に出てくる統計の言葉です。数値は原典のまま、意味だけをほどいています。

効果量 d・g
2つのグループの平均の差を、ばらつきの大きさで割った値。一般的な目安では 0.2=小、0.5=中、0.8=大。g は d を小規模研究向けに補正したものです。
メタ分析
同じテーマの研究をたくさん集めて統合し、平均的な効き目を推定する方法。1本の研究より安定しますが、集めた研究の質と偏りに左右されます。
統計的に有意
「偶然だけでは説明しにくい」という意味の専門用語。効果が大きい・重要だという意味ではありません。ごく小さな差でも、人数が多ければ有意になります。
p値
差がないと仮定したとき、偶然でこの結果以上が出る確率の目安。小さいほど偶然では説明しにくいことを表しますが、効果の大きさは表しません。

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本コンテンツは学習目的であり、投資助言や個別の金融商品の推奨ではありません。